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仏像と「オカン」が融合 ユニークな乾漆像を作る彫刻家・田上万豊さん

 日々の家事に八面六臂の活躍を見せる「オカン(お母さん)」。その様子を仏像に落とし込んだ、リアルかつクスリと思わず笑ってしまうような乾漆像を作っているアーティストがいます。

 このほかにも、車の整備で使うジャッキと仏像に登場する邪鬼を掛け合わせた「邪ッ鬼」など、ユニークな作品を送り出している田上万豊さんに話をうかがいました。

  •  どこかに実在していそうなオカンが、仏像の形式で表現されている田上さんの作品。そのきっかけは大学3年時に作った、ホームセキュリティの装備を身につけた持国天が、邪鬼の代わりに鬼瓦を踏みつけた飾り瓦「家守の諍い」だったといいます。

    ホームセキュリティ姿の持国天「家守の諍い」(田上万豊さん提供)

     もともと、歴史の教科書に載っている風刺画の「端的な分かりやすさと見た目の面白さが好きでした」と語る田上さん。ここから、見立てによってモチーフを混ぜ合わせた作品を手がけるようになりました。

     本格的に仏像とモチーフが融合した作品を意識したのは、卒業制作の時。

     「仏像っぽい雰囲気のものを作りたいなと思った時に、明王とオカンに共通点を見いだしたので、それを見立てによってモチーフを組んでいき制作しました」

     この時から採用したのが、飛鳥時代から平安時代前期ごろの仏像でよく見られる「乾漆像」という手法。塑像や彫像の上に、麻布を砥粉(砥石の微粉)と生漆を練り合わせた「錆漆(さびうるし)」で貼り込んで成形する技法で、興福寺の阿修羅像(国宝)などが有名です。

    「オカン信仰」の芯(田上万豊さん提供)

     田上さんは大学時代、主に塑像を作っていたそうで、型取りをして素材を置き換える必要があるため「仏像らしい素材を考えたら、自ずと乾漆に行きつきました」とのこと。

     古代の仏像と違う点は、塑像に直接貼り込むのではなく、いったん石膏やシリコンで型取りし、その型に錆漆や麻布を貼り込んでいること。「現代のFRP造形とやっていることは同じです」と、田上さんは語ります。

    「オカン信仰」粘土造形(田上万豊さん提供)
    「オカン信仰」型から抜いた像(田上万豊さん提供)

     こうして完成した作品が「オカン信仰」。仏教に帰依しない人々を怒りの姿で教化する明王と、我が子を想い叱る母親に共通点を見いだし、仏法の守護者である五大明王の1人、北方を守護する金剛夜叉明王の姿で表現しています。

    「オカン信仰」(田上万豊さん提供)
    「オカン信仰」背部(田上万豊さん提供)

     オカン信仰の場合、メインに包丁でニンジンを切る料理(後背もガスコンロの五徳)、左右に洗濯と掃除を表すグッズを手に持ち、いわゆる炊事・洗濯・掃除の“三大家事”をこなすオカンの様子を表現しています。足下にあるのはゴミ袋。

    炊事・洗濯・掃除の「三大家事」を表現(田上万豊さん提供)

     これ以降、仏像とオカンのように2つのモチーフに共通点を見いだし、融合させた作品を作るようになった田上さん。「オカン信仰」シリーズはもう1作、金剛夜叉明王と反対の南方の守護者、軍荼利明王とオカンを融合させた「クンダリニー母ちゃん」があります。

    「クンダリニー母ちゃん」(田上万豊さん提供)

     軍荼利明王は煩悩除去のご利益があるとされていますが、煩悩を「欲」と捉え、必要な欲と過剰な欲、向上させる欲と堕落させる欲との付き合い方を母親の姿に仮託して作られています。

    手を交差させ軍荼利明王の印を結ぶ(田上万豊さん提供)

     軍荼利明王は螺旋状(グンダリニー)になった蛇を手首に巻いていますが、これは腕輪で表現。向かって右側の手に持つ金剛鈎は、後背と一体化して日傘になっているのもユニークなところ。後背には「ちそく(知足)」の字をかたどった炎があります。

    後背の炎は「ちそく(知足)」の字(田上万豊さん提供)

     田上さんの「オカン信仰」シリーズ2作品は、どちらも東海日彫会が運営する日彫東海展で賞を受賞。「オカン信仰」は2019年の第49回展で中日賞、また「クンダリニー母ちゃん」は2021年の第50回展で東海日彫会新人賞に輝いています。

    「クンダリニー母ちゃん」は東海日彫新人賞を受賞(田上万豊さん提供)

     また、ダジャレから派生した作品も。「邪ッ鬼」は、四天王像などで踏みつけられている邪鬼(じゃき)と、車のタイヤ交換といった下回り整備で車体を持ち上げる「ジャッキ」の語呂から作られました。

    「邪ッ鬼」(田上万豊さん提供)

     この作品、左右に開いた膝の部分にボルト状のネジが1本入っているのですが、実はこれ、回転させると膝の角度が変わって上下する仕組み。重量物は載せられませんが、ちゃんと「ジャッキ」としての動きも再現しているという、手の込んだダジャレになっているんです。

    ちゃんと足がジャッキの動きを再現(田上万豊さん提供)

     田上さんは自身の作品を通じ「ふざけた見た目とクオリティの高さのギャップで笑いを誘い、より面白く『アートはわけ分からん』という人が楽しめるものを」意識していると語ります。形而上的な表現もアートの魅力ですが、見た目で親しみやすさを感じさせるのも、アートの垣根を下げてくれる大事なアプローチです。

     一見ウケ狙いに走ったように見える作品でも、細部を見ていくとクオリティの高さや、隠されたモチーフを知ることができる奥深さも田上さんの魅力。ただ「面白い」だけではない仕掛けを用意して、鑑賞する者へのメッセージを送ってくれています。

    <記事化協力>
    田上万豊さん(@TGARMY2nd)

    (咲村珠樹)

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