おたくま経済新聞

ネットでの話題を中心に、商品レビューや独自コラム、取材記事など幅広く配信中!

【うちの本棚】第八十三回 コマンドJ/横山光輝

「うちの本棚」、今回は長く単行本化されなかった横山光輝のスパイアクション『コマンドJ』を取り上げます。スピード感のある現代スパイ物、同時期の『伊賀の影丸』と比較してみるのもいいでしょう。

横山光輝の作品は、氏の没後、講談社から未単行本化作品が相次いで刊行されたが、本作もそんな作品のひとつ。


  • 秘密特捜隊という、日本のスパイ組織「コマンド」のメンバーのひとりJを主人公にしたスパイアクションで、スピード感のある佳作。しかしながら連載終了以後2005年7月の文庫版収録まで未単行本化だった。その理由のひとつには、全3話からなる本作において、第2話第2回目で突然、主人公が少年から青年に設定変更されていることが考えられる。文庫版第1巻の解説では、連載当時の社会状況として、それまでの少年漫画によく見られた少年主人公が拳銃を撃ちまくったり、ましてやタバコを吸うなどのシーンに対して批判が強くなったことに触れているが、さらに言えばその当時やり玉に挙がった貸本劇画では発禁本なども出てくるほど厳しい状況だったようだ。確かに本作でも明らかに少年として描かれている主人公Jが撃ち合いをするほか喫煙するシーンも描かれていたし、平気でバーに出入りもしている。「漫画だから」といってしまえばそれまでだが、社会状況の変化に応じた変更ということばかりではなく、作品のリアリティという点からも青年への設定変更は正解だったように感じる。ただ、これが未単行本化だったというのは多少疑問がのこるところで、たとえば第2話第1回だけでも主人公を描き変えて2話3話のみで単行本化することもできたのではないかと思うのだ。それをしなかったのはやはり作品自体に横山光輝自身、なにか単行本としてまとめておきたくないものがあったのかもしれない。もっとも、同時期に同じ「少年マガジン」に連載されていた桑田次郎の『黄色い手袋X』も単行本化されない期間が長かったので、連載作品=単行本化という出版の流れに漏れた時期の作品というだけのことかもしれないが。

    それにしても驚かされるのが、本作でも女性キャラクターが一切登場しないこと。スパイものといえば女スパイのひとりくらい登場してもよさそうなものだが、敵味方双方にひとりとして女性が登場しない。もちろん作品中で違和感を感じるということは無いのだが、読み終わってみて「あれ、女が全然でてこなかった」と唖然としてしまうのだ。他の横山作品では女性キャラクターが登場しないまでも、女のようなルックスのキャラクターが登場したりしていたのだが、本作ではそれもない。ある意味リアリティにこだわった作品だったということもできるかもしれない。

    リアリティという点に関しては、当時のスパイブームを作った映画『007』シリーズやテレビ『ナポレオン・ソロ』などよりも描かれる秘密兵器が現実に則しているという指摘もある。もちろん装着式のロケットを背負って飛んだりするところなどは漫画チックな表現ではあるが、全体として実際にあるものや少し飛躍したものという印象ではある。

    また同時期の横山作品『伊賀の影丸』と比較して、J以外のコマンドメンバーの個性を抑えていると第1巻の解説では考察しているが、『伊賀の影丸』との差別化という意味では作品的な意味に合わせて、同時期に描かれていたことから作者自身が自分の中で区別する意味もあったのではないだろうか。忍者とスパイという表現的には似てしまう要素の強い2作品であるだけに、そのあたりは意識して差別化していたのではないかと推測する。その意味でも本作が単行本としてまとめられ改めて読むことができるようになったことで、読者も比較して楽しめるだろう。

    初出/講談社「少年マガジン」(昭和40年・34号~昭和41年29号)
    書誌/講談社・講談社漫画文庫(全3巻)

    (文:猫目ユウ)

    あわせて読みたい関連記事
  • ニュース・話題

    『魔法使いサリー』への道が判る横山光輝幻の作品が初単行本化

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】第九十四回 まんが集/横山光輝

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】第九十三回 くれない頭巾/横山光輝

  • うちの本棚
    コラム・レビュー

    【うちの本棚】第九十二回 ジャイアント・ロボ/横山光輝

  • うちの本棚
    コラム・レビュー

    【うちの本棚】第九十一回 レッドマスク/横山光輝

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】第九十回 宇宙警備隊/横山光輝

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】第八十九回 仮面の忍者 赤影/横山光輝

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】第八十八回 野獣/横山光輝

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】第八十七回 マーズ/横山光輝

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】第八十六回 サンダー大王/横山光輝

  • 猫目 ユウWriter

    記事一覧

    フリーライター。ライター集団「涼風家[SUZUKAZE-YA]」の中心メンバー。
    『ニューハーフという生き方』『AV女優の裏(共著)』などの単行本あり。
    女性向けのセックス情報誌やレディースコミックを中心に「GON!」等のサブカルチャー誌にも執筆。ヲタクな記事は「comic GON!」に掲載していたほか、ブログでも漫画や映画に関する記事を掲載中。
    本コラム「うちの本棚」は作者・テーマ別にして「ブクログのパブー」から電子書籍として刊行しています。
    また最近は小説の執筆に力を入れています。
    仮想空間「Second Life」やってます^^

    ▼こちらのライターの最新記事▼

  • コラム・レビュー

    複数社から発売された『墓場鬼太郎(ゲゲゲの鬼太郎)』を振り返る

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】262回 こいきな奴ら/一条ゆかり

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】261回 ティー・タイム/一条ゆかり

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】260回 5(ファイブ)愛のルール/一条ゆかり

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】259回 デザイナー/一条ゆかり

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】258回 わらってクイーンベル/一条ゆかり

  • トピックス

    1. 「超宇宙刑事ギャバン インフィニティ」26年2月15日放送開始 PROJECT R.E.D.第1弾

      「超宇宙刑事ギャバン インフィニティ」26年2月15日放送開始 PROJECT R.E.D.第1弾

      東映は12月25日、11月に発表していた新番組「超宇宙刑事ギャバン インフィニティ」について、202…
    2. テキストエディター「EmEditor」でセキュリティインシデント 公式サイトのダウンロード導線に不正改変か

      テキストエディター「EmEditor」でセキュリティインシデント 公式サイトのダウンロード導線に不正改変か

      テキストエディター「EmEditor」を提供するEmurasoftは12月23日、公式サイトのダウン…
    3. 今、令和だよな?「魔法のプリンセス ミンキーモモ」31年ぶりの新作OVA制作決定

      今、令和だよな?「魔法のプリンセス ミンキーモモ」31年ぶりの新作OVA制作決定

      1980年代と90年代、多くの少女たちを夢中にさせた伝説の魔法少女が帰ってきます。「魔法のプリンセス…

    編集部おすすめ

    1. シートタイプのWebMoney

      WebMoney、事業をビットキャッシュへ承継 一部サービスは終了へ

      オンラインゲームの課金手段として知られる「WebMoney」が事業の節目を迎えます。auペイメントは2026年3月31日付でWebMoney…
    2. 「完全在宅」「未経験OK」のはずが…求人をきっかけに高額契約 消費者庁が注意喚起

      「完全在宅」「未経験OK」のはずが…求人をきっかけに高額契約 消費者庁が注意喚起

      育児などを理由に在宅で働きたいと求人サイトを利用した人が、結果的に高額な契約を結ばされるケースが相次いでいます。「完全在宅」「未経験OK」と…
    3. Netflix映画『10DANCE』

      Netflix「10DANCE」、海外SNSで広がる“困惑と魅了” 「情緒が崩壊した」人も

      Netflixで12月18日に配信が始まった映画「10DANCE」が、海外SNSで大きな反響を呼んでいます。BL作品であることに戸惑いながら…
    4. 「漆黒の指輪」は実在したものの……サン宝石、カプセルトイ「中二病が疼くリング」の“誇大表現”を謝罪

      「漆黒の指輪」は実在したものの……サン宝石、カプセルトイ「中二病が疼くリング」の“誇大表現”を謝罪

      アクセサリーや雑貨の販売で知られる「サン宝石」は12月16日、同社が展開するカプセルトイ「中二病が疼くリング」について、公式サイトおよびSN…
    5. 雨や洪水の警報が変わる 新・防災気象情報、警戒レベル表示で行動判断しやすく

      雨や洪水の警報が変わる 新・防災気象情報、警戒レベル表示で行動判断しやすく

      国土交通省と気象庁は12月16日、雨や洪水などの危険を伝える「防災気象情報」について、2026年(令和8年)の大雨シーズンから新たな運用を始…
    Xバナー facebookバナー ネット詐欺特集バナー

    提携メディア

    Yahoo!JAPAN ミクシィ エキサイトニュース ニフティニュース infoseekニュース ライブドア LINEニュース ニコニコニュース Googleニュース スマートニュース グノシー ニュースパス dメニューニュース Apple ポッドキャスト Amazon アレクサ Amazon Music spotify・ポッドキャスト