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「取り急ぎ御礼まで」は失礼? 意外と分かりにくい「時間の敬意表現」

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 5月に入り、新社会人の皆さんも徐々にビジネスマナーを学びとっていることでしょう。新型コロナウイルス禍により、リモートやメールでのやりとりが増えている現在、ちょっと気になるマナーを耳にしました。それは「取り急ぎ御礼まで」という表現は失礼にあたる、というもの。はたしてそれは本当でしょうか?

 ネットでは既に様々な意見が述べられていますが、高校「国語科」教員免状を取得している筆者も少し考えてみました。

  • ■ 敬語の本質とは

     ビジネスで取引先と交流する際、基本的に相手を敬う敬語表現が使われます。あえて「ビジネス敬語」と呼ばれることもありますが、それほど特殊なものではなく、敬意を先方に感じてもらえる敬語表現であればOKです。

     敬語には大きく分けて「丁寧語」「尊敬語」「謙譲語」の3つがあります。丁寧語は文字通り丁寧な表現、尊敬語は相手を敬う表現、謙譲語は自分の地位を下げて相対的に相手を敬うという表現を指します。

     では「敬語とは何か」という本質的な部分は、どのように考えればいいのでしょうか。敬語とは、普段使わない「特別な言葉・表現」をすることで、相手に「あなたは特別です」ということを示すもの。つまり「言葉によるおもてなし」です。

    ■ 使いべりする「敬語」

     敬語の本質は、普段使わない特別な言葉・表現をすることで、相手をもてなす言葉。とすれば、何度も使っていくと、その言葉は「ありふれた表現」となり、特別なものではなくなってしまいます。これを国語学では「敬意低減の法則」と呼びます。

     例を挙げると、相手を呼ぶ際に使われる「あなた」という代名詞。時代劇などで使われているように、昔は「そなた」でした。場所の近さを示す「この・その・あの」で分かるように、自分から少しだけ離れた所にいる人、という意味で、これは「あなたを敬っているために近くまで寄れないのです」ということを表しています。

     しかし、何度も「そなた」を使っていると特別な表現ではなくなり、敬意が示せなくなります。そこで「そなた」よりも少し距離を離して「あなた」という表現が敬語に用いられるようになりました。今では「あなた」もだいぶ使い減りして敬意を感じられなくなってきているので、未来の敬語表現では、さらに遠い「かなた」が使われているかもしれません。

    ■ もうひとつの敬語表現「時間の優先」

     普段とは違う表現を使うことで「あなたは特別です」ともてなす敬語表現。使う言葉以外にも敬意を示す方法があります。それが「時間の優先」です。

     普段の生活でも、大切な人のためには優先順位を変えて、真っ先に対応することはありませんか?これも立派な敬意の表現。「ほかのことを後回しにしてでも、特別なあなたのために対処しています」という表現が、敬語にも存在します。

     これがイベントなどの出席者に対し、お礼のメールや手紙に添えられる「取り急ぎ御礼まで」という表現なのです。この表現には、

    「イベントが終わったばかりで、後片付けや事後の処理が山積しているのですが、大切なあなたのため、それらを後回しにしてでも、まずお礼を申し上げたいのです。バタバタしているので、まだ簡単なお礼しか言えませんが、後ほどゆっくりと丁寧なお礼を申し上げます」

     という言葉が隠されています。けしてぞんざいな表現ではなく、相手への対応を最優先していることを示す立派な敬語表現だといえるでしょう。

     マナー講師によっては、この「取り急ぎ御礼まで」という表現を「丁寧にお礼を述べなくてはいけないのに、ぞんざいな表現で済ましている」として、相手に失礼だとしているケースもあります。おそらくその方は、この「時間の優先」という敬意表現をご存知ないのかもしれません。

     もちろん、この言葉を使うためには、当日のできるだけ早い段階でお礼のメールや手紙を出さなければなりません。そして同時に、日を改めて丁寧なお礼をする機会を設けることも必要です。

     敬意の表現には、単なる敬語だけでなく、対応する順番という中にも存在していることが分かります。これは日本語というよりも、生活文化に根ざした「おもてなし」の精神と言えるのかもしれません。

    (咲村珠樹:国文学科卒/高校「国語科」教員免状取得)

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