おたくま経済新聞

ネットでの話題を中心に、商品レビューや独自コラム、取材記事など幅広く配信中!

【建物萌の世界】第11回 銀座のアパルトマン

update:

【建物萌の世界】第11回 銀座のアパルトマンこんにちは、咲村珠樹です。節電の夏を乗り越え、いつの間にやら街も秋めいてきましたね。そんな秋行く街で、建物を見て歩くのもなかなかいいものです。今回は、そんな雰囲気に似合いそうな(?)建物に行ってみましょう。


  • 東京は銀座一丁目。ここには「パリのアパルトマン」をイメージしたホテルが建っていますが、ちょうどそのはす向かいに、本物の歴史を刻んだモダンな元アパートがあります。

    この建物、奥野ビルといいます。1932(昭和7)年に竣工した当時は「銀座アパート」という名称で、都内屈指の高級アパートだったようです。

    奥野ビル

    外壁はおなじみスクラッチタイル。建物上部にはテラコッタによる装飾が施されています。この上に続いているアルミサッシの窓がある階は、後年に増築された部分。

    外壁はおなじみスクラッチタイル アルミサッシの窓がある階は、後年に増築された部分

    建物の両側だけでなく、真ん中のところにも雨樋があります。この部分のデザイン処理が、個人的には好きなんですよ。

    真ん中のところにも雨樋があります

    外から眺めてるだけでも飽きないんですが、中もまた素敵な空間なので、入ってみましょう。

    玄関ホール 玄関ホールのタイル

    玄関ホール。白いモルタルとタイルが、いいコントラストを見せています。
    このタイルは、第3回でご紹介した国立科学博物館の階段や床に使われているのと同じような感じ。麻布のような模様がついていますが、実際に布地を用いて表面の表情をつけていったようですね。この手のタイルも、特に昭和初期のビルなどでたびたび見かけます。この頃までが、日本のタイル工業の爛熟期で、様々なデザインのタイルが作られ、広くヨーロッパなどに輸出されていました。京都に銭湯を改装したカフェがあり、壁面に残された様々な装飾タイルが素晴らしかったりするのですが……。

    玄関ホールにあるエレベータ。階数表示が指針式だったりと、外見だけでもレトロ感あふれていますが、さらに秘密があります。

    玄関ホールにあるエレベータ

    なんとこのエレベータ、扉の開け閉めが手動です。荷物専用のリフトやダムウェイターでは手動扉のものが多くありますが、人間用(乗用)のもので残っているのはほとんどありません(今でも新設できない訳ではないようですが、事故が心配ですよね)。なので「エレベータの乗り方」が横に書いてあります。

    扉の開け閉めが手動 閉められた状態の外扉

    呼び出しボタンを押し、エレベータのかごがやってきたら、外扉、内扉を開けて乗り込みます。そして外扉・内扉を閉め、行き先階ボタンを押してはじめて、かごは動き出すのです。降りる時は逆に内・外と扉を開けますが、この際ちゃんと最後に扉を閉めないと安全装置が作動し、かごが動かない(他の階で呼んでも乗れない)ので注意が必要です。

    エレベータも素敵なのですが、ここは階段の持つ表情がまた素晴らしいのです。

    階段室

    建物は構造的に左右に分かれており、その真ん中に互いの階段室が接している……という形になっています。階段室は互いに独立していますが、居室部分の廊下はつながっていて、行き来は容易です。その階段室、左右でデザインが異なっているんですよ。

    居室部分の廊下はつながっている 太いコンクリートの柱の周りを回るように配置された階段
    木製の手すりと親柱が印象的な階段 木製の手すりと親柱が印象的な階段

    太いコンクリートの柱の周りを回るように配置された階段と、木製の手すりと親柱が印象的な階段。ふたつの階段室を隔てる壁には窓があり、双方の様子がうかがえるようになっています。

    ふたつの階段室を隔てる壁

    左右で微妙に竣工時期が違うらしく、それが階段室の構造に表れているようです。このように構造的にふたつの建物が一体化し、その真ん中に独立したそれぞれの階段室がある……というのは、同じ銀座の四丁目、銀座通りに面した書店の教文館ビル(と聖書館ビル)にも見られます。こちらは1933(昭和8)年と、竣工時期がほぼ同じであることも興味深い点です。

    2011年4月期の日本テレビ系ドラマ『リバウンド』にも登場したエレベータホール

    上階のエレベータホールと、そこに面した居室。ヨーロッパのような、日本のような、独特の雰囲気を醸し出す空間です。

    この雰囲気に惹かれるのか、テレビドラマや映画のロケも行われています。2011年4月期の日本テレビ系ドラマ『リバウンド』にも、このエレベータホールは登場していました。

    面した居室

    階段室にある消火栓(縦に走る配管とバルブ)と消防ホースを収納する木製のケースもいい感じ。また、壁と天井の接合部は微妙なカーブがついており、左官屋さんの丁寧な仕事がうかがえます。

    階段室にある消火栓 壁と天井の接合部は微妙なカーブがついている

    アパートとして作られたこのビルですが、現在ここに居住している人はいません。

    かつての居室はギャラリーやアンティークショップなどとして活用 かつての居室はギャラリーやアンティークショップなどとして活用

    1992(平成4)年、3階に3室分のスペースを使ってギャラリーがオープンしたことをきっかけにして、表参道にあった同潤会青山アパート(現:表参道ヒルズ)のように、かつての居室はギャラリーやアンティークショップなどとして活用されています。

    居室はギャラリーやアンティークショップなどとして活用

    空き室はこんな感じ。

    空き室

    これすら現代美術の作品に見えてきますね。

    地下には、かつての男女別共同浴場の跡が。現在はこのスペースも、ギャラリーの展示スペースになっています。

    かつての男女別共同浴場の跡

    そんな中でも特殊な部屋となっているのが、ここ。

    昭和の末に閉店(廃業)した美容室 昭和の末に閉店(廃業)した美容室

    この部屋は竣工間もない頃から美容室だったそうですが、昭和の末に閉店(廃業)した後、経営者の女性がずっと住み続けていました。その方が2008(平成20)年、100歳を迎えた直後に亡くなった後、部屋を譲り受けた有志が、あえて部屋の内装には手を加えず、そのままの状態で維持・活用していく……というプロジェクトを展開しています。

    個人的には、古い建物のありようを考えるという意味で、非常に興味深いプロジェクトです。建物の持つ記憶、経年変化で薄れていくもの、残るもの。きれいに改装したり「復原」する訳ではなく、そういった時間の経過によって起こりうる様々な事象を含めて「維持」していくという考え方は、建物保存というものに一石を投じるものだと感じています。

    かつてのアパート時代とは違った形で、様々な「住人」を内包して生き続ける奥野ビル。銀座の一隅で、きょうも訪れる人を待っています。

    (文・写真:咲村珠樹)

    あわせて読みたい関連記事
  • 缶コーヒーの「#マーク」に隠された意味 コカ・コーラ社に聞いた“色が変わる理由”
    ライフ, 雑学

    缶コーヒーの「#マーク」に隠された意味 コカ・コーラ社に聞いた“色が変わる理由”…

  • 「読書の秋」に読んでほしい!本好きライターオススメの小説&ノンフィクション5冊
    ライフ, 雑学

    「読書の秋」に読んでほしい!本好きライターオススメの小説&ノンフィクション5冊

  • 給油口の位置が運転席から分かるって知ってた? 意外と知らないドライバーのための豆知識
    ライフ, 雑学

    車に潜む「モイランの矢」って知ってる? 給油口の位置を示す小さな矢印

  • 学生時代の“謎文化”が続々集結!「○○してたら恋人募集中」アンケート結果まとめ
    ライフ, 雑学

    学生時代の“謎文化”が続々集結!「○○してたら恋人募集中」アンケート結果まとめ

  • “視える世界”を歩く 霊能者監修「視える人には見える展 -零-」体験レポ
    オカルト・ミステリー, 雑学

    “視える世界”を歩く 霊能者監修「視える人には見える展 -零-」体験レポ

  • 男も日傘を差す時代へ アラフォー男性が1年日傘を使って感じたメリット
    ライフ, 雑学

    男も日傘を差す時代へ アラフォー男性が1年日傘を使って感じたメリット

  • イルカは「体当たりされるだけでやばい、でかい野生生物」
    ライフ, 雑学

    「イルカ=友好的」は間違い!元水族館職員の絵本作家が伝えたい“危険性”

  • ワクチン誤情報で命が失われた? 東京大学などが明らかにした「もしも」の世界(画像:PhotoAC)
    社会, 雑学

    ワクチン誤情報で命が失われた? 東京大学などが明らかにした「もしも」の世界

  • 詐欺電話に“うっかり出た”読者の実体験 あなたの不安に付け入る手口とは(画像:PhotoACより)
    社会, 雑学

    詐欺電話に“うっかり出た”読者の実体験 あなたの不安に付け入る手口とは

  • 画像:筑波大学発表プレスリリースより
    社会, 雑学

    ツクツクボウシの「合の手」に規則性 筑波大が発見

  • おたくま編集部Editor

    記事一覧

    おたくま経済新聞・編集部による監修or執筆

    ▼こちらのライターの最新記事▼

  • 嵐・四宮社長が偽アカウント多発に注意喚起 「来年のツアー用新アカウントの予定もなし」
    エンタメ, 芸能人

    嵐・四宮社長が偽アカウント多発で注意喚起 「来年のツアー用新アカウントの予定も現…

  • カレーシチューに、フレンチサラダ、本当にまずかった脱脂粉乳他(2300円)
    イベント・キャンペーン, 経済

    昭和の“たのしい給食”が期間限定で復活 脱脂粉乳まで再現した「絶滅危惧食フェア」…

  • 新商品「うまかっちゃん<濃厚新味 あごだしとんこつ>」
    商品・物販, 経済

    焼きあごの香ばしさと細カタ麺の共演 「うまかっちゃん<濃厚新味 あごだしとんこつ…

  • 北海道産のチーズを2種類使った秋冬限定フレーバー「かっぱえびせん 北海道Wチーズ味」
    商品・物販, 経済

    北海道産チーズのW使い!「かっぱえびせん 北海道Wチーズ味」がこの秋登場

  • クリスプ のりしおバター味
    商品・物販, 経済

    カルビー、「クリスプ のりしおバター味」発売 レアな“ホシ型クリスプ”も登場

  • 特別災害対策本部車(国土交通省)
    社会, 経済

    消防車も自衛隊車もNERVも! 防災車両がずらり「ぼうさいモーターショー2025…

  • トピックス

    1. 仕事をする妻が武器商人にしか見えない?とあるXユーザーの自宅の“秘密”が最高だった

      仕事をする妻が武器商人にしか見えない?とあるXユーザーの自宅の“秘密”が最高だった

      数え切れないほどの銃や剣が並ぶ部屋の中で、ノートパソコンに向かう1人の女性。クライム系映画の1シーン…
    2. 「クリームソーダみたいなオムライス」が爆誕 インパクト抜群の喫茶店風アレンジ

      「クリームソーダみたいなオムライス」が爆誕 インパクト抜群の喫茶店風アレンジ

      子どもから大人まで人気のメニュー「オムライス」を大胆にアレンジして見せたのは、Xユーザー・盛り塩さん…
    3. ガシャポンの魅力&世界観を全身で体感!「ガシャポンに超夢中展2025」内覧会レポ

      ガシャポンの魅力&世界観を全身で体感!「ガシャポンに超夢中展2025」内覧会レポ

      10月31日から11月2日までの3日間、池袋・サンシャインシティにて「ガシャポンに超夢中展2025」…

    編集部おすすめ

    1. 嵐・四宮社長が偽アカウント多発に注意喚起 「来年のツアー用新アカウントの予定もなし」

      嵐・四宮社長が偽アカウント多発で注意喚起 「来年のツアー用新アカウントの予定も現時点なし」

      人気グループ「嵐」の公式SNSをめぐり、偽アカウントの出現が相次いでいることを受け、所属する株式会社嵐の四宮隆史社長が11月4日、自身のX(…
    2. ヒャダイン氏おすすめ 「ブロッコリー×ごはんですよ×ねぎ油」レシピ作ってみた

      ヒャダイン氏おすすめ 「ブロッコリー×ごはんですよ×ねぎ油」レシピ作ってみた

      音楽クリエイターのヒャダイン(前山田健一)さんが、Xで紹介した超手軽レシピ。それは「ブロッコリーを桃屋『ごはんですよ』と『ねぎ油』で和えたら…
    3. カレーシチューに、フレンチサラダ、本当にまずかった脱脂粉乳他(2300円)

      昭和の“たのしい給食”が期間限定で復活 脱脂粉乳まで再現した「絶滅危惧食フェア」

      昭和50年代までの学校給食を忠実に再現した「絶滅危惧食フェア」が、11月7日~9日までの3日間、東京都八王子市にある「給食のおばさんカフェテ…
    4. まるで洗車機?「理想の風呂」イラスト動画がまさしく理想すぎる

      まるで洗車機?「理想の風呂」イラスト動画がまさしく理想すぎる

      お風呂に入るのが面倒な日、ありますよね。そんな気持ちに寄り添いながら「こうだったら最高!」という理想を描いたイラスト動画がXに投稿され、大き…
    5. 集英社、生成AIによる権利侵害へ厳正対応を表明 Sora2公開後の「類似映像大量発生」を受け

      集英社、生成AIによる権利侵害へ厳正対応を表明 Sora2公開後の「類似映像大量発生」を受け

      集英社は10月31日、生成AIを利用した権利侵害への対応について声明を発表しました。今秋、OpenAI社の生成AIサービス「Sora2」が公…
    Xバナー facebookバナー ネット詐欺特集バナー

    提携メディア

    Yahoo!JAPAN ミクシィ エキサイトニュース ニフティニュース infoseekニュース ライブドア LINEニュース ニコニコニュース Googleニュース スマートニュース グノシー ニュースパス dメニューニュース Apple ポッドキャスト Amazon アレクサ Amazon Music spotify・ポッドキャスト