おたくま経済新聞

ネットでの話題を中心に、商品レビューや独自コラム、取材記事など幅広く配信中!

これぞスーパーリアリズム ケント紙で作ったラジオが驚きの再現度

 美術の世界には、実物以上に対象を克明に描写する「スーパーリアリズム(超写実主義)」と呼ばれる表現手法がありますが、これはそんな立体作品といえるかもしれません。ケント紙を使い、ラジオを内部まで克明に表現した美術作品が制作記録も含めてTwitterに公開され、人々の驚きを呼んでいます。

  •  これを作ったのは、美術作家の小坂学さん。ケント紙を素材に、身の回りの様々なものをモチーフにした立体作品を作ってらっしゃいます。

    小坂学さんがケント紙で作ったデジタルカメラ(小坂学さん提供)

     その作風は、対象を細部に至るまでよく観察し、その形状や質感を克明に表現するというもの。彩色をせず、ケント紙の白い地肌のままとなっているため、モチーフの姿を客観的に際立たせ、どこか匿名的な観念性をも帯びています。

    小坂学さんの作品(小坂学さん提供)

     今回、小坂さんがモチーフに選んだのは、松下電器産業(現:パナソニック)が1980年代末に発売した小型ラジオ、RF-U35。中学生の頃怪我で入院した際、親御さんに買ってもらった思い出の品だそうで、現在も愛用されているとのこと。

    モチーフになった松下電器産業のラジオRF-U35(小坂学さん提供)

     作品制作に取り掛かります、と小坂さんがTwitterで告知したのは2021年3月4日のこと。ここから逐次、制作の進行状況が「制作記録」としてTwitterにアップされていきました。

     小坂さんの作品作りで重要なのが、モチーフの徹底的な観察。完成すれば見えなくなる基板の細部や、そこに取り付けられた部品までも正確に作り、配置していきます。

    モチーフを徹底的に観察する(小坂学さん提供)
    モチーフを徹底的に観察しケント紙に写しとる(小坂学さん提供)

     この観察作業、写真をもとにして作るのと違い「モチーフである実物が手元にあると観察する解像度がマックスになります」ということですが、逆に見えすぎてしまうのも良くないらしく「そこそこの解像度が実は一番心地いいんだと思います」と小坂さんはツイートしています。

    基板の裏側も写しとる(小坂学さん提供)
    基板裏側の配線を表現(小坂学さん提供)
    はんだの盛り上がりも表現(小坂学さん提供)

     細部まで際限なく見えてしまうことで、余計な情報や意識が生まれてしまい、それが結果として表現すべきモチーフ像を見失わせてしまう、ということでしょうか。文章を書く際、句読点の位置や言い回しに神経を使い過ぎ、逆に文章の読みやすさが失われてしまったり、論点が分かりにくくなったりするのに似ているかもしれません。

    部品の細部も表現(小坂学さん提供)
    モチーフの基板(小坂学さん提供)
    歯車もケント紙で(小坂学さん提供)
    植え込まれた部品(小坂学さん提供)
    完成した基板(小坂学さん提供)

     スピーカーも、コーン紙のマウント部分や背部の駆動部分、フレームまですべてケント紙で作っていきます。細かい部分は紙を糸のように細く切り出し、それを貼り重ねていくという地道な作業。

    スピーカーの前面(小坂学さん提供)
    スピーカーの背部(小坂学さん提供)

     基板や本体に記された文字も、全部ケント紙で作ります。文字のピッチを正確に写し取り、慎重に配置していきます。

    文字も切り出して貼り付ける(小坂学さん提供)
    文字のピッチも正確に(小坂学さん提供)
    出来上がり(小坂学さん提供)

     ストラップは、糸のように細く切り出したケント紙を編むような形で貼り重ね、質感を表現。本物と同じようなしなやかさが表現されています。

    ストラップ作り(小坂学さん提供)
    完成したストラップ(小坂学さん提供)

     また、スピーカーネットも細いケント紙を並べて織目を表現。ここは本体スピーカーグリルの裏側になってしまうところですが、実物にある以上は表現の対象となります。

    スピーカーネット作り(小坂学さん提供)
    1本ずつ貼っていく(小坂学さん提供)
    完成した本体カバー裏面(小坂学さん提供)

     目立たないような部分まで神経を使って作ることについて、小坂さんは「物事の全体を捉えるには必要な観察だと思っています」とツイート。“神は細部に宿る”という言葉もありますが、細かい部分もおろそかにしないことで、モチーフ全体を捉えて形にしていく、という姿勢がうかがえます。

     細かな部品やディティールまでも正確に表現し、ケント紙で立体化したラジオ。完成がTwitterで報告されたのは2021年5月24日のことでした。

    ケント紙で作られた小坂学さんの作品(小坂学さん提供)
    ケント紙で作られた小坂学さんの作品(小坂学さん提供)

     作品作りの過程を見守っていた人々からは「完成おめでとうございます」という祝福の言葉が贈られたほか、初めて見た人からは「ケント紙って…こんなに万能だったっけ…?」と、細部まで徹底的に表現された作品に驚きを隠せない、といった感想も。確かに、ぱっと見ただけでは紙でできているとは思わず、本物を白く塗ったようにも思えてしまいますね。

     小坂さんの作品はTwitterや展覧会で見られるほか、美術雑誌「美術の窓」2021年5月号で、山下裕二さんの連載「今月の隠し球」でも紹介されています。緻密に作り上げられたケント紙の作品に驚くとともに、本物を見ているだけでは気づかなかった点まで見えてくる……これぞスーパーリアリズム的作品の面白さだと思います。

    <記事化協力>
    小坂学さん(@coca1127)

    (咲村珠樹)

    あわせて読みたい関連記事
  • 見える見える……木目に現れた“ひろゆき”に本人も反応「気付いてしまいましたか」
    インターネット, おもしろ

    見える見える……木目に現れた“ひろゆき”に本人も反応「気付いてしまいましたか」

  • 「見ざる・言わざる・聞かざる」を物理的に再現!1人で3猿をこなせるマスク
    インターネット, おもしろ

    「見ざる・言わざる・聞かざる」を物理的に再現!1人で3猿をこなせるマスク

  • もしも「食べられるガラス」があったら? アクリル製のリアルな“試作品”
    インターネット, びっくり・驚き

    もしも「食べられるガラス」があったら? リアルな“試作品”を美大生が製作

  • 数式を組むとシーラカンスが浮かび上がる?実在しない「シーラ関数」が話題
    インターネット, おもしろ

    数式を組むとシーラカンスが浮かび上がる?実在しない「シーラ関数」が話題

  • わーおしゃれなTシャツ……かと思いきや?夫が繰り出した斜め上の愛情表現
    インターネット, おもしろ

    わーおしゃれなTシャツ……かと思いきや?夫が繰り出した斜め上の愛情表現

  • アスキーアートは手打ちで作れる!?まさかの方法で生み出される「モナー」
    インターネット, おもしろ

    アスキーアートは手打ちで作れる!?まさかの方法で生み出される「モナー」

  • ジュラシックなフタ押さえ!モササウルスが割り箸をくわえてカップ麺をガード
    インターネット, おもしろ

    ジュラシックなフタ押さえ!モササウルスが割り箸をくわえてカップ麺をガード

  • ももいろクローバーZが春分の日にラジオ特番を生放送 4人勢揃い
    エンタメ, 芸能人

    ももいろクローバーZが春分の日にラジオ特番を生放送 4人勢揃い

  • 傘立てから伸びる黒い手の正体は傘 「一瞬でどこにあるか分かる」
    インターネット, びっくり・驚き

    傘立てから伸びる黒い手の正体は傘 「一瞬でどこにあるか分かる」

  • 雪の上を歩いて描いた地上絵、現れたのは巨大な海の生き物たち
    インターネット, おもしろ

    雪の上を歩いて描いた地上絵、現れたのは巨大な海の生き物たち

  • おたくま編集部Editor

    記事一覧

    おたくま経済新聞・編集部による監修or執筆

    ▼こちらのライターの最新記事▼

  • 新作ゲーム「裏バイト:逃亡禁止 たつ子の謎」
    アニメ/マンガ, ニュース・話題

    「裏バイト:逃亡禁止」の恐怖をゲームで 小学館がマダミス「たつ子の謎」を11月配…

  • 新物板うに手巻きセット(5貫分)
    商品・物販, 経済

    くら寿司、旬の「新物うに」登場 板うに手巻きセットや北海たこうにも販売

  • 無印良品、大盛りカレーを拡充 和出汁仕立てと香味野菜デミグラス登場
    商品・物販, 経済

    無印良品、大盛りカレーを拡充 和出汁仕立てと香味野菜デミグラス登場

  • OpenAI、新動画生成モデル「Sora 2」発表 アプリで“カメオ出演”も可能に
    インターネット, サービス・テクノロジー

    OpenAI、新動画生成モデル「Sora 2」発表 アプリで“カメオ出演”も可能…

  • 将棋倶楽部24、2025年末でサービス終了 27年の歴史に幕
    ゲーム, ニュース・話題

    将棋倶楽部24、2025年末でサービス終了 27年の歴史に幕

  • 綾瀬はるか出演CMで新商品「ハピネスミスト」デビュー 洗えない布製品に5つ星ホテルの香り
    商品・物販, 経済

    綾瀬はるか出演CMで新商品「ハピネスミスト」デビュー 洗えない布製品に5つ星ホテ…

  • トピックス

    1. 「フツーの人」と「デブ」の食意識の違いをイラストで可視化 あなたはどっち?

      「フツーの人」と「デブ」の食意識の違いをイラストで可視化 あなたはどっち?

      「もしかして、フツーの人っておなか空いてる時以外おなか空いてないの?」そんな衝撃の(?)問いかけとと…
    2. コーヒーにごま油……!?かどや公式のちょい足しアレンジを試してみた

      コーヒーにごま油……!?かどや公式のちょい足しアレンジを試してみた

      10月1日は「コーヒーの日」。そんな記念日に合わせて、かどや製油公式Xが提案してきたのは……まさかの…
    3. 「えもじの子(仮)」

      LINEの人気キャラ「えもじの子(仮)」が有料で復活 一部未収録に完全復活を望む声も

      つぶらな瞳ととぼけた表情で人気を集めたLINE絵文字「えもじの子(仮)」の無料配布版が10月1日、有…

    編集部おすすめ

    1. フライドポテトで、白ごはんを食べる……?ドンキ新作が過去イチ理解できなかった件

      フライドポテトで、白ごはんを食べる……?ドンキ新作が過去イチ理解できなかった件

      「みんなの75点より、誰かの120点」を合言葉にドン・キホーテが展開している偏愛メシシリーズ。10月1日に「本当にこの組み合わせが好きな人が…
    2. 将棋倶楽部24、2025年末でサービス終了 27年の歴史に幕

      将棋倶楽部24、2025年末でサービス終了 27年の歴史に幕

      オンライン将棋対局サービス「将棋倶楽部24」が、2025年12月31日をもって終了することが発表された。運営する席主の久米宏氏が10月1日付…
    3. pium、“カスハラ声明”きっかけに炎上 接客批判受け謝罪と改善策

      pium、“カスハラ声明”きっかけに炎上 接客批判受け謝罪と改善策

      アパレルブランド「pium」が9月30日、店舗スタッフの接客に対する多数の指摘や批判を受け、公式Xにて謝罪文を公開しました。併せて再発防止策…
    4. 「ビー・バップ」クラファン始動、清水で“高校与太郎祭”実現へ 返礼に「鉄橋ダイブ」関連も

      「ビー・バップ」クラファン始動、清水で“高校与太郎祭”実現へ 返礼に「鉄橋ダイブ」関連も

      映画「ビー・バップ・ハイスクール」のロケ地として知られる静岡市清水区で、作品ゆかりの企画を集めた大型オフラインイベント「清水 ビー・バップ・…
    5. 第7回京都アニメーションファン感謝イベント『私たちは、いま!! ―京アニのセカイ展―』

      京都アニ「第7回ファン感謝イベント」追加情報を公開 新商品や書籍予約、グッズ二次予約も発表

      株式会社京都アニメーションは、10月25日・26日の2日間で開催予定の「第7回京都アニメーションファン感謝イベント『私たちは、いま!! ―京…
    Xバナー facebookバナー ネット詐欺特集バナー

    提携メディア

    Yahoo!JAPAN ミクシィ エキサイトニュース ニフティニュース infoseekニュース ライブドア LINEニュース ニコニコニュース Googleニュース スマートニュース グノシー ニュースパス dメニューニュース Apple ポッドキャスト Amazon アレクサ Amazon Music spotify・ポッドキャスト