おたくま経済新聞

ネットでの話題を中心に、商品レビューや独自コラム、取材記事など幅広く配信中!

【うちの本棚】239回 菜の花畑のむこうとこちら/樹村みのり

update:

 「うちの本棚」、樹村みのり作品を紹介してきたシリーズも、とりあえず今回が最後。代表作の『菜の花畑のむこうとこちら』を取り上げます。

 アットホームでほのぼのと心温まるシリーズ作品で、少女漫画史に残る名作です。

  • 【関連:238回 ジョーン・Bの夏/樹村みのり】

    菜の花畑のむこうとこちら IMG_NEW_0001

     「菜の花畑」シリーズは複数回刊行本化されているし、シリーズの作品が各種アンソロジーに採録されるなどしている、樹村みのりのまぎれもない代表作だ。今回取り上げたブロンズ社版は、その最初の単行本であり、決定版である。

     第一作目の『菜の花』は、その後のシリーズとは直接つながってはいない。登場するキャラクターに共通性はあるものの、いわばパイロット版的な印象を受ける。二作目以降のシリーズは連続した物語となっており、登場人物たちの生き生きとした描写がこの作品の魅力といっていい。

     このシリーズは、簡単に言うと、まあちゃんという女の子の住む家に下宿する四人の女子大生たちのドタバタコメディとなると思うが、アットホームな雰囲気でほのぼのと心温まる作品である。

     二作目以降、二年にわたって六作が描かれたわけだが、まだまだ続きが描ける状態で終わっているのは少し残念なところでもある。特にまあちゃんの父親など、ネタ振りをしたまま明かされていない謎も残している。こういったシリーズだと、女子大生たちが卒業したり、下宿先であるまあちゃんの家が取り壊しになったりといった形で「完結」を迎えるのが一般的な終わり方だと思うが、そのような気配もなく、作者としては『菜の花畑は満員御礼』を最後にシリーズを完結させようとは思っていなかったのではないかとも思える。

     そして『~満員御礼』から3年後、本書の刊行までシリーズ作品が描かれることなく、シリーズをまとめた本書が刊行されたことで作者の中で一応の完結となったのではないか、と推測する。

     もうひとつ、主人公が小学校低学年のまあちゃんであり、彼女を取り巻くのが四人の女子大生というのは、掲載誌である「別冊少女コミック」のコアな読者層の年代の少女が登場していないということだ。確かに一定の支持を受け、人気もあったシリーズだったと思うが、編集サイドと作者のあいだで「誰に向けた作品か」という点で乖離があったのではないかという気がしないこともない。

     少女漫画の単行本ではよくあることだが、初出時の広告スペースを使って作品の裏話や作者からのメッセージが挿入されることが多々ある。本書でも登場する四人の女子大生についての裏話を見ることができる。それはモトコさん、森ちゃん、ネコちゃん、スガちゃんといった愛称だけで呼ばれる彼女たちの本名についてだ。興味のある方はぜひ単行本をお読みいただきたい。

     樹村みのり作品を紹介し始めた当初、樹村作品は文学的だ、と述べた。シリアスな作品は確かにコミックだけではなく、文学作品としても成立する、あるいは文学作品として書かれた方がよかったかもしれないものがある。とはいえ本作のような作品は、樹村みのりが漫画家であることを確かに証明していて、漫画家・樹村みのりだからこそ描けた作品だと思える。残念なことに現在では単行本の多くが入手困難であるし、シリアスな作品など特に新しい読者の目に触れる機会がないのではないかと思う。正直に言って異色な作家であるともいえる。だからこそ個人作品集などの形で再刊行していただきたい作家の一人なのだ。

    初出:菜の花/小学館「別冊少女コミック」1975年1月号、菜の花畑のこちら側/小学館「別冊少女コミック」1975年11月号~1976年1月号、菜の花畑のむこうとこちら/小学館「別冊少女コミック」1977年3月号、菜の花畑は夜もすがら/小学館「別冊少女コミック」1977年10月号、菜の花畑は満員御礼/小学館「別冊少女コミック」1977年12月号

    書 名/菜の花畑のむこうとこちら
    著者名/樹村みのり
    出版元/ブロンズ社
    判 型/A5判
    定 価/890円
    シリーズ名/なし
    初版発行日/昭和55年3月25日
    収録作品/菜の花、菜の花畑のこちら側①~③、菜の花畑のむこうとこちら、菜の花畑は夜もすがら、菜の花畑は満員御礼、解説・「菜の花畑へ行く道」亜庭じゅん

    (文:猫目ユウ / http://suzukaze-ya.jimdo.com/

    あわせて読みたい関連記事
  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】238回 ジョーン・Bの夏/樹村みのり

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】237回 カッコーの娘たち/樹村みのり

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】236回 母親の娘たち/樹村みのり

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】235回 海辺のカイン/樹村みのり

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】234回 悪い子/樹村みのり

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】233回 雨/樹村みのり

  • 星に住む人びと/樹村みのり
    コラム・レビュー

    【うちの本棚】232回 星に住む人びと/樹村みのり

  • 土井たか子グラフィティ
    コラム・レビュー

    【うちの本棚】231回 土井たか子グラフィティ/樹村みのり

  • 猫目 ユウWriter

    記事一覧

    フリーライター。ライター集団「涼風家[SUZUKAZE-YA]」の中心メンバー。
    『ニューハーフという生き方』『AV女優の裏(共著)』などの単行本あり。
    女性向けのセックス情報誌やレディースコミックを中心に「GON!」等のサブカルチャー誌にも執筆。ヲタクな記事は「comic GON!」に掲載していたほか、ブログでも漫画や映画に関する記事を掲載中。
    本コラム「うちの本棚」は作者・テーマ別にして「ブクログのパブー」から電子書籍として刊行しています。
    また最近は小説の執筆に力を入れています。
    仮想空間「Second Life」やってます^^

    ▼こちらのライターの最新記事▼

  • コラム・レビュー

    複数社から発売された『墓場鬼太郎(ゲゲゲの鬼太郎)』を振り返る

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】262回 こいきな奴ら/一条ゆかり

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】261回 ティー・タイム/一条ゆかり

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】260回 5(ファイブ)愛のルール/一条ゆかり

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】259回 デザイナー/一条ゆかり

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】258回 わらってクイーンベル/一条ゆかり

  • トピックス

    1. Google、ダークウェブレポートを終了 実用的な対処支援へ重点移行

      Google、ダークウェブレポートを終了 実用的な対処支援へ重点移行

      Googleは12月16日、個人情報がダークウェブ上に流出していないかを確認できる「ダークウェブ レ…
    2. Gmailを受診している画面

      Gmailの仕様変更でPOP受信が終了 自分は対象?POP利用チェック

      Gmailの仕様変更により、外部メールを取り込むPOP受信機能が2026年1月より利用できなくなりま…
    3. イベント「清水 ビー・バップ・ハイスクール 高校与太郎祭」(清水駅前銀座商店街)

      仲村トオルが清水に凱旋 映画「ビー・バップ・ハイスクール」40周年イベント開催

      映画「ビー・バップ・ハイスクール」(1985年)の劇場公開40周年を記念したイベント「清水 ビー・バ…

    編集部おすすめ

    1. 雨や洪水の警報が変わる 新・防災気象情報、警戒レベル表示で行動判断しやすく

      雨や洪水の警報が変わる 新・防災気象情報、警戒レベル表示で行動判断しやすく

      国土交通省と気象庁は12月16日、雨や洪水などの危険を伝える「防災気象情報」について、2026年(令和8年)の大雨シーズンから新たな運用を始…
    2. コミケの名物現象がまさかのグッズ化 「食べられるコミケ雲(わたあめ)」爆誕

      コミケの名物現象がまさかのグッズ化 「食べられるコミケ雲(わたあめ)」爆誕

      夏コミ名物、会場の熱気と参加者の汗が昇華して天井付近に発生するという伝説の現象「コミケ雲」。まさかそれを口にできる日が来るとは、誰が想像した…
    3. Reactに「CVSS 10.0(最高)」の脆弱性 IPAが注意喚起

      Reactに「CVSS 10.0(最高)」の脆弱性 IPAが注意喚起

      情報処理推進機構(IPA)は12月10日、多くのウェブサービスで使われている開発技術に重大な問題が見つかり、国内でも悪用したとみられる攻撃が…
    4. ライバー事務所4社に公取委が注意 「移籍しづらい」契約に懸念

      ライバー事務所4社に公取委が注意 「移籍しづらい」契約に懸念

      ライブ配信アプリ「Pococha(ポコチャ)」で活動するライバーをサポートしている事務所4社が、所属ライバーの“退所後の活動”を不当にしばっ…
    5. パラマウントのプレスリリース

      まるで三角関係?Netflixと“婚約発表”したワーナーにパラマウントが求婚 関係を分かりやすく解説

      アメリカの映画製作・配給会社であるパラマウントが12月8日、同じくアメリカのメディア企業ワーナー・ブラザース・ディスカバリー(WBD)を1株…
    Xバナー facebookバナー ネット詐欺特集バナー

    提携メディア

    Yahoo!JAPAN ミクシィ エキサイトニュース ニフティニュース infoseekニュース ライブドア LINEニュース ニコニコニュース Googleニュース スマートニュース グノシー ニュースパス dメニューニュース Apple ポッドキャスト Amazon アレクサ Amazon Music spotify・ポッドキャスト