おたくま経済新聞

ネットでの話題を中心に、商品レビューや独自コラム、取材記事など幅広く配信中!

現代音楽は「科学や論理ではまだ未解明なものを“感性”によって先に表現しているもの」(深水英一郎氏寄稿)

 こんにちは、深水英一郎です。

 著者さん自身に本の紹介をしてもらうこの企画、本日は「音楽する脳 天才たちの創造性と超絶技巧の科学」という新書を上梓された大黒達也さんにお話をききます。

 大黒さんはご自身で現代音楽の作曲もされながら、脳と音楽についての研究をしておられます。帯には「創造的な音楽はいかにして生まれるのか?」などという興味をひく言葉も踊っていますが、どんな本なのでしょうか?

  • 【著者 大黒達也さんプロフィール】
     音楽や言語がどのように学習されるのかについて、神経科学と計算論的手法を用いて、領域横断的に研究している。また、神経生理データから脳の「創造性」をモデル化し、創造性の起源とその発達的過程を探る。さらに、それを基に新たな音楽理論を構築し、現代音楽の制作にも取り組んでいる。オックスフォード大学、マックスプランク研究所(ドイツ)、ケンブリッジ大学等を経て現職。
    https://twitter.com/TatsuyaDaikoku

    ▼今回紹介する著書▼
    「音楽する脳 天才たちの創造性と超絶技巧の科学」(朝日新書、2022/2/10)

    ――本日はよろしくお願いします。楽器を練習することによって頭がよくなる、という話をきいたことがあるんですが……本当なのでしょうか

    【大黒さん】
     作曲や演奏といったアクティブな行動は、単に音楽を聴く受け身な行動よりも良い影響を与えることは間違いないです。本書の第4章では音楽を「演奏」する脳についてお話をしています。私が専門的に研究しているのは音楽の作曲についてなのですが、この作曲、つまり音楽の創造に関わる脳に対して、演奏つまり音楽の運動に関わる脳はどのような違いがあるのか、という点について言及しているのが4章です。

     楽器の練習が脳にどのような効果を及ぼすのか。普段楽器の練習をしているプロの演奏家や趣味の演奏家それぞれの練習が脳に及ぼす影響について知ることができます。

    ——演奏家は短期記憶の一種であるワーキングメモリーが発達している、というお話もありました。これはつまり楽器の演奏を練習すれば短期記憶が発達するといってもよいでしょうか?

     楽器の練習が発達”に直接関わっていることを知る術はありません。しかし、楽器の練習が発達に“関わっているだろう”という報告はいくつかの論文でなされています(Bergman et al., 2014; Francois et al.,, 2012)。

    ――音楽を「聴く」方に話をうつします。クラシック音楽を聴くだけで頭がよくなるという「モーツァルト効果」って本当なのでしょうか?

     最近の研究では再現性がなく「モーツァルト効果は存在しない」と結論付けられています。ですが、音楽を聴くことは人の脳に“なんらかの”影響を及ぼしており、本書の最終章である5章ではそのことについてお話をしています。音楽を聴くことと脳の発達にはどのような関係があるのか、そして音楽以外の、たとえば言語能力にどのような影響を与えるのか。そういった内容になっています。

    ——この本の中でたびたび出てくる、脳の統計学習システムとはなにか、わかりやすく教えていただけますでしょうか。

     シンプルにいえば、私たちの身のまわりで起こる様々な現象・事柄の「確率」を自動的に学習する脳の働きのことを「統計学習」といいます。

     人間はこの脳の統計学習により、不安定で不確実な現象・事柄の確率を計算し身の回りの環境の「確率分布」をなるべく正確に把握しようとします。把握できれば次にどんなことがどのくらいの確率で起こりうるのかを予測しやすくなるので、珍しい(起こるはずのない低確率の)ことだけに注意を払えばよくなります。

     また、統計学習は「無意識学習(=潜在学習)」であり、私たちが起きている間だけではなく、寝ている時でさえも絶えず行っており、産まれてから死ぬまで生涯行い続けている「脳に最も普遍的な学習システム」のひとつであると考えられています。

     音楽においても、脳はあらゆる音楽を統計学習することで音楽としての一般的な統計的確率を計算します。これにより、新しい音楽を聴いても脳内の音楽一般的な統計的確率をもとに、何となく聞き覚えのある曲や斬新な曲などの判断ができるようになるのです。

    ——斬新な曲は脳にとっては珍しい体験ということなんですね。本書を執筆するにあたって刺激をうけたものはあるでしょうか?

     刺激を受けた本は、「和声 理論と実習 I~III」(音楽の友社)です。これは、私の高校時代の青春が詰まっています。

     刺激を受けた音楽は、ヤニス・クセナキスの「メタスタシス」「ヘルマ」、その他現代音楽です。最近では、私が高校時代に師事していた先生の作品集「渡辺俊哉作品集 あわいの色彩」を毎日聴いています。これが(変な気遣い抜きで)本当にオモロい(こんな表現ですみませんw)、、、是非みなさんにも聴いてほしいです。

    ——「ヘルマ」を聴いたときに、脳天を突き破られたように衝撃を受けたと書いておられましたね。本書の中で大黒さんは現代音楽を聴きはじめたとき「聴けば聴くほど新しいことがわかるため楽しくなって」きたとおっしゃってます。どのようなことがわかると楽しくなるものなのでしょうか。楽しむための前提となる知識があるのでしょうか。

     まさにこれが統計学習そのものだと、少なくとも私は思っています。

     繰り返し聴くことによって、脳が新しい法則性を持った現代音楽の統計モデルを作成していき、予測通りと予測ハズレの時間ダイナミクス、つまり起承転結のようなストーリーを楽しめるようになってくるのだと思います。

    ——本書の中で、特に注目してほしい点はどこでしょうか。

     「未来の音楽とは何か」ということについて、脳の進化や発達の観点から議論している点です。第1章と2章がそれにあたります。本書はクラシックも含めてかなり現代音楽推しな内容になっています。これは、筆者のアツい思いが全面に出過ぎてしまっているのは認めざるを得ません。一方で、音楽と脳の読み物であると同時に、私のアツい音楽愛が時折垣間見える見えるところにも注目してほしいです。

    ——あとがきなど、音楽に対する熱い想いを感じます! 今後執筆してみたいテーマはありますか?

     もっとバリバリの現代音楽よりの本ですかね。ただ、私が論文でなく“一般書”を執筆するモチベーションは、「興味のある人が読む難しい本」や「知識をさらけ出すだけの自己満足の本」ではなく、「興味のなかった人や難しいと思っていた人が、それに対して興味をもつきっかけになる本」を世に出すことです。

     私の個人的な意見ですが、現代音楽は「科学や論理ではまだ未解明なものを”感性”によって先に表現しているもの」と考えています。それを後追いで論理によって説明するのかなと。極端なことをいえば、「最先端は現代音楽にある」のです(決してどちらが上とかそういう話ではありません!)……

     「へー、テクノって現代音楽の派生なんだ!」とか「あ、ポップスのこの部分ってミニマルミュージックっぽい」とかから現代音楽に興味を持ち始めれば、決して私たちが普段聞くような音楽とはかけ離れたものではないことがわかるでしょう。そこから、「こんなことやってみたらどんな音楽になるだろう」とか色々実験的に音楽を奏でていくようになれば、きっと楽しい現代音楽ブームがやってくるのかなと思っています。

    ——今後のご活動の予定は?

     納得のいく曲を創り、その曲で私たちの脳に衝撃を起こし、音楽の在り方や概念に革命を起こすことです。といえば、かなり大それたことで多くから批判を浴びそうですが(笑)、そのためにはまず短期的な目標は、これまで以上に良い研究をし、良い論文を書き“続ける”ことです。そして何より、色んな個性の人と話をして、色んな考え方を知り、そして色々なおもしろ話を聞いて、自分自身がいつもワクワクしながら生きていきたい。

    ——ありがとうございました!

    (了)

    ききて・深水英一郎 プロフィール https://nitsuite.jp/fukamie
    メルマガプラットフォーム「まぐまぐ」を個人で発案、開発運営し「メルマガの父」と呼ばれる。Web of the Yearで日本一となり3年連続入賞。新しいマーケティング方式を確立したとしてWebクリエーション・アウォード受賞。未来検索ブラジル社元代表を務めニュースサイト「ガジェット通信」を創刊、「ネット流行語大賞」やMCN「ガジェクリ」立ち上げ。シュークリームが大好き。

    あわせて読みたい関連記事
  • 音声入力が当たり前の世界
    インターネット, 雑学・コラム

    えっ!まだキーボードで入力してるの? 2倍速入力も狙える「音声入力」に乗り換えよ…

  • 「ひろゆきに裁判で勝った人」が考える「金融庁が広報動画にひろゆきを起用」したことの危険性
    インターネット, 社会・物議

    「ひろゆきに裁判で勝った人」が考える「金融庁が広報動画にひろゆきを起用」したこと…

  • プレゼンリモコンに電子書籍のページめくりという新しい役目を与えよう(深水英一郎氏寄稿)
    ライフ, 雑学

    プレゼンリモコンに電子書籍のページめくりという新しい役目を与えよう(深水英一郎氏…

  • 泣き顔はどれ?
    社会, 雑学

    「泣き顔」「眠い顔」「よだれ」の絵文字を見分けられますか?(深水英一郎氏寄稿)

  • NFT解説マンガのセリフ、どこが間違ってる? 深水英一郎
    インターネット, サービス・テクノロジー

    NFT解説マンガのセリフ、どこが間違ってるかわかる?(深水英一郎氏寄稿)

  • 図解 組織開発入門 組織づくりの基礎をイチから学びたい人のための「理論と実践」100のツボ 坪谷邦生:著
    社会, 経済

    組織開発の全体像を捉える本——書いた人にきいてみる(深水英一郎氏寄稿)

  • 「ビジネス書ベストセラーを100冊読んで分かった成功の黄金律」著者:堀元見、ききて:深水英一郎
    社会, 経済

    堀元見1万字インタビュー「ビジネス書って同じことばっか書いてない?」(深水英一郎…

  • ALIFE | 人工生命 ―より生命的なAIへ 著:岡瑞起 ききて:深水英一郎
    社会, 経済

    生命を人工的に再現するALIFEとは——著者にきく(深水英一郎氏寄稿)

  • M5Stack/M5Stickではじめる かんたんプログラミング
    インターネット, サービス・テクノロジー

    M5Stackでビジュアルプログラミングを学ぶ——著者にきく(深水英一郎氏寄稿)…

  • 水上バス浅草行き
    社会, 雑学

    共感をPOPに呼び起こす短歌——岡本真帆歌集「水上バス浅草行き」(深水英一郎氏寄…

  • 深水英一郎(ふかみえいいちろう)現代歌人・エッセイスト

    記事一覧

    短歌や詩を書いています。『短歌の日』呼びかけ人 、短歌投稿企画『ついうた』主催 | 笹舟にちょうどよい笹にみとれて川に転落したことがあります | 基本いつでものんきです | シュークリームが好き | 日本でのCGM・フリーミアムモデルの先駆けとなるメルマガプラットフォーム「まぐまぐ」を個人で開発したため「メルマガの父」と呼ばれる。まぐまぐは Web of the Year 年間総合大賞を受賞、日本一のWebサイトとなりました | Twitter https://twitter.com/fukamie

    ▼こちらのライターの最新記事▼

  • 音声入力が当たり前の世界
    インターネット, 雑学・コラム

    えっ!まだキーボードで入力してるの? 2倍速入力も狙える「音声入力」に乗り換えよ…

  • 短歌の日
    イベント・キャンペーン, 経済

    短歌バトルにクイズも?ネット短歌企画者があつまる「短歌の日」スタート 5月7日ま…

  • 「ひろゆきに裁判で勝った人」が考える「金融庁が広報動画にひろゆきを起用」したことの危険性
    インターネット, 社会・物議

    「ひろゆきに裁判で勝った人」が考える「金融庁が広報動画にひろゆきを起用」したこと…

  • プレゼンリモコンに電子書籍のページめくりという新しい役目を与えよう(深水英一郎氏寄稿)
    ライフ, 雑学

    プレゼンリモコンに電子書籍のページめくりという新しい役目を与えよう(深水英一郎氏…

  • 泣き顔はどれ?
    社会, 雑学

    「泣き顔」「眠い顔」「よだれ」の絵文字を見分けられますか?(深水英一郎氏寄稿)

  • NFT解説マンガのセリフ、どこが間違ってる? 深水英一郎
    インターネット, サービス・テクノロジー

    NFT解説マンガのセリフ、どこが間違ってるかわかる?(深水英一郎氏寄稿)

  • トピックス

    1. 「使わなくなった旧Switch」どうする? Xで注目、“寄贈”という選択肢

      「使わなくなった旧Switch」どうする? Xで注目、“寄贈”という選択肢

      徐々に流通量が増えてきたNintendo Switch2。入手後、もともと持っていたNintendo…
    2. 熊本県天草の海にホイミスライム出現!?目撃情報にSNS騒然

      熊本県天草の海にホイミスライム出現!?目撃情報にSNS騒然

      熊本県天草の海水浴場で、「ドラゴンクエスト」に登場するモンスター「ホイミスライム」が目撃されたとして…
    3. 塩タブと似すぎ?誤食騒動に反響 漫画家の“フェイスマスク誤食”体験

      塩タブと似すぎ?誤食騒動に反響 漫画家の“フェイスマスク誤食”体験

      熱中症対策として広く利用されている塩分タブレット。しかし、見た目が似た商品と誤って口にしてしまうケー…

    編集部おすすめ

    1. 朴璐美さん、新幹線で“とんでもない席トラブル”に遭遇 駅弁楽しむはずが…

      朴璐美さん、新幹線で“とんでもない席トラブル”に遭遇 駅弁楽しむはずが…

      アニメ「鋼の錬金術師」エドワード・エルリック役などで知られる声優・朴璐美さんが、7月27日に自身のX(旧Twitter)を更新。新幹線車内で…
    2. 男性記者が“生理痛”を疑似体験 ツムラの「#OneMoreChoice プロジェクト」で見えた“隠れ我慢”のリアル

      男性記者が“生理痛”を疑似体験 ツムラの「#OneMoreChoice プロジェクト」で見えた“隠れ我慢”のリアル

      生理やPMS(月経前症候群)などの不調を我慢せず、自分に合った「もう一つの選択肢」を持てる社会を目指すツムラの取り組み「#OneMoreCh…
    3. 子の夏休み=親は常に戦闘モード “戦士のような母”の後ろ姿が話題に

      子の夏休み=親は常に戦闘モード “戦士のような母”の後ろ姿が話題に

      子どもにとっては待ちに待った夏休み。しかし親にとっては……。我が子が夏休みに突入したある母の後ろ姿が、まるで“戦士”のようだとXで話題を集め…
    4. KADOKAWA、がおう氏の書籍絶版・配信停止を発表 未成年トラブル報道受け

      KADOKAWA、がおう氏の書籍絶版・配信停止を発表 未成年トラブル報道受け

      株式会社KADOKAWAは7月23日、イラストレーター・がおう氏に関する一連の報道を受け、同氏が関与した複数の出版物について、紙書籍の回収・…
    5. トレーディングカード「Map Design GALLERY CARD/有人離島」

      ゼンリン、日本の「有人離島トレカ」を発売 レア度は“人口”で決まる

      株式会社ゼンリンが7月18日に、日本の「有人離島」をモチーフとしたトレーディングカード「Map Design GALLERY CARD/有人…
    Xバナー facebookバナー ネット詐欺特集バナー

    提携メディア

    Yahoo!JAPAN ミクシィ エキサイトニュース ニフティニュース infoseekニュース ライブドア LINEニュース ニコニコニュース Googleニュース スマートニュース グノシー ニュースパス dメニューニュース Apple ポッドキャスト Amazon アレクサ Amazon Music spotify・ポッドキャスト