2016年夏から年末にかけ読書好きを騒がせた「文庫X」を覚えているでしょうか。
盛岡・さわや書店フェザン店から始まった「文庫X」。ある一冊の本に書店員のアイデアによって手製のカバーがかけられ、タイトル、著者名をわからなくする形で「文庫X」として7月下旬から店頭に並べられました。表紙や著者を隠した本は、購買意欲をあおり、異例の大ヒットに。さらには他店でも扱われるようになり、ニュースでも大きく取り上げられるなど「文庫X」ブームが巻き起こりました。
しかし「文庫X」を売る本屋はいずれにしろ限られることから、行けない地域の読書好き達を、タイトル発表となる年末までずっとモヤモヤさせつづけたのです。そして訪れた12月9日解禁日。解禁情報はテレビや新聞でも報じられ、「文庫X」として売られた本の正体はジャーナリスト・清水潔さんが書いたノンフィクション「殺人犯はそこにいる」(新潮文庫)という事が明らかにされました。
発表からしばらくたち、話題は落ち着いた頃。ただ発表時期が年末近かったためか、発表を見落とした人、さらには読むのを忘れてしまった人も多かったようです。そこで本稿では改めて、著者Xと文庫Xについて紹介いたします。
■「プロのストーカー」だからできる執念の「調査報道」
文庫Xの著者は発表まで「著者X」とされてきましたが、著者Xこと清水潔さんとは、ジャーナリストの中でも「調査報道」で有名な人物。
普段テレビや新聞を飾る「事件」「事故」「発表」というニュースはそれぞれ情報源が異なりますが、最も尊重されるのが「公式発表」。警察、政府、企業、何にしろ「公式」が発表したものが基本として扱われます。余程不審な点があれば別ですが、基本は発表されたそのままが流されます。
わかりやすいのが警察発表。警察が発表したそのままを伝える形です。報じる側にとっては、「警察発表」という担保があることから、責任所在が明確となり安心して伝えることのできる情報。もし内容に誤りや意図して伏せられた事実があっても「警察発表に準拠した」とすればいいだけですし、さらには「警察が隠蔽した!」と追求もできます。ある意味一度で二度美味しい情報ソース。
対し、清水さんの得意とする「調査報道」の責任所在は自分自身。警察にしろ企業しろ全く発表してない事について自分で調べ報じるため、かなり「ハイリスク」な報道形態と言えます。
そのため、誤報とならないよう、清水さんは本書の事件に限らず、どんな事件でも丁寧に様々なことを調べあげ報道します。例え無駄な事があっても。(無駄なことは「騙されてたまるか 調査報道の裏側」(新潮社)にいくつかエピソードが書かれています。)
清水さんの代表的な調査報道の成果は、週刊誌・FOCUS時代に報道した1999年発生の「桶川ストーカー殺人事件(桶川女子大生ストーカー殺人事件)」。
調査の結果、警察より先に犯人にたどりつき、さらには被害者が生前提出していたストーカー被害の告訴状を警察が勝手に改ざんしていたという不祥事を暴き、他にも報道被害により汚された被害者名誉を快復させることに尽力しています。
この時の報道は一冊の本にまとめられ「桶川ストーカー殺人事件:遺言」というタイトルで新潮文庫より発売中。本の中で清水さんは、当時週刊誌記者だった自身のことを「プロのストーカー」と称していますが、まさにその「プロのストーカー」能力がこの「調査報道」には大いに生かされているようです。ストーカーは好きな人が標的となりますが、清水さんの場合それは「犯人」と「真実」。
■文庫Xの事件はまだ未解決 だから「殺人犯はそこにいる」
さて、肝心の文庫Xの内容について触れていきます。ただ本気で説明するとかなり長くなるので、最近Webで流行る「3行まとめ」風に簡単に説明すると、
・3年~5年のスパンをおいて栃木・群馬の県境半径10キロ圏内で17年間に5件の幼女誘拐殺人事件が起きてる事に清水潔が気づいた
・内1件(足利事件)で男性・Sさん捕まっていたため連続化されず他4件は未解決で風化気味
・Sさんが犯人のままだと本題がすすまないので、報道でしつこくDNA再鑑定を訴え日本初の再鑑定実施へ→Sさん無期懲役から釈放へ
という感じでしょうか。まとめだけみると凄く軽い感じにとられるかもしれませんが、足利事件のSさんは無期懲役確定から一転、清水さんの調査報道や弁護士などの助けもあり、逮捕から17年後の2009年にやっと釈放されました。無罪確定したのはさらに半年後の2010年3月。 しかし、清水さんの追う本題「北関東連続幼女誘拐殺人事件」は未だ解決となっていません。本書は5件の連続幼女誘拐殺人事件を解決するための第1章といったところ。なお、5件中4件は遺体発見済みで「殺人事件」。1件は行方不明から20年以上たった現在まで見つかっておらず「幼女略取誘拐容疑事件」。被害者は事件当時4歳から8歳という可愛いさかりの女の子たちばかりです。
私たちの近くに5人もの幼女を連れ去り手にかけた犯人が普通に生活を送っているかもしれない……。まるでドラマか映画のようですが、忘れてはならないのが、この本の内容は「架空の出来事ではない」ということ。清水さんが追い続けるこの事件の真実を、本書を通じまず知ることからはじめてみてはいかがでしょうか。そう、「殺人犯はそこにいる」を。
(宮崎美和子)