花王の様々な基礎研究から生まれた新しい技術を発表する「花王グループ・技術イノベーション説明会」が、2018年11月27日に都内で開催されました。直径がわずか0.5マイクロメートル(0.0005ミリ)の超極細繊維を使って、お肌の表面に被膜を作る「Fine Fiber(ファイン・ファイバー)」をはじめ、様々な驚きの技術が登場。どれも2019年中に応用製品が発売される予定です。
技術イノベーションの説明に先立ち、花王株式会社の澤田道隆社長が今回の説明会開催について語ります。研究者出身の澤田社長は、1890年に発売された石鹸(花王石鹸)から始まった花王の歴史は、様々な基礎研究から実際の商品へと応用していった積み重ねであると強調。
たとえば、現在販売されているフローリング用お掃除シートは、赤ちゃんの紙おむつを作るための研究から偶然誕生したものだといいます。デリケートでかぶれやすい赤ちゃんの肌に刺激を与えないよう、極細の繊維で柔らかな不織布を開発していたところ、研究者がたまたま手近にあった紙おむつのサンプルで汚れを拭くという出来事があったそうです。するととてもきれいになったことから「これはお掃除シートになるんじゃないか?」という発想が生まれ、商品化されたんだとか。このように、ひとつの基礎研究が様々な商品へと生まれ変わるのが面白いところです。
続いて、花王の研究開発部門を統括する長谷部佳宏専務が登壇。重点研究領域における新技術を発表しました。今回発表したのは、全部で50以上にもなる新技術のうち、厳選された5つ。どれも2019年中に応用商品が発売されるといいます。
皮膚科学・不織布開発の分野からは「Fine Fiber(ファイン・ファイバー)」。これは小型の専用装置にセットした化粧品用のポリマー溶液を、装置のノズルから噴射することで直径が0.5マイクロメートル(0.0005ミリ)の超極細繊維として肌に密着し、自然な極薄の被膜を作るものです。吹き付けるだけなので簡単に肌に密着し、体の動きにも剥がれない柔軟性を持つ皮膜は、ラップとは違って汗の蒸発は妨げず、皮膚の表面を保護することが可能。
また、形としては超極細繊維による「不織布」なので、液体を吸い込んで保持する能力にも優れています。つまり、化粧水などを長時間しみこませるパックのようなことも手軽にできるということ。また、傷口を保護するばんそうこうや、シミやそばかす、やけどの跡などを上から覆い隠すこともできます。
健康科学の分野では、RNA(リボ核酸)の手軽なモニタリング技術。これまでRNAはその時の生体状況によって変化するので「健康状態のサンプル」として優秀である反面、不安定で壊れやすく、DNAのように取り出して状態を確認するのは難しいとされてきました。
ところが、再び“たまたま”研究者が脂取り紙で肌に浮いた皮脂を取り、それを好奇心で観察したところ、皮脂に混じって1万3000種類ものRNAが壊れずに残っていることが判りました。これは世界初の発見だったそうです。逆に言えば、脂取り紙で皮脂を採取するだけでRNAのサンプルが簡単に得られることになります。これを応用すると、アトピー性皮膚炎などの疾患を自覚症状が出る前に見つけることができ、早い段階からケアが可能になるということ。また、体の状態やホルモンバランスに応じてRNAが変化するため、全身の健康状態やこれからの変化についても判断することができます。化粧品でいえば、よりその人に合ったスキンケアができるようになりますし、健康診断に応用すれば、病気などの予防にも役立ちます。
毛髪の科学を研究する分野では、より安心して使用できるカラーリング剤「Created Color(クリエイテッド・カラー)」。毛を「染める」のではなく、髪の色を作り出すメラニンのもとを「供給する」ことで、頭皮に負担のかからないカラーリングが可能になったといいます。髪の色を決定するのはメラニンなので、その濃度によってブロンドから黒髪までの色変化が実現できました。このメラニンの工業化には、酒造会社の月桂冠と共同で、酵素から大量生産をする手法を確立したといいます。
また、富士フイルムとの共同研究で、髪の断面から見て同心円状に色付けすることで奥行きのある高精細な発色を実現する染料も開発。これはチョウの鱗粉のように構造色を持ち、シャンプーやコンディショナーで洗うことで別の色を発色させることができるという優れもの。気分に合わせて染め直すことなく、ただシャンプーやコンディショナーを使うだけで髪色を変えられるのは面白い技術です。シャンプーやコンディショナーも染料成分が入っていないので、頭皮や髪が傷むという心配もいりません。
石鹸から始まった花王の歴史を象徴する界面活性剤(洗浄剤)の分野では、これまで植物性(主にアブラヤシの実)の油脂のうち、わずか5%しか液体洗剤にすることができなかった固形(果肉)部分からも洗浄成分を作り出すことに成功。これを「Bio IOS」と名付けたといいます。このBio IOSは汚れだけをしっかりと落とす能力と、汚れを浮かせる高い親水性を両立させることができ、高い洗浄力を持ちながらより環境負荷の小さい洗剤を作ることが可能になるそうです。
環境技術分野では、プラスチックによる海洋汚染を防ぐため、リサイクル率100%にするパッケージを作ることに成功したといいます。現在パウチによる「詰め替えパック」は、通常の製品パッケージ(ボトル)に比べて40分の1のプラスチック使用量になっているそうですが、これをさらに進めて詰め替えパックだけで使用できるような形を作るといいます。長谷部さんが示したのは、パウチを二重構造にして隙間に空気を入れ、パックを容器として使用可能にするアイデアで作られたエアインフィルムボトル(AFB)。しかも使用する樹脂を1種類にしてリサイクルしやすくするそうです。
説明会終了後、実際に「Fine Fiber」を体験してみることに。まずはFine Fiberのかたまりを手に取ると、ほとんど重さを感じません。ということは、これだけの大きさでありながら、ほとんどは空気ということ。本当に繊維が細いことを実感します。
まだ試作品だという噴射装置で、肌にFine Fiberを吹き付けていきます。肌に白く繊維が重なっていきますが、吹き付けられる繊維はごく薄く、もやっと白いものが見えるくらい。
スポンジで水をちょっと含ませると、あっという間に水分を吸い取り、肌と同化してしまいました。近くから凝視すると、わずかに周囲よりも肌のキメが目立つかなぁ……という程度で、全くわかりません。
この状態でスタンプを押してみます。通常の肌だと、乾く前に紙を当てるとインクが写ってしまいます。
Fine Fiberを吹き付けた部分にスタンプを押し、さらに上からFine Fiberを吹き付けると、指で触ってもインクは写りません。これはインクをFine Fiberが完全に吸収しているのと、上からさらにFine Fiberを吹き付けることで、完全にスタンプの層がコーティングされてしまったという訳です。
このFine Fiberの被膜を両面テープで剥がすと、薄いのに伸び縮みし、結構丈夫なものであることが判ります。もちろん爪で簡単に剥がすこともできますし、流水を当てても剥がれるとのこと。たとえばフェイスペインティングをFine Fiberの被膜の上にして、必要なくなったら剥がす……という使い方が想定されます。さらにFine Fiber被膜の上から日焼け止めを塗ると、被膜の中に均一にしみこむので塗りムラもできず、さらに上からFine Fiberを吹き付けてコーティングすると、日焼け止めが汗で流れることなく長時間効果が続くようにも。汗はFine Fiber層の上にしみだしてくるので軽く押さえれば汗だけを拭き取ることができます。しかも剥がすだけなので、メイク落としなども不要。プリンターと組み合わせれば、素材にシールを貼りつけたようなパネルができますし、この技術は様々なものに応用が利きそうです。
澤田社長によると、この技術はあくまでも基礎なので、その応用については自社で抱え込むのではなく、様々な業種と一緒に考えるオープンなものにしていきたいとのこと。このような新技術の開発についての秘訣を問われた澤田社長は「あきらめないことですね」と一言。Fine Fiberの技術でいえば、モノになるまで10年の歳月がかかっているといい、短期的な結果を追い求める考え方では生まれなかったろうといいます。
これらの新技術を使った商品が2019年に登場するだけでなく、他業種との共同開発で様々なものが生まれるかもしれないと考えると、なんだかワクワクしてきます。基礎研究がいかに重要であるかを感じさせるイベントでした。
取材協力:花王株式会社
(取材:咲村珠樹)