こんにちは、「ひろゆきに裁判で勝って賠償金を取った人」こと深水英一郎です。

 先日たまたま、匿名掲示板2ちゃんねる創始者でありインフルエンサーの「ひろゆき」こと西村博之氏(以下、ひろゆき)が、金融庁の広報動画に起用され、ネット上で物議を醸している、というニュースを目にしました。

 この件についてしばらく時間をかけて慎重に考えましたが、わたしもひろゆきの官公庁広報の起用には反対です。

■ 知らなかったでは済まされない、金融庁のリテラシーの低さ

 物議を醸しているのは、金融庁公式チャンネルで公開された「ひろゆき×金融庁 金融リテラシーと資産形成を語る」という2本の動画。高田総合政策課長とひろゆきが、「金融リテラシーの必要性」や「つみたてNISA」について対談する内容です。

 動画自体は特に過激なものではありませんが、金融庁という機関が「ひろゆき」を広報動画に起用したこと自体が問題視されています。ひろゆきは過去に、数々の民事訴訟で敗訴しているにもかかわらず賠償金の“ほとんど”を支払っておらず、そこが問題視されているのです。

 この件については本人が過去のメディア出演時に、お金(賠償金)を払わないといけないという法律がなかった※ので払わなかった、といった趣旨のコメントを出していますが、“当時”法的に問題なかったとしても「倫理面での問題」は残ったままです。
(※2020年4月施行の改正民事執行法で賠償金未払いへの対策が強化されており、現在では刑事罰に問われることもあります。ひろゆきの発言で、賠償金は踏み倒してもよいとか、逃げ得だというイメージがひろがってしまいましたが、それはもうできません。逃げることはできないのです。決して真似しないようにしてください)

 官公庁の広報が起用する人物には、通常「クリーンさ」が求められます。タレントさんの場合であれば、賠償金を踏み倒しまくっている人物は絶対に起用されません。スキャンダル渦中の人が起用されることも稀でしょう。

 ということもあって、起用されれば「一定の知名度が認められた」「(起用された時点で)ある程度身元がクリーンな人物」だと世間では受け止められます。つまり官公庁広報に起用する(出演させる)ということは、暗に「(起用された人物に)社会的お墨付きを与える」ことに繋がっているのです。

 金融庁は「詳細は承知していない」とコメントしましたが、知らなかったで済まされるものではありません。あまりにもリテラシーが低いといわざるを得ません。

 本稿では、まず「わたしとひろゆきのこれまで」を説明したのち、今回の問題「金融庁が広報動画にひろゆきを起用したことの危険性」について考えを述べていきます。

■ ひろゆきと深水英一郎の関係

 わたしとひろゆきの関係を簡単に記します。

 わたしはひろゆきが現在も取締役である未来検索ブラジル社の代表取締役社長を2006年から8年ほど務めました。同じ会社の役員同士として働いていたわけです。未来検索ブラジル社の仕事は検索エンジン開発や仮想通貨開発、メディア開発運営、ライブ番組制作、YouTuber向けのMCN運営などが主なものでした。

 そしてわたしが未来検索ブラジルを辞めてしばらく経った後「ニコニコ超会議2019」にて突然ひろゆきが、わたしが会社で横領行為をしたかのような発言をしたのです。事実無根ですが発言の影響は大きく、その時取り組んでいた新しい仕事で顧客を失うということもありました。

 わたしは東京地裁に提訴、結果ひろゆきに完全勝訴しました。この裁判の結果、ひろゆきがありもしない妄想を元にして中傷していたことが明らかになりました。

■ 妄想を元におこなわれるひろゆきの「ネットリンチ」

 ニコニコ超会議で、事実無根の中傷を受けた被害は、おたくま経済新聞2021年10月28日掲載記事「ひろゆきが賠償金を払った理由」にて詳しく記していますので、興味のある方はそちらを見ていただくとして……簡単に結果を説明すると「勝訴だけでおわらせず、ひろゆきに賠償金60万2525(ニコニコ)円を支払って貰った」です。

 それまで賠償金を払わないと公言していたひろゆきが何故払ったのかについては上記の記事で詳しく書いていますが、一言で説明すれば、法律が改正されたため、賠償金を支払わずに逃げ続ければ、ひろゆき自身が刑事罰に問われることになったため支払ったものだろうということです。

 当時はこの「ひろゆきが賠償金を払った」という結果だけが世間で大きく注目されましたが、わたしとひろゆきの裁判で明らかになった内容を要約すると次の一点に尽きます。

「ひろゆきはインフルエンサーという立場と影響力を悪用し、妄想を根拠にして相手を攻撃する人物である」

 わたしはこの件を通してネットリンチに遭ったと自覚しています。

■ あまり語られることのないネットリンチ被害者の心情

 実際にネットリンチに遭った人の口は重く、なかなかその心情が語られることはありません。語る事で再度つらい目に遭うからです。

 わたしはネット黎明期から開発者としてプラットフォームサービスの開発や起業などをやってきましたので、ネットの暗部やごたごたに関しては経験も知識もあります。ですので、ネットの恐ろしさについてはまだ免疫がある方だと思っていました。

 それでもひろゆきの根拠のまったくない中傷に対応するのは非常に骨が折れました。先述の通り実害もありましたし、たいへんな時間もつかいました。まさに膨大なマイナスでした。

■ ネットリンチは暴力と似ている

 ネットリンチはほんの一瞬で起きますが、長い間被害者を苦しめます。これは暴力に等しい行為です。

 殴るのは一瞬なのです。そして、場合によってはネットやSNSを通じて誰もがそれに加担させられる可能性がある、ということについて一度考えてみてほしいと思います。

 何百万人という人を集めるニコニコ超会議という非常に注目の集まる場を使って、もともと影響力の非常に強い人物が、何の根拠もない妄想に基づいたネットリンチをおこない、謝罪もしない。こういうことが容易に起こってしまうのが現在も続くネットの暗部であり、現実です。

 にもかかわらず、金融庁がひろゆきを広報に起用するということは、「その影響力に官公庁がお墨付きを与える」ことに繋がります。

■ 繰り返される妄想とネットリンチ

 わたしの裁判の件だけでなく、ひろゆきが根拠不明な妄想を元に相手を攻撃したという事例は他にもあります。

 かつて化粧品や健康食品をあつかう企業と係争中に「(企業名※)は食品に枯葉剤を入れたりと、なかなかチャレンジャーな会社」とメルマガに書いて配信した、ということが問題となりました。企業側は名誉毀損であるとして訴え、結果2003年9月に裁判所はひろゆきに対して損害賠償支払いを命じました。
(※編集部註:時間がたちすぎている事案でもあることから、本稿では概要のみを記し社名は編集部判断で伏せます)

 健康食品や薬品を扱う企業が根拠のない誤った情報を流布されたらどのような被害を受けるか。結果どのようなことになるのか。その結果についての想像力がまったく欠けていると言わざるを得ません。

■ 無報酬だから良いのではない。むしろ逆

 産経新聞の2022年8月26日の報道によれば、金融庁の広報動画へのひろゆきの出演はノーギャラでおこなわれたとのこと。金融庁の方は、あたかも無報酬だから問題はないのだ、とでも言いたいように感じます。

※出典:産経新聞 2022年8月26日記事/ひろゆき氏の金融庁動画が物議 「批判受け止める」

 まずはっきりさせておきたいのは、これが無償だろうと有償だろうとまったく関係はないということ。

 カネの問題ではないのです。

 今、インフルエンサーにとってなにものにも替えがたく重要なのはカネではなく影響力の拡大です。

 ひろゆきが超がつくほど自分の利益に関しては合理主義者だということは自身も述べていますし、昨今は世間的にもそういうキャラクターだとして認知されているものと思います。

 まず周りでお目に書かれないような我田引水型の言動が非常にユニークで人気があるのだと思いますが、そのひろゆきが無償で出演するということは、そこに大きなメリットがあると判断したということです。

 動画に出ても露出的なメリットはまったくないですし、ギャラもない。自分の収益にもならない。

 しかし官公庁の広報動画に出演すれば、「官公庁も認める人物であるというお墨付きを与えてもらうメリット」があるのです。これは、それ以外のところではいくらがんばっても得られない「信用ボーナス」です。

 だから無償どころではありません。むしろ逆で大きなメリットを与えているのです。もし無償だから批判されず、問題を回避できると考えていたとしたら、浅はかといわざるを得ません。

 妄想を根拠に影響力を使って他人を攻撃する人物から実際に被害を受けた者として言わせていただければ、そんなお墨付きは危険でしかなく、それに官公庁が加担する事は避けるべきです。今すぐ動画を削除すべきでしょう。

■ 金融庁の「詳細は承知していない」というとんでもコメントに驚いた

 金融庁は、産経新聞の取材に対して「民事訴訟の詳細は承知していない。批判は受け止め、今後の広報のあり方について考える」とも回答したそうです。

 この「民事訴訟の詳細は承知していない」という回答にわたしは非常に驚きました。回りくどいいいかたをしていますが、「詳細は」と区切っていることから、「大まかには承知していた」とも取れるからです。単に「承知していない」より大問題。

 それに「承知していない」というのは、一般的には「初めてきいた、聞いたことがない、知らない」という意味ですよね。全く知らないまま起用したとしてもあまりにも無責任です。金融庁ではどんな人物なのか知らないまま広報に起用するのが当たり前なのでしょうか。そんなことはないでしょう。

 もし仮に最初は知らなかったとしても、ちゃんと知る努力をすべきだったと思います。さらに言うと、今では取材などで聞いている(知っている)わけですから、今からでも何らか対応すべきだとおもいます。

 そもそもひろゆきを起用するにあたって、何も起きないと金融庁は考えていたのでしょうか。今回のようなさまざまな指摘が各所からされるという想像ができなかったのでしょうか。だとしたらそれはそれで認識が甘すぎます。

■ テキトーなことを言って間違いを屁理屈で切り抜けるのがひろゆきの面白さ

 ひろゆきコンテンツの面白さはまずテキトーなところ。実際内容には間違いも含まれていたりするんですが、屁理屈で巧妙に切り抜ける。そしてたまにすごく芯を食ったことを言う。そういうところがスリリングで面白いわけです。社会や学校、時には家庭で抑圧を感じている若者がいるなら痛快なことでしょう。エンタメとして非常によくできていると思います。

 正直、真面目に正しいことだけを言う人ってつまらないですよね。これは価値の話じゃなくて面白さとして、です。

 適度に間違ったり最初に適当に取ったポジションが危うかったりするのをうまく取り繕ったりするというのがおもしろスパイスとなっているんです。しかもそれをナチュラルに天然ぽくやっている。愛すべきキャラクターだと感覚的には思えるでしょうが、しかし反面、影響力を利用して攻撃するという面もある人物であることを忘れてはなりません。

 また、これらは実りある議論であるかのような仮面を被っていますが、あくまでエンタメであり、議論のように見えて議論ではありません。議論というのはよい結果に向かって互いに譲歩することも含め話し合いを積み重ねて合意をつくっていくことであるはずなのですが、ひろゆきをめぐる一連のコンテンツはそうなっていません。

 結局、メディアとインフルエンサーの商売を成立させるためのフォーマットにパチッとはまっているというだけであって、議論として良い結果を出せるかどうかは二の次でどうでもよいというスタイル。価値を生み出すことよりも面白さや耳目を集められることを優先しているのです。

 もちろん、注目と人気が集まるという事は、世の中にはそれでいいと思っている人が多いということなのですが。その事を踏まえて、それをわかった上で、それに最適化していったのがひろゆきのスタイルであり、コンテンツなのです。

 これらをきちんと理解してみんなで「ひろゆきウォッチ」を楽しめるのであればまだ良いと思います。しかしテキトーで間違いもあり、時に攻撃性もあるということを理解していない人も、いるんです。

 ですからやはり、官公庁がよく知らないまま起用してひろゆきにお墨付きを与えるべきではないのです。

■ 今や、ひろゆき自身が2ちゃんねるである

 かつてひろゆきは匿名掲示板を使って影響力を増していました。

 最初に2ちゃんねるユーザーが大きく増えたきっかけは、西鉄バスジャック事件だと言われています。犯人が犯行予告を2ちゃんねるに書いたという話がひろがり、人が流れ込みました。

 社会的な事件が起き、それに絡んで犯人や関係者が書き込みを残したりすることがあれば匿名掲示板に人が流入し、規模が拡大します。それにより匿名掲示板の存在感と影響力が増し、書き込みする人が増え、ジャンルが増え、話題となるような書き込みがそこから出てくる可能性が大きくなる。このループにより匿名掲示板は成長していました。

 しかし2014年、内部クーデターによりひろゆきは2ちゃんねるの権限を失い、2ちゃんねるサーバーに入れなくなってしまいます。

 ここまでがいわば「ひろゆき1.0」です。

 2ちゃんねるを失ったひろゆきは、その後4chan管理人となりますが、こちらは影響力を増すという意味ではうまく機能しませんでした。そこでひろゆきはインフルエンサーとして影響力をつけることに注力し、それに成功します。わかりやすく言えばこれが「ひろゆき2.0」であり、今現在の姿です。

 ひろゆき2.0は、匿名掲示板のメインの書き込み者の役割をひろゆき自身が一人でおこなっているようなモデルだと考えることができます。

 社会的な事件が起き、それに絡んでひろゆきが何を言っても大丈夫な立ち位置からおもしろおかしくコメントする。それをメディアが取り上げ、拡散することにより、メディアは大きなメリットを得るとともに、ひろゆきの影響力はさらに増す。いわばメディアとの共犯関係とも言えるものがここで生まれています。

 たとえるならネット番組、スポーツ新聞、テレビ番組、出版社、SNSなどは、いわばかつての2ちゃんねるの掲示板のように、ひろゆきに影響力を与えるためのひとつのパーツに過ぎない状態といえます。

 そして、その状態はメディア商売にとってもおいしい状態なのです。そうでなければメディアは食いつきません。

 ひろゆき1.0では「ひろゆき+匿名掲示板」がセットになっていたのですが、ひろゆき2.0では「ひろゆき+メディア」がセットになって影響力増大の循環が起きているのです。

 これはあたかも2ちゃんねる的な文化、いわゆる「CHANカルチャー」が、社会を巻き込んで新たな姿を形作っているようにも見えます。

 このひろゆき1.0からひろゆき2.0は、連続したものなのですが、ひろゆき2.0からしか知らないという人が増えているのです。

 金融庁も、もしかしたらひろゆき2.0からしか知らないと言いたいのかもしれません。しかしこれらは地続きなのです

 それをきちんと理解しなければならないのではないかと思います。

■ 金融庁に抗議します「動画は削除すべきです」

 今回の金融庁動画に関連する一連の騒動の結果「NISAというものがある」、ということはそれを知らなかった一部の人たちにも伝わったことかと思います。

 しかし、ここまで指摘されても動画を削除するでなく、悪い意味で注目を集め続けているという現状は、炎上マーケティング(炎上商法)と言われても仕方ありません。

 動画の内容を視聴しましたが、非常に基本的な感想を述べたものであり、このようなコンテンツは世の中にありふれています。残しておかなければならないというほどの動画ではないでしょう。

 さまざま述べさせていただきましたが、金融庁は今からでも正しい判断をおこない、ひろゆき起用の動画について適切に対処することを願っています。

(了)

【寄稿 深水英一郎 プロフィール】
https://twitter.com/fukamie
短歌をつくってます。
ネット黎明期にインターネットの本屋さん「まぐまぐ」を個人で発案、開発運営し「メルマガの父」と呼ばれる。Web of the Yearで日本一となり3年連続入賞。新しいマーケティング方式を確立したとしてWebクリエーション・アウォード受賞。元未来検索ブラジル社代表で、ニュースサイト「ガジェット通信」を創刊、「ネット流行語大賞」や日本初のMCN「ガジェクリ」立ち上げ。シュークリームが大好き。