ロシアの首都モスクワで2021年5月25日、公海上におけるアメリカ、ロシア両海軍の偶発的事故を防止するための定期協議(INCSEA)が開催されました。両国の代表団は協議を通じ、公海上及び上空で発生した両国海軍艦艇や航空機による事案について話し合い、意見交換を通じて相互理解を深めています。
この定期協議「INCSEA(Incidents On and Over the Waters Outside the Limits of the Territorial Sea)」は、公海上及びその上空における偶発的な事故を防止するため、1972年にアメリカと旧ソ連との間で始まったものです。
この背景には1960年代後半、両国の艦艇や航空機が互いに接近した際、挑発的な動きや接触する事案が発生していたことがあります。これらの事案をきっかけとして偶発的に戦端が開かれないよう、事態のエスカレートを防止するための外交的な交渉が進められ、1972年にモスクワで開かれた米ソ首脳会談において、アメリカのジョン・ワーナー海軍長官(当時)とソ連のセルゲイ・ゴルシュコフ大将(当時)との間で合意書への署名が行われました。
この合意内容では、大きく8つの手順が規定されています。
・衝突回避の手順
・相手方の「フォーメーション(部隊の航行・飛行隊形)」に干渉しない
・海上交通の多い場所での操縦は避ける
・監視下の船舶に無用な危険を及ぼさないため、監視する艦船に監視対象から安全な距離を維持するよう求める
・感染が互いに近くを航行する際は、規定された国際信号を使用すること
・相手艦船への攻撃をシミュレートする行為や物体を発射すること、艦橋を照らす(射撃管制用レーダー波を含む)行為の禁止
・潜水艦が近くで活動している際は、その旨を通知すること
・航空機の指揮官に対し、相手の航空機や艦船に接近する際、最大限の注意を払って慎重に行動することを要求し、航空機や艦船に対する攻撃をシミュレートする行為をさせないこと、また艦船上空でのアクロバット飛行や近くに危険物を投下することの禁止
これに加え、原則として「航行中の艦船や飛行中の航空機への危険をおよぼす」可能性が予想される行動については、3〜5日前にその旨を通知することが求められ、それぞれの首都に駐在する担当官を通じ、事態の共有を図ることも求められています。さらに、年次協議の開催も規定されました。
この合意に基づき、毎年交互に代表団がアメリカとロシア(旧ソ連)を訪れ、過去1年間に発生した事案について協議するとともに、改めて1972年の合意を相互に確認するという定期協議が開催されてきました。が、2020年にモスクワで開催される予定だった定期協議は新型コロナウイルス禍によって開催が見送られ、今回の協議は2019年にアメリカのワシントンD.C.で開催されて以来のものとなります。
協議終了後、アメリカ代表団の団長であるショーン・デュアン少将と、ロシア側代表との間で合意書の署名が行われました。両国の間には様々な問題があり、地域によっては緊張が高まる事態も発生していますが、このような防衛外交の努力により、偶発的な戦争の発生を抑止しているのです。
戦争を防ぐ最大の要素は、外交による相互理解。互いの立場を表明し、理解しあうことで、命と多額の国家予算を失う戦争を回避することができます。次回の協議は2022年、アメリカで開催される予定です。
<出典・引用>
アメリカ海軍 プレスリリース
ロシア国防省 ニュースリリース
<参考>
「Agreement Between the Government of The United States of America and the Government of The Union of Soviet Socialist Republics on the Prevention of Incidents On and Over the High Seas」アメリカ国務省
Image:U.S.Navy
(咲村珠樹)