南極観測支援に使われる海上自衛隊の砕氷艦しらせ(AGB-5003)。ご縁があって、その体験航海に行けたのでご報告しますよ。……いや、スゴかった……。

 しらせに乗る為、やって来たのは横須賀。朝からあいにくの天候で、艦これでおなじみ、長門や赤城がかつて入渠した旧横須賀海軍工廠第五船渠(5号ドック)も雨にけぶっております。風も強くてカメラがびしょぬれになるので、乗艦前に写真を撮ることはできず。

 さて今回の体験航海は、間もなく出発する第55次南極地域観測隊と、しらせ乗員の関係者を中心にしたもの。これから長く離ればなれになる家族と思い出を作ってもらい、また残される家族にとってはどんな船で南極に向かうのかを体験する機会となっているようですね。

旧横須賀海軍工廠第五船渠

 JR横須賀駅には、乗艦する関係者を出迎える、第55次南極地域観測隊・宮岡宏隊長の姿もありました。今回の観測隊は総勢63名(越冬隊24名・夏隊39名)。

第55次南極地域観測隊旗

 越冬隊のメンバーは研究者だけでなく、施設や装備を管理する住宅会社や電機会社、自動車会社の社員の他、沖縄・浦添市の消防士さんや庶務を担当する茨城・つくば市役所の職員さんも。トラブルがあってもすぐ日本から対処に行けない南極では、できる限り自分達で対処する「自己完結型」の組織にしておかないといけないんですね。

 ちなみに今回の「南極料理人」は、「野人料理」で知られる居酒屋「風神亭」三鷹店(三鷹風神亭~風童子~)の方だそうですよ。

 普段なら外の甲板にも人が行くんですが、今日は風雨が強くて全員艦内に避難してるので、椅子のある食堂なんかはごった返してます。テレビでは、しらせと南極観測を紹介するビデオを上映中。青と黒のジャンパーを着ているのは、南極地域観測隊の方です。

人でごった返す食堂

 この食堂のテーブルには、ちょっとしたカラクリが。縁の部分がせり上がるんですね。海が荒れて艦が傾いても、テーブルの上から物が落ちないようにする工夫だとか。

縁がせり上がるテーブル

 午前10時。「出港用意」のラッパを合図に、雨の中カッパを着た隊員さん達が放たれたもやい綱を巻き上げていきます。巻き上げられたら、事故を防ぐ為に決められた場所に決められた形で整然とまとめます。船の上では、ロープは踏まない・跨がないのが鉄則で、何かのきっかけでロープにテンションがかかり、跳ね上げられたりする危険があるからだとか。

▼動画:砕氷艦しらせ出港 http://www.nicovideo.jp/watch/1383619643

 イージスシステムを搭載したミサイル護衛艦きりしま(DDG-174)の見送りを受けて、横須賀の岸壁を離れるしらせ。これから晴海埠頭まで、3時間半の航海です。

きりしまに見送られるしらせ

 艦内は南極観測隊員など、一般の人が乗るせいか護衛艦などに較べると廊下が広々。階段も広くゆるやかで、民間船のよう。また、極地仕様で外との出入りは全て二重扉になってましたよ。

広々した廊下

 また、普通のドアなんで気付きにくいのですが、エレベータもあります。人間というより、物資搬送用って感じですね。

エレベータ

 南極へ運ぶ物資を積み込む倉庫にも人がいっぱい。雨で冷えるので毛布が重宝されてました。

倉庫内部

 周りを見回してみると、スノーモービルに物資運搬用のソリが。これも他の自衛艦にない、しらせならではの装備ですよねー。

スノーモービル

物資運搬用のソリ

 この倉庫では、体験航海では定番のラッパ実演と制服ファッションショーが開催されました。しらせならではと言えるのが、オレンジ色の耐寒耐水服と南極での作業着。どちらも雪や海氷のある場所でも目立つようにオレンジ色になっている訳です。

制服ファッションショー

 耐寒耐水服は、流氷観測を行う八戸航空基地の第2航空隊の哨戒機P-3Cの乗員も救命装備として保有しています。保温性が高く、通常の環境で着ているとたちまち汗だくになってました。

 さて、艦橋で外の様子を見てみると……何も見えません。予定では東京湾の景色を見ながら航海するはずだったのですが、雨が激しくて視界が完全に遮られてます。

艦橋から艦首を望む

 外はといえば、もはや風が強過ぎて危険な為に甲板は立ち入り禁止。監視の為に外へ出た乗組員の方も吹き飛ばされそうです。

外は暴風雨状態

 艦橋の計器を見ると、艦の速度を含めた合成風速は40ノットを超える値。一般的な風速表示に当てはめると20mを軽く超えてますから、台風並みの暴風雨になってるんですね。一般の乗艦者が吹き飛ばされて海に転落する恐れがあるんで、立ち入り禁止にも納得。

 艦内の神棚だけでなく、艦長席の目の前には、しらせの守り神である富士山本宮浅間大社のお札もあり、航行安全を祈願しています。これは毎年夏に艦長らが揃って参拝し、新しいものを頂いてくるのだとか。先任伍長さんは毎年、富士山頂にある奥宮にも参拝しているそうですよ。

航行データと浅間大社のお札

 視界が利かない状態で、日本有数の海上交通量がある東京湾を進むのは大変です。操艦を担当する航海科の皆さんは、レーダーやGPSの情報を活用して艦を進めていきます。

操艦する艦橋乗組員

 小さな釣り船やプレジャーボートなどは、雨で電波が減衰する為にレーダーに映らないことがあるので、もちろん肉眼での監視も怠りません。特にしらせはオレンジ色で目立つ上、珍しい船なのでプレジャーボートなどがよく見ようと近づいてくることが多いとか。

GPSを確認する艦長ら

 後方の海図卓では、航行した軌跡を海図の上に書き込み、ポイントでの通過時間も記入していきます。慎重な航行の為か、途中の時点で2分ほどの遅れが出ていました。

海図に航跡を記入する

 艦橋のすぐ後ろにある海洋気象室では、海洋気象員長さんが気象情報を分析中。かぶっている帽子の後ろには、今まで参加した南極観測のピンズがずらり。

気象データを見る海洋気象員長

 外は風雨で寒いので、何か温かい飲み物が欲しくなってきました。食堂の横に自動販売機を発見。おしるこがあるので、これであったまろうかと……あれ?

自動販売機

 なんと全て「つめた~い」になってる! ……南極に行くといっても途中までは暑い赤道に向かう訳で、さらに南半球はこれから夏。本格的に寒くなるのは、寄港地であるオーストラリアを出港してからなので、こんな温度設定になっているようです。

おしるこまでもつめた〜い

 自動販売機自体は業者からリースしているものの、中の商品については乗組員の意見を参考に、自衛隊で一括して仕入れたものが入っているとか。自衛隊が儲けちゃいけないので、販売価格は仕入れ値に自動販売機のリース代など最小限の上乗せをしたものなので安くなってるんですね。ちなみにこの自動販売機の売り上げは艦内でプールしておき、ある程度貯まったところで艦内の備品など共用品を購入しているそうですよ。

 東京が近づいてきました。東京湾横断道路の海ほたるPAや、羽田空港が薄ぼんやりと見えてます。海底トンネル側の正面から見ると、海ほたるはまるでモン・サン・ミッシェルみたいにも見えますね。

海ほたるPA

羽田空港

 東京港に入港し、レインボーブリッジをくぐります。レインボーブリッジは桁下高50m。しらせの最大高(マストまでの高さ)は45m。下から見上げると、ほんとにギリギリな感じで通過します。

レインボーブリッジ

レインボーブリッジをくぐる

橋桁からマストまでは5m

 途中の遅れを見事に回復して、予定通り午後1時30分ピッタリに晴海埠頭に接岸。景色は見られなかったけど、航海科の優れた腕を見た体験航海でした。

晴海埠頭に接岸したしらせ

 しばしの休息を取り、しらせが物資を積み込み、南極に向けて出港するのは11月8日。昨年は海氷が厚過ぎて接岸できず、ヘリコプターだけで物資の6割を搬入したというしらせですが、今年は無事接岸でき、全ての物資を輸送できることを祈ります。ちょっと早いですが、Bon Voyage!!

<取材協力>
防衛省 海上幕僚監部 広報室

(取材:咲村珠樹)