おたくま経済新聞

ネットでの話題を中心に、商品レビューや独自コラム、取材記事など幅広く配信中!

【無所可用】塘路の豆腐屋さんのおはなし

update:

43615e9f不定期連載の「エドガーの無所可用、安所困苦哉」。エッセイの様なコラムの様な読み物です。第10回は、釧路湿原のちいさな町・塘路にあったとうふ屋さんの思い出をおとどけします。
塘路。塘路ってどこ?という方がほとんどかと思います。
釧路湿原の辺にある標茶町にある町で、湿原の近くの町では大きいほうに入りますが、普通に見たら小さな町です。JR北海道釧網本線と国道391号線が通っています。より詳しい場所を知りたい方は地図を広げてみてください。

  • 近くには釧路湿原で最も大きい塘路湖という湖があり、冬になるとオジロワシ、オオワシなどもやってきます。
    国鉄時代、釧網本線に急行があった頃は、急行停車駅でもありました。かなり後期まで駅員さんの配置もありました。現在は駅舎が建て替えられて喫茶店になっています。また列車交換(単線なので、上下列車のすれ違い)のある駅でもあります。夏場運転される「釧路湿原ノロッコ号」も、ここで折り返します。駅前が比較的広くかつなにもなく、観光バスのコースに組み込まれているノロッコ号乗客は釧路~塘路のどちらか片道を乗車することが多いようですが、それには塘路の駅前が何もなくて広いという立地があるかと思います。

    d8b3ef54

    さて、そんな塘路に初めて降り立ったのはもう20年くらい前でしょうか。初の北海道旅行、湿原を行く列車を高台から撮影するのに、この駅が撮影場所に近かった、ということで。当時は駅前に商店がまだあり、食料品が買えたのは助かりました。(高台からの写真)
    翌年は塘路の隣駅、茅沼に行きました。茅沼はタンチョウヅルが来る駅として知られていまして、前年見れなかったので今年は!という感じでやってきたのでした。
    すると、駅のすぐ近くで、なにやら家を建てていました。看板を見ると「旅の宿」となっていて、おお、ここに宿が出来るのか!と思いました(当時は塘路にあった旅館が廃業してしまい、釧路湿原に近い宿がほとんど無かったのです)。
    その日の宿泊はとあるユースホステル。管理人の方とお話したら、なんと宿を建てているのはこのユースホステルの方でした。そして宿の完成後、営業開始3番目の客として訪問し、以後数年間、毎年3~4回出かけるようになったのです。

    さて宿はできましたが、湿原を歩き回る拠点である塘路のお店は、だんだん品数が少なくなり、かつてはあったパンなどはなく、飲み物とお菓子と煙草と必需品(塩とか砂糖)などしか置かなくなってしまいます。
    宿は昼間は閉まっているので、食料品が入手できないとキツいです。釧路湿原では15~20kmを普通に歩きます。
    そんなある年、塘路にとうふ屋があるよ、ということを教わりました。それも戦前から続く、歴史あるとうふ屋だそうで、製造する機械もかなり古く、しかも木綿とうふしか作っていない(油揚げとかがんもどきとか絹ごしとうふもない)とのこと。

    55939924

    ある日、例によって茅沼駅~塘路駅間を鳥を見ながら歩きとおし、昼過ぎにこのとうふ屋さんの戸を開けました。その佇まいは、知らなければ普通の家と変わりありませんでした。
    横浜から湿原を歩きに来ていること、食事できるお店がないのでできればとうふを1丁食べさせていただけないか、などを、お店のおばあさんにお話しました。おばあさんは喜んでとうふを皿にすくってくださり、割り箸としょうゆを持ってきてくれて、ゆっくり食べていきなよ、とやさしく応じてくださいました。
    とうふを食べながら、数日滞在すると話すと、じゃあおなかすいたらまたおいで、とにこやかに言ってくれました。
    これ以来、塘路のとうふ屋は、重要な昼食ポイントになりました。
    通うにつれ、とうふを買いにくるお客さんとも顔なじみになりました。そして世間話をするうちに、実はすごいとうふ屋さんであることがわかりました。
    とうふを買いに来るお客さんは、ほとんどが自動車でやってきて、2~3丁のとうふを買われて行きます。北海道の東部、それも都市部ではない塘路というちいさな町に手作りとうふ屋があること自体が結構驚きですが、買いにくるお客はほとんど車です。聞けば、釧路や標茶市街のスーパーならともかく、半径30kmくらいにわたり、とうふを売っている店はここだけで、しかも自家製となると釧路市内でもそうそうないのでは??ということが伝わってきました。
    「どうせ車で出ないと買い物できないんだし、それならとうふが食べたいときはここに来るわよ」と仰っていた牧場を営んでいる方は、20km以上の道のりを、とうふを買いにここまで来られているのでした。

    すっかりおなじみになったワタシと、ワタシの北海道仲間(というより湿原仲間)は、釧路湿原に行ったら必ずとうふ屋にも行くようになりました。そのうち、110円のとうふの代金しか払っていないのに、自分で摘んでこられたという山菜の煮物とか、つくりおきのおかずを出していただいたりするようになり、なんだかかえって申し訳ない感じに。
    でも、お店の戸を開けて声をかけると「おお、ようきたね。こんなゆるぐないときに」と笑顔で迎えてくれたのでした。

    そんな思い出多きとうふ屋さんですが、旦那さん(寡黙なおじいさんで、結局、ほとんどお話したことがありませんでした)が亡くなられ、おばあさん一人ではとうふ作りはできないということで、お店はやめられてしまいました。
    その後、釧路市内に住むお子さんのところへ転居するらしい、という話を伝え聞き、こんなものではこれまでの感謝には足らないなと思いつつも、東京で和菓子の菓子折りを買って、釧路行きの飛行機に乗り、茅沼の宿に一泊した翌日、菓子折りを持ってかつてとうふ屋さんだったお宅へ伺いました。
    いままでありがとうございました、とてもおいしいとうふでした、とお礼をいいつつ菓子折りをお渡ししました。思えば今まで食べさせていただくばかりで何もお返しできていませんでした。普段から、来てくれるだけでもうれしいよ、と言ってくれていたおばあさんの目には、ちょっと涙が見えました。

    あわせて読みたい関連記事
  • 華の会メール・バナー
    PR

    オトナ世代の恋愛マッチング

  • 華の会メール・バナー
    PR

    趣味でつながる30代からの恋愛マッチング \華の会メール/

  • 国歌「君が代」発祥の地が鹿児島・薩摩川内にあるらしい 大宮神社参拝レポ
    コラム, 雑学

    国歌「君が代」発祥の地が鹿児島・薩摩川内にあるらしい 大宮神社参拝レポ

  • 鹿児島・仙厳園の「猫神社」が遷座 新たな鎮座地を参拝してきた
    コラム, 雑学

    鹿児島・仙厳園の「猫神社」が遷座 新たな鎮座地を参拝してきた

  • 元ストーカーの告白 「好き」だけで終わらない事件の行方
    コラム, 雑学

    元ストーカーの告白 「好き」だけで終わらない事件の行方

  • 大迫力!裏方から見た東京高円寺阿波おどりの熱い1日
    コラム, 雑学

    大迫力!裏方から見た東京高円寺阿波おどりの熱い1日

  • 昭和のラジオ(出典:photoAC)
    コラム, 雑学

    4月21日は「民放の日」 ラジオ16社に民放初の予備免許が与えられた日

  • 台南市にある元は会社のビルだったというレトロな住宅内部(ぶちこさん提供)
    コラム, 雑学

    元は会社のビル! 台湾のレトロ住宅にうっとり

  • 猫を祀る神社が鹿児島の観光名所「仙厳園」内にあるらしい 「猫神社」参拝レポ
    コラム, 雑学

    猫を祀る神社が鹿児島の観光名所「仙厳園」内にあるらしい 「猫神社」参拝レポ

  • 出雲大社外観
    コラム, 雑学

    出雲大社は何て読む? SNSで度々驚きの声があがる正式な読み方

  • 東京・愛宕神社の男坂(出世の石段)
    コラム, 雑学

    神社仏閣の所在地に法則性はある? 愛宕神社と弁天堂の場合

  • 高層ビルの谷間にある虎ノ門金刀比羅宮
    コラム, 雑学

    由緒もいろいろ 東京で参拝できる有名神社3選

  • おたくま編集部Editor

    記事一覧

    おたくま経済新聞・編集部による監修or執筆

    ▼こちらのライターの最新記事▼

  • 魔改造カップヌードル
    商品・物販, 経済

    日清食品「魔改造カップヌードル」4品を新発売 定番フレーバーを背徳アレンジ

  • 企業と株主対立を“見える化” ストラテジックキャピタル、ガンホー批判サイト公開
    社会, 経済

    企業と株主対立を“見える化” ストラテジックキャピタル、ガンホー批判サイト公開

  • 無料クーポンリレー
    イベント・キャンペーン, 経済

    ファミリーマート、ファミペイ新規登録者向け「無料クーポンリレー」開始へ

  • 「文藝きっかわこうじ」表紙
    イベント・キャンペーン, 経済

    吉川晃司60歳記念「文藝きっかわこうじ」発行 UL・OSとコラボキャンペーン開始…

  • 芳根京子さん、地震保険の新広報キャラクターに就任 新CMで「なまベェ」と共演
    企業・サービス, 経済

    芳根京子さん、地震保険の新広報キャラクターに就任 新CMで「なまベェ」と共演

  • メガ焼豚ラーメン
    商品・物販, 経済

    喜多方ラーメン坂内、“肉の壁”に挑む期間限定「メガ焼豚ラーメン」販売

  • トピックス

    1. 小学生の耳からシャーペン消しゴム 耳鼻科で無事摘出

      小学生の耳からシャーペン消しゴム 耳鼻科で無事摘出

      小学6年生の男児が耳の痛みを訴え受診したところ、耳の奥からシャープペンシルの消しゴムが摘出されました…
    2. マクドナルド非公認レシピ「改造てりたま」

      マクドナルド非公認レシピ!夏のてりたま欲を満たす「改造てりたま」を作ってみた

      春限定の人気商品「てりたまバーガー」を夏でも味わうため、筆者が考案した「改造てりたま」の作り方を紹介…
    3. 江頭2:50の“トルコ伝説”がポテチ化 ファミマ限定「伝説のケバブ風味ポテトチップス」を実食

      江頭2:50の“トルコ伝説”がポテチ化 ファミマ限定「伝説のケバブ風味ポテトチップス」を実食

      江頭2:50さんが60歳の節目に放つ、まさに“レジェンド級”のコラボ商品が登場です。YouTubeチ…

    編集部おすすめ

    1. 「なんかやってる」4羽の文鳥 まるで連続写真?

      「なんかやってる」4羽の文鳥 まるで連続写真?

      「なんかやってる……」Xで飼い主さんにこうつぶやかれたのは、4羽の白文鳥さんたち。添えられた写真には、4羽が棚の上に連なって集まり、まるで連…
    2. 法事でオリジナルTシャツ!?音楽フェスのような斬新な引き出物が話題

      法事で配られた家紋&没年入りTシャツが話題 “フェス感”漂うセンスに爆笑

      法事の引き出物(お返し)といえばお菓子やカタログギフトが王道ではないでしょうか。しかしときには予想だにしない品をもらうこともあるようで……。…
    3. 災害関連死ゼロを目指す「EDAN」発足 フィリップ モリスら民間団体が連携

      災害関連死ゼロを目指す「EDAN」発足 フィリップ モリスら民間団体が連携

      フィリップ モリス ジャパン(PMJ)が、全国災害ボランティア支援団体ネットワーク(JVOAD)と共同で、避難生活に特化した支援ネットワーク…
    4. 「週刊文春」2025年9月4日号(8月28日発売)

      週刊文春、最新号表紙は「白紙」 48年続いた和田誠さんの表紙絵に幕

      総合週刊誌「週刊文春」は、2025年8月28日発売の9月4日号で48年間にわたり表紙を飾り続けたイラストレーター・和田誠さんの絵を終了し、大…
    5. 作文嫌いの救世主 親子で楽しむ「魔法のワークシート」が超便利

      作文嫌いの救世主 親子で楽しむ「魔法のワークシート」が超便利

      夏休みの宿題において、多くの小学生が悩まされる「作文」。特に低学年の子どもにとっては「何から書けばいいのか分からない」壁にぶつかることもしば…
    Xバナー facebookバナー ネット詐欺特集バナー

    提携メディア

    Yahoo!JAPAN ミクシィ エキサイトニュース ニフティニュース infoseekニュース ライブドア LINEニュース ニコニコニュース Googleニュース スマートニュース グノシー ニュースパス dメニューニュース Apple ポッドキャスト Amazon アレクサ Amazon Music spotify・ポッドキャスト