「これは長い旅の始まりに過ぎない(It’s just beginning for long journey)」。2018年9月25日(アメリカ東部時間)、西大西洋のアメリカ・メリーランド州沖でイギリスの空母クイーン・エリザベスのF-35B運用試験が始まり、2010年11月24日に空母アークロイヤルでハリアーGR.9が運用されて以来、イギリスの空母に固定翼機(ヘリコプターではない通常の飛行機)が着艦しました。
8月20日にF-35B運用試験のために母港ポーツマスを出港し、イギリスからアメリカへ向かった空母クイーンエリザベス。初の大西洋横断を終え、アメリカ東海岸に到着したクイーン・エリザベスは、いよいよF-35Bの運用試験を開始しました。
すでにF-35Bはアメリカ海兵隊で実戦配備され、ワスプ級強襲揚陸艦に搭載されて運用を行なっています。しかしワスプ級の飛行甲板は平らなのに対し、イギリスのクイーンエリザベス級空母の飛行甲板は、先端が「スキージャンプ」勾配と呼ばれる上り坂が設けられています。このため、発艦にはその特性に合わせた操縦感覚を養う必要があり、パイロットは事前にメリーランド州のパタクセント・リバー海軍航空基地でシミュレータ訓練と、特設された「スキージャンプ」施設での離陸訓練を行なって準備を進めてきました。
そして9月25日。テストパイロット、アンディ・エドジェル空軍少佐の操縦するBF-04と、ネイサン・グレイ海軍中佐の操縦するBF-05、2機のF-35B(アメリカ海軍VX-23所属)は、お昼過ぎにパタクセント・リバー海軍航空基地を離陸。チェイス機のF/A-18Fを伴って、大西洋上で待機する空母クイーン・エリザベスへと向かいました。
一旦上空を旋回し、F-35Bは垂直着陸モードに移行。まずグレイ海軍中佐が操縦するBF-05号機が艦の左舷側に位置して、ゆっくりと飛行甲板に接近します。そして、飛行甲板後方に設定されている着艦ポイントに着艦。中心線上に首脚が乗る見事なコントロールぶりでした。
BF-05は前部アイランド(航海艦橋)左前方に設けられた所定の繋止位置に移動。チェーンで繋止されたのちにエンジンを止め、キャノピーを開いたグレイ中佐は、何度もサムアップサインをし、興奮を抑えきれない様子でした。
続いてエドジェル少佐のBF-04号機も着艦。2010年11月以来、7年10ヶ月ぶりにイギリスの空母へ固定翼機が戻ってきたのです。
着艦した2機のF-35Bは燃料補給し、スキージャンプ勾配を用いた発艦も実施。STOLモードでスムーズな発艦を見せました。
第1回の訓練後に行われたインタビューで、グレイ中佐はこの着艦を「これは長い旅の始まりにすぎない(It’s just beginning for long journey)」と表現。これから始まるF-35Bと空母クイーンエリザベスとの年月を見据えていました。しかし一方で「シミュレータで何度も訓練したし、垂直着陸やスキージャンプ施設での訓練もしたけれども、実際に空からクイーン・エリザベスを初めて目にして、これからあそこに降りるんだと思うと、ある種のワクワクした気持ちが抑えられなかった」とも語っています。「空母への垂直着艦やスキージャンプでの発艦は、シミュレータで行う訓練と手順は全く同じなんですが、感情の面では全く違うものでした」と、歴史的瞬間を語っていました。
空母クイーン・エリザベスの艦長、ジェリー・キッド大佐は、2010年にハリアーGR.9で最後の艦上運用を終えた空母アークロイヤルでも当時艦長を務めていました。再びイギリス海軍の空母に固定翼機が帰ってきたことについて「約8年ぶりに空母で固定翼機の姿が見られて、ワクワクした気持ちと、部下たちへの信頼感と、海軍の未来を思う気持ちが一緒になった感じです」と答えています。「これから海軍と空軍がF-35によって、本艦や姉妹艦のプリンス・オブ・ウェールズが将来の空母打撃力を担っていくわけで、今日の出来事は本当に輝かしいものです。私は17年フネに乗っていますが、大きな出来事だと感じています。格納庫では何百人もの乗組員が歓声を上げていましたよ。固定翼機が再び空母で運用されるようになるということは、イギリスの安全保障の面においても、重要な一歩です」とも語っており、イギリスが空母打撃力を再度獲得したことを大きく捉えているようです。
これから11週間の間、クイーン・エリザベスでは500回以上のF-35B発着艦訓練を行い、空母側の運用能力、そしてパイロット側の技量獲得を目指します。この間、クイーン・エリザベスはニューヨークにも訪問予定。2019年にはイギリスで訓練中のF-35Bを使った運用訓練を行い、作戦能力の獲得は2021年を予定しています。
Image:Crown Copyright MOD UK/U.S.Navy
(咲村珠樹)