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共感をPOPに呼び起こす短歌——岡本真帆歌集「水上バス浅草行き」(深水英一郎氏寄稿)

update:

 気取らず楽しめるコミック本のような短歌集が出た。

 「まほぴ」こと岡本真帆氏の第一歌集「水上バス浅草行き」である。言葉遣いはわかりやすい。年齢層や性別を超えて、幅広い層に共感を呼び起こす、不思議な歌集。私的なことを歌っているのだけど、誰しもの記憶を刺激するような短歌が並んでいる。

  • ▼「水上バス浅草行き」(岡本真帆、ナナロク社/2022年3月21日発売)
    https://booklog.jp/item/1/4867320102

     知り合いの女性にも読んでみてもらったが、まるでコミックを読むかのようにコロコロと笑いながらページをめくっていた。まず一首引用する。

    シルバニア家族が肩を寄せ合ってメルカリに出るための一枚
    岡本真帆「水上バス浅草行き」より

     ファミリーのお人形がポーズを決めていい感じに並んでいる、その一枚の家族写真が鮮明に頭の中に描かれ、衝撃的に可笑しくそして哀しい一首。

     次に引用するのは、歌集の帯にも掲載されている、代表歌である。

    ほんとうにあたしでいいの?ずぼらだし、傘もこんなにたくさんあるし

     私的体験と共体験の間のちょうど良い位置を突かれている感覚。だから読んでいると記憶が刺激され、読み手の側にさまざまな思い出が呼び起こされるのだ。その感覚が非常に心地よい。

    ■ コミック感覚の歌集

     この歌集、表紙に蛍光色が使われている。短歌の歌集で蛍光色ってめずらしいのではないだろうか。しおり紐も鮮やかな黄色で、徹底している。

     版元のナナロク社さんの歌集は、いくつか本棚にあるのだが、どれも装丁が凝っており読んでいて嬉しい。装丁の美しさが、歌集を手にして読むときのちょっとした高揚感をブーストする手伝いをしてくれている。

     「サイズはちょうどコミック本くらい」と岡本さんがツイートしていた。

     確かにあの、片手で掴めるぐらいのサイズだ。

     ポン、と軽い感じもマンガの単行本と同じ。

     さてさて、と開いてパラパラめくってみると、紙質もコミック本と似ている気がする。そして、フォントがマンガの吹き出し用のフォントなことに気づく。

     アンチゴシックと言われるもので漢字がゴシック、ひらがなが明朝なのだ。違う種類のフォントが混在しているので、Webデザインなどではあまり見ないフォント。しかしこのマンガ用フォントも歌集に不思議とマッチしている。ほんと不思議。

    ■ 共感と呼び起こされる記憶

     岡本真帆さんの「水上バス浅草行き」からあと4首短歌を引用させていただきながら、思い出したこと、考えたことなどそのまま書いてみる。こんな風に、いろんな記憶が蘇るのだ。

    水上の乗り物からは手を振っていい気がしちゃうのはなぜだろう

     船からは手を振って良い気がする。「おーい」って声まで出しちゃって。山におけるヤッホーみたいなもんだろうか。開放感に包まれ気恥ずかしさが消える。

     私の場合、新幹線と、船と、選挙カーには手を振っていいことにしている。選挙カーの場合は家族に「やめなさいよ」と止められるのだが。あなたの場合はどこまで手を振りますか?

    店長の気まぐれケーキの気まぐれの法則性に気づいてしまう

     以前、京都に蔵田屋という盛りのよい定食屋があってたまに行っていた。その店のメニューに「おまかせ定食」というものがあり、ある日それを頼んでみたら、注文をとりにきたおばちゃんから「肉、魚、どっち?」ときかれたことがある。おまかせじゃなかったのか。

     お店の人って真剣にメニュー考えてるはず、と思い込んでるけど、実はそこまで緻密じゃないかもしれない。という疑惑。

    いるかのかたちの軽石 きみがいなくなってもまだいるかに見えている

     「あの人はあなたの心の中に生きているのです」という言葉って、具体的にいうとこういうことなのかもしれない。たとえ二度と会わなくても、記憶の端々に影響が残っていて、その都度その都度思い出されてしまう。その人とあなたが名付けたもの。それ自体はそこにあるだけでなんの主張もしてないんだけど、それがそのままの形である限り、思い出される。軽石の場合は、使えば形が変わってしまう。使う人がいなくなったからなのか、形が変わってしまうから使うのをためらっているのか。軽石はそのままの形で、そこにある。

    当社比で顔がいい日だ当社比で顔がいい日に限って豪雨

     自分で今日はいけてると思った日に限って雨、というそれだけでおかしい歌だが、豪雨はこの人の心の中で降ったのかもしれない。もしかして泣いちゃったのかもしれない。などと考えるとこの歌を通して見える風景もちょっと違ってくる。僕の妄想かもしれませんが。

     さらっと読んで可笑しい歌も、もういちど読むと哀しく見えたり、怖く見えたり。読み返すことで違った味わい方ができる。自分流の読み方、妄想だっていいんです。私はそんな風に楽しみました。

     現代にあらわれたこの気取らずPOPに楽しめる歌集。手に入れて休日ごろごろしながらコミックみたいに何回も楽しんで欲しい一冊です。

    (了)

    【レビュアー・深水英一郎 プロフィール】
    笹舟にちょうどよい笹に見とれていて橋から川に落ちたことがあります。
    そんな私も今は個人のちからの拡大とそれがもたらす世の中の変化に興味をもち「きいてみる」という企画をやってます https://kiitemiru.com/
    ネット黎明期にインターネットの本屋さん「まぐまぐ」を個人で発案、開発運営し「メルマガの父」と呼ばれる。Web of the Yearで日本一となり3年連続入賞。新しいマーケティング方式を確立したとしてWebクリエーション・アウォード受賞。元未来検索ブラジル社代表で、ニュースサイト「ガジェット通信」を創刊、「ネット流行語大賞」や日本初のMCN「ガジェクリ」立ち上げ。株式会社ツクレル取締役。シュークリームが大好き。

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