第二次世界大戦中、ソ連に供与されるアメリカのM4中戦車を運ぶ途中に、ドイツのUボートによって沈められた輸送船。海底の残骸から引き揚げられたM4中戦車が修復を終え、モスクワ郊外クビンカの愛国者公園で展示が始まりました。ソ連に供与された76mm砲装備のM4A2中戦車では、世界唯一の展示といいます。

 第二次世界大戦中のアメリカ戦車を代表する存在であるM4中戦車。アメリカだけでなく、イギリスをはじめとする連合国軍にも供給され、イギリスでの名称「シャーマン」は広く知られています。発足当時の陸上自衛隊にも「M4特車」としてM4A3E8が供与され、1972年まで運用されました。

 M4中戦車のうち、液冷ディーゼルエンジンを搭載した異色のモデルがM4A2。トラック用の直列6気筒エンジンを2基連結して搭載し、陸軍が燃料をガソリンに統一していたことから、アメリカでは海兵隊が運用したのみで、ほとんどがイギリスや自由フランス、ソ連など連合国軍へ供与されました。

 アメリカの資料によると、ソ連に対して75mm砲搭載型のM4A2が1990両、76mm砲搭載型のM4A2が2073両供与されています。とはいえ、そのうちの一部は積載する輸送船が撃沈され、ソ連軍の手元には届きませんでした。今回クビンカの愛国者公園で展示されることになった展示されたM4もそのうちの1両で、アメリカの輸送船トーマス・ドナルドソンに積載されていたものです。


 第二次世界大戦が大詰めを迎えつつある1945年3月20日、ソ連に向けてM4中戦車をはじめとする武器を載せた輸送船トーマス・ドナルドソンら「JW-65」と呼ばれる輸送船団が、北極圏のバレンツ海を航行していました。JWというのは輸送船団の航路をコード化したもので、イギリス、スコットランドのロック・ユー(Loch Ewe)からソ連のコラ・フィヨルド(コラ湾)に至るものです。

 船団はリバティ船(アメリカの戦時標準輸送船)のホラス・ブシュネルと、トーマス・ドナルドソン、そしてイギリスのブラックスワン級スループ、ラプウィングが護衛していました。コラ・フィヨルドの入り口でJW-65船団を発見したドイツのUボート、U-995(ハンス・ゲオルグ・ヘス艦長)とU-968(オットー・ヴェストファーレン艦長)は、船団に向け雷撃を敢行。3隻を撃沈しました。

 ドイツのUボートに沈められた輸送船トーマス・ドナルドソンが再び注目を集めたのは、2000年代に入ってのこと。ロシア北方艦隊の潜水訓練として、バレンツ海に沈むトーマス・ドナルドソンから積荷を引き上げることになったのです。

 2005年の海中調査で、トーマス・ドナルドソンの積荷がほぼ無傷であることを確認したロシア軍は、潜水艦救難訓練の一環として、積荷の引き上げを実施することを決定。2016年から2018年にかけ、水深53mの海底に沈むトーマス・ドナルドソンから、数両のM4A2が引き揚げられました。


 コラ・フィヨルドの奥にあるムルマンスク地域で陸揚げされたM4中戦車は、ロシア軍の施設に運び込まれました。製造銘板によると1944年にデトロイトで製造したことが分かり、錆を落とし、分解して修復・復元が行われました。


 丁寧な修復と再塗装が行われ、クビンカの愛国者公園に展示されたM4A2(76)W。とても70年以上も海底に沈んでいたとは思えない仕上がりです。ロシア軍の発表によると、M4A2(76)Wとしては現存唯一のものになるとのこと。


 もし足を運んだ際は、北極圏の海から引き上げられた戦車の復元ぶりを観察しておくといいかもしれません。

<出典・引用>
ロシア国防省 ニュースリリース
Image:ロシア国防省

(咲村珠樹)