おたくま経済新聞

ネットでの話題を中心に、商品レビューや独自コラム、取材記事など幅広く配信中!

未来の偵察は100年前に逆戻り? 再び飛行船が注目されるワケ

 ミリタリーの分野では「偵察」は非常に重要です。孫子の「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」という有名な言葉を引くまでもなく、情報収集とその分析に力を注いでいれば、戦いが有利になるだけではなく、時には戦いとなる前に勝敗が決することもあります。現代の偵察の主力といえば偵察機と偵察衛星ですが、未来の偵察は100年前の第一次世界大戦で使われた「飛行船」が再び主役になるかもしれません。

  •  偵察というのはその重要性とは裏腹に、とても地味で神経を使う任務です。絶えず同じところを見て回り、何か変わったことはないかと「間違い探し」のように不穏な兆候を見つけ出さなくてはなりません。また、戦場で相手の反撃から敵情を探る「威力偵察」を除けば、基本的に偵察は非武装もしくは最小限の武装で、戦闘は可能な限り避けるのがセオリー。このため、偵察機の乗員は撃墜されるかもしれないというリスクも感じています。しかも限られた機会を最大限に生かすため、上空からの偵察任務は長時間に及ぶことが多く、乗員は肉体的、精神的な負担が大きいものとされてきました。

     乗員に過重な負担を強いることになるため、近年では上空からの偵察は偵察衛星と、無人偵察機によるものが多くなり、有人機での偵察は少なくなっています。しかし、それでも欠点は残ります。偵察衛星は軌道上を周回しているために、同じ場所を偵察できるのは1日数回。そして無人機もずっと飛行し続けるわけにはいかず、どこかで交代しなくてはなりません。特定の場所を長期間偵察し続けるのには不向きなのです。

    飛行するRQ-4ブロック30(画像:Northrop Grumman)

    飛行するRQ-4ブロック30(画像:Northrop Grumman)

     そこで現在注目が集まっているのが気球や飛行船です。大気よりも軽いヘリウムで浮かぶ「軽航空機(空気より軽い航空機)」に分類される飛行船は、飛行機やヘリコプターなどの「重航空機(空気より重い航空機)」と違い、同じ場所にずっと浮かび続けることができます。特定の場所にい続け、その状況を偵察するには最適な道具といえます。18世紀末のフランス革命の時代から20世紀初めの第一次世界大戦まで、気球や飛行船は偵察の主役でした。それが再び脚光を浴びているのです。

    1903年に撮影されたイギリス軍の観測気球(画像:Crown Copyright IWM)

    1903年に撮影されたイギリス軍の観測気球(画像:Crown Copyright IWM)


    1913年に撮影されたイギリス海軍の飛行船「アストラ・トーレス」(画像:Crown Copyright IWM)

    1913年に撮影されたイギリス海軍の飛行船「アストラ・トーレス」(画像:Crown Copyright IWM)


    イギリス軍の飛行船搭乗員(画像:Crown Copyright IWM)

    イギリス軍の飛行船搭乗員(画像:Crown Copyright IWM)


    アメリカ海軍の飛行船アクロン(画像:Lockheed Martin)

    アメリカ海軍の飛行船アクロン(画像:Lockheed Martin)

     要因の一つは、無人制御技術の進歩です。無人機(ドローン。UAV)の研究開発が進み、さらにはAIの発達により、自律的に動ける「ロボット飛行船」の実現が可能になりました。そしてもう一つは、気球を作る技術の進歩。軽く丈夫な素材や浮揚に必要な気体を長時間封じ込める手法が開発され、高度数万メートルの成層圏に長時間とどまる飛行船を作ることが可能になったのです。

     現在、アメリカではロッキード・マーティンが開発した偵察用無人気球「Persistent Threat Detection System(長期滞留型危機探知システム=PTDS)」を使って、特定地域での長期間に及ぶ上空偵察を実施しています。この気球はおよそ30日間上空にとどまることができ、その間搭載したレーダーやセンサーで周辺地域の偵察・調査が可能。アメリカ陸軍では2004年以来、アフガニスタンやイラクで長期間に及ぶ偵察をPTDSで行ってきました。

    ロッキード・マーティンの調査・偵察用気球(画像:Lockheed Martin)

    ロッキード・マーティンの調査・偵察用気球(画像:Lockheed Martin)

     これより一回りほど大きいものは、アメリカ国境警備隊がメキシコなど南部国境の監視任務に使用しています。低空を飛ぶ航空機や海や川を航行する船、または地上を移動する車などをレーダーで探知し、不法な物資の密輸などの監視を行い、その摘発に一役買っているのです。

    アメリカ国境警備隊で使われる監視用気球(画像:Lockheed Martin)

    アメリカ国境警備隊で使われる監視用気球(画像:Lockheed Martin)

     また、これとは別に高度数万メートルの高さから監視・偵察する飛行船もロッキード・マーティンは開発しています。上面には太陽電池を貼り付け、その電力でモーターを動かして移動するため、長期間にわたって上空からの調査・測量・偵察活動に利用可能。AIにより自律的に移動するので、地上では贈られてきたデータを解析し、必要があれば対処するという形になり、偵察任務の大幅な省力化が可能になります。

     たとえば航空機での常時監視が難しい離島や、逆に陸上でも周りに人家のない荒野などでは、このような無人飛行船によるメリットが最大に活用できる環境にあるといえるでしょう。しかも無人偵察機よりも低コストで運用できるので、複数を用意しておくのも比較的安上がり。

    高高度滞留型無人飛行船の飛行イメージ(画像:Lockheed Martin)

    高高度滞留型無人飛行船の飛行イメージ(画像:Lockheed Martin)

     AIなど無人化の技術が発達した結果、100年前に表舞台から姿を消した「偵察気球(飛行船)」が再び脚光を浴びるというのも、なかなか面白いものがありますね。

    Image:Lockheed Martin/Crown Copyright:IWM

    (咲村珠樹)

    あわせて読みたい関連記事
  • ACSLの鷲谷社長(左)と万国郵便連合の目時事務局長(右)
    企業・サービス, 経済

    日本のACSL ドローン関連企業として初めて万国郵便連合に加盟

  • 国土交通省の無人航空機登録ポータルサイト(スクリーンショット)
    宇宙・航空

    2022年6月20日よりドローンの登録が義務化 そのポイントは?

  • スクラッチは楽しいですよ。電飾モデラーが天空の城ラピュタの「タイガーモス号」を自作。
    アニメ/マンガ, ニュース・話題

    スクラッチは楽しいですよ 電飾モデラーがラピュタ「タイガーモス号」を自作

  • 空母ジョージ・H・W・ブッシュ艦上のMQ-25(画像:U.S.Navy)
    宇宙・航空

    アメリカ海軍の無人空中給油機MQ-25 初めての空母運用試験終了

  • 離陸するソーラー無人機ゼファーS(画像:Airbus)
    宇宙・航空

    エアバスのソーラー無人機「ゼファーS」 クラスの高度世界記録を樹立

  • スイス空軍の次期戦闘機に採用されたF-35A(Image:スイス連邦防衛・国民保護・スポーツ省)
    宇宙・航空

    スイス空軍次期戦闘機にF-35Aを36機調達 ペトリオット対空ミサイルも5セット…

  • ケープカナベラル宇宙軍基地から打ち上げられるGPS IIIの5号機(Image:SpaceX)
    宇宙・航空

    測位精度が3倍に向上 次世代GPS衛星「GPS III」5号機の打ち上げ成功

  • アルテミス計画での宇宙飛行士と月面車の想像図(Image:GM/Lockheed Martin)
    宇宙・航空

    GMとロッキード・マーティン NASA「アルテミス計画」用の月面車を共同開発

  • 弾道ミサイル警戒衛星「SBIRS GEO-5」の打ち上げ(Image:ULA)
    宇宙・航空

    アメリカの弾道ミサイル警戒衛星「SBIRS GEO-5」打ち上げ成功

  • フランス航空宇宙軍のH225M(Image:フランス航空宇宙軍)
    宇宙・航空

    フランス軍 H225M捜索救難ヘリと無人ヘリ試作機を追加発注

  • おたくま編集部Editor

    記事一覧

    おたくま経済新聞・編集部による監修or執筆

    ▼こちらのライターの最新記事▼

  • 民放連、アニメ作品の“そっくり映像”出回り懸念 生成AIに声明
    アニメ/マンガ, ニュース・話題

    民放連、アニメ作品の“そっくり映像”出回り懸念 生成AIに声明

  • 欧州連合の旗(写真ACより)
    インターネット, 社会・物議

    EU、ネット上での児童性被害対策を強化 日本企業にも影響広がる可能性

  • ホロアースNPCに「事件に関係した実在人物想起」と指摘 運営が謝罪し削除対応
    ゲーム, ニュース・話題

    ホロアースNPCに「事件に関係した実在人物想起」と指摘 運営が謝罪し削除対応

  • ロッテ「雪見だいふく」が立体パズル化 メガハウスが11月下旬に新商品
    商品・物販, 経済

    ロッテ「雪見だいふく」が立体パズル化 メガハウスが11月下旬に新商品

  • 100tハンマー
    アニメ/マンガ, イベント・キャンペーン

    伝説のコンビを追体験 40周年「シティーハンター大原画展」上野で12月28日まで…

  • 韓国発の人気激辛「ブルダック」がじゃがりこに 1年4か月かけた再現度に注目
    商品・物販, 経済

    韓国発の人気激辛「ブルダック」がじゃがりこに 1年4か月かけた再現度に注目

  • トピックス

    1. 違和感満載のサイケな銭湯でほっこり入浴 蒲田で開催「脳汁銭湯」体験レポート

      違和感満載のサイケな銭湯でほっこり入浴 蒲田で開催「脳汁銭湯」体験レポート

      旧き良き銭湯が異次元の入浴空間に変身するイベント「脳汁銭湯」が、11月26日から12月7日まで東京・…
    2. この涙は懐かしさ……なのか? 展示「あの職員室」で特大感情を揺さぶられたレポート

      この涙は懐かしさ……なのか? 展示「あの職員室」で特大感情を揺さぶられたレポート

      学生時代、入りたくても入れない「聖域」のような場所だった職員室。その風景を再現し、自由に探索できる展…
    3. フォロワー1万人超の“焼き芋アカ”が美容アカに SNSで繰り返される「アカウントロンダリング」の構造

      フォロワー1万人超の“焼き芋アカ”が美容アカに SNSで繰り返される「アカウントロンダリング」の構造

      SNS上には今日も、「○○が当たる!」といったプレゼント告知があふれています。いまや日常の景色と言っ…

    編集部おすすめ

    1. 誤表記

      もちづきさん、カロリーを低く表記し謝罪 読者に“チェック”呼びかけ

      漫画「ドカ食いダイスキ! もちづきさん」公式Xが11月27日夜に更新し、作品の一部でカロリーを実際よりも低く表記していたと謝罪しました。当該…
    2. ホロアースNPCに「事件に関係した実在人物想起」と指摘 運営が謝罪し削除対応

      ホロアースNPCに「事件に関係した実在人物想起」と指摘 運営が謝罪し削除対応

      バーチャルタレント事務所「ホロライブプロダクション」を展開するカバー株式会社は公式Xにて11月25日、同社のバーチャル空間プロジェクト「ホロ…
    3. 善意の通報が“誤報”に変わるAI時代 女川町のクマ騒動が示した危険性

      善意の通報が“誤報”に変わるAI時代 女川町のクマ騒動が示した危険性

      宮城県女川町が11月26日、公式Xで発信した「クマ出没情報」が、後に「生成AIによるフェイク画像」に基づく誤通報だったことが判明。通報者自身…
    4. エビの代わりに「パイの実」投入!ロッテ公式が送るエビチリアレンジに目を疑う

      エビの代わりに「パイの実」投入!ロッテ公式が送るエビチリアレンジに目を疑う

      ロッテは自社商品の各ブランドサイトで、アレンジレシピを公開しています。その中に「パイの実」をエビチリソースと卵で炒め合わせた「チリ玉パイの実…
    5. 100tハンマー

      伝説のコンビを追体験 40周年「シティーハンター大原画展」上野で12月28日まで開催

      「シティーハンター」連載開始40周年を記念した原画展「シティーハンター大原画展~FOREVER, CITY HUNTER!!~」が、11月2…
    Xバナー facebookバナー ネット詐欺特集バナー

    提携メディア

    Yahoo!JAPAN ミクシィ エキサイトニュース ニフティニュース infoseekニュース ライブドア LINEニュース ニコニコニュース Googleニュース スマートニュース グノシー ニュースパス dメニューニュース Apple ポッドキャスト Amazon アレクサ Amazon Music spotify・ポッドキャスト