おたくま経済新聞

ネットでの話題を中心に、商品レビューや独自コラム、取材記事など幅広く配信中!

版画の技法でレジンに描く繊細な図柄 智明葵さんの「凹版レジンアート」

 レジンアートというと、アクセサリーや小物など立体作品を思い浮かべる方が多いと思いますが、自在に形を変える素材だけに、あえて平面にして表現する手法も可能です。

 銅版画で使われる技法を応用し、平面にしたレジンに線画彩色を施すオリジナルの「凹版レジンアート」を手掛けるアーティスト、智明葵(ちあき)さん。その独特な技法や作品について、話をうかがいました。

  •  レジンに繊細な線画や重層的な彩色を施す「凹版レジンアート」。パーツを組み合わせることで、立体的な表現も可能となる、2次元と3次元を自在に行き来する独特な技法です。

    智明葵さんの凹版レジンアート作品「月明金鶏図」(智明葵さん提供)

     さぞかし試行錯誤されたのではないか、と思ったのですが、智明葵さんは「考案しようと思ったわけではありません」と語ります。「これまでの学校教育や日常生活で培った技術や知恵を応用し組み合わせたアイデアで、こうした工夫や発明を日常的にしていたため、自分の中ではごく当たり前にできたことでした」

     この技法が誕生するきっかけは、ご友人が参加した展覧会を見にギャラリーを訪れたこと。会場で交わした話の流れで、鳥をテーマにした企画展に声をかけてもらい、参加することになってしまったからだといいます。

     小さい頃からお絵描きや工作が好きで「器用な方ではありました」とのことですが、就職してからは作品作りをしていなかったのだそう。しかし、たまたま当時「数十年というブランクを経て、童心を取り戻したように様々なジャンルのもの作りに熱中していた時」だったことで、鳥をテーマにした作品作りに取り組むことに。

     しかし、鳥は好きで慣れ親しんだモチーフだから……と企画展への参加を決めたものの、どのような作品を作るべきか悩んでしまったという智明葵さん。考えた末、当時アクセサリーなどを作り始めて約3か月、というレジンを素材に羽をたくさん作り、それを鳥の形に配置した半立体の作品を作り上げました。

    最初の凹版レジンアート作品「風花鳥」(智明葵さん提供)

     2018年夏に開催された企画展に「風花鳥」のタイトルで出展されたその作品は独特な光を放ち、素材や技法についての質問が相次いだといいます。そこで初めて、これが既存のレジン作品とは趣を異にした、誰もやっていない変わった作り方のようだということに気づいたのだとか。

     以来、この技法を整理し洗練させて完成したのが「凹版レジンアート」。「凹版」と名前がついているのは、銅版画など凹版画で使われる技法で透明レジンに線画彩色を施すところからきています。

     銅版画では鉄筆で版を作成し、そこにインクをすり込んで紙を重ねて刷っていきますが、紙の代わりに薄くレジン液を流して硬化させることで、レジンに線画を写しとります。着色はレジンの層を重ねていく過程でパール顔料や金銀箔粉など、粉状の着色料を混ぜていくことで、重層的な色彩が独特の奥行きを与えていくのだそう。

    左が版で右が作品(智明葵さん提供)

     いわゆる「1枚絵」としての作品もありますが、この手法を用いて作られたパーツを貼り重ね、浮き彫りのような半立体作品を作ることも可能。手足や顔のディティールについては「液体のレジンを少量ずつ垂らしては硬化させることを繰り返し、肉付けしたり削ったりして形を整え、彩色してリアルに造形しています」と話してくれました。

    凹版レジンアートの羽根(智明葵さん提供)

     のちに平面作品に取り組むようになってからは、レジンと版に使用する素材との相性や版板の形状を探るのが大変だったとのこと。

     レジンは接着剤としても使われるため、硬化したレジンが版から取れなくなってしまったり、版の形状の関係でレジンが硬化する際の発熱や収縮で版が歪んでしまい、ダメになってしまうこともあったそうです。

     版がダメになってしまうと、もう一度作らざるを得なくなり「かなり心が折れます」という作業。平面作品を作ることを半ば諦めかけたこともあったといい、解決をみた今でも「成形の過程では気が抜けないことばかりです。意外かもしれませんが、平面作品の方がはるかに難易度が高いのです」と智明葵さん。

     半立体の白龍が、般若心経を記した円盤を守護するように巻きつく「白龍図」は、ウロコを1枚ずつ作って幾重にも貼り重ねた作品。実は円盤の方を歪まずきれいに造形するのが難しく、版を3度も彫り直したといいます。

    「白龍図」平面と半立体表現が共存(智明葵さん提供)

     幼少期より生き物全般が好きということもあり、作品のモチーフは現存する生き物や想像上の生き物がほとんど。半立体作品は鳥や魚、龍が多いのですが、それは「羽やウロコ、ヒレなどのパーツにオリジナルの技法を最大限利かすことができ、重なったパーツも見応えがある」という理由からなんだとか。

     確かに、厚く重ねられたレジンパーツの立体感もさることながら、近寄ってみればパーツの細かな描写を確認できるため、凹版レジンアートという技法の特色を堪能するのにふさわしいモチーフなのかもしれません。

     厚みと迫力を感じさせる半立体作品に対し、平面作品では菩提樹の葉脈をクローズアップした「菩提樹の木の下で」など、繊細な描写に目を奪われます。細部まで描き込んでいくのは大変そうですが、ご本人は「それが楽しかったりもします」と話します。

    平面作品「菩提樹の木の下で」(智明葵さん提供)

     パーツを重層的に貼り重ねた半立体作品をさらに進め、完全な立体作品として初めて作られたのが「空樂鸞」。中国の伝説に登場する霊鳥、鸞(らん)をモチーフにした色鮮やかな作品です。

    初の完全立体作品「空樂鸞」(智明葵さん提供)

     作品について「人間のような俗物的な感情に支配されない純粋さや、必ずしも完璧ではないがゆえの美しさといった、生のたたずまいを表現できれば」と語る智明葵さん。今後は2作目の完全立体作品や、平面作品では哺乳類や恐竜など、新たなモチーフにも挑戦したいと語ってくれました。

    期間限定で販売される小作品(智明葵さん提供)

     作品を間近に見ることができる展覧会については、12月に個展が予定されているそうです。また夏と秋にも参加予定の企画展があるとのことで、各種SNSでの告知をチェックしておくと良いかもしれません。このほかにも、毎月小作品を期間限定で通販もされているので、興味を持たれた方はTwitterなどSNSのフォローをしておくのがお勧めです。

    <記事化協力>
    智明葵さん(Twitter:@chiakiartstory/Instagram:chiakiartstory)

    (咲村珠樹)

    あわせて読みたい関連記事
  • 見える見える……木目に現れた“ひろゆき”に本人も反応「気付いてしまいましたか」
    インターネット, おもしろ

    見える見える……木目に現れた“ひろゆき”に本人も反応「気付いてしまいましたか」

  • 「見ざる・言わざる・聞かざる」を物理的に再現!1人で3猿をこなせるマスク
    インターネット, おもしろ

    「見ざる・言わざる・聞かざる」を物理的に再現!1人で3猿をこなせるマスク

  • もしも「食べられるガラス」があったら? アクリル製のリアルな“試作品”
    インターネット, びっくり・驚き

    もしも「食べられるガラス」があったら? リアルな“試作品”を美大生が製作

  • 数式を組むとシーラカンスが浮かび上がる?実在しない「シーラ関数」が話題
    インターネット, おもしろ

    数式を組むとシーラカンスが浮かび上がる?実在しない「シーラ関数」が話題

  • わーおしゃれなTシャツ……かと思いきや?夫が繰り出した斜め上の愛情表現
    インターネット, おもしろ

    わーおしゃれなTシャツ……かと思いきや?夫が繰り出した斜め上の愛情表現

  • アスキーアートは手打ちで作れる!?まさかの方法で生み出される「モナー」
    インターネット, おもしろ

    アスキーアートは手打ちで作れる!?まさかの方法で生み出される「モナー」

  • ジュラシックなフタ押さえ!モササウルスが割り箸をくわえてカップ麺をガード
    インターネット, おもしろ

    ジュラシックなフタ押さえ!モササウルスが割り箸をくわえてカップ麺をガード

  • 傘立てから伸びる黒い手の正体は傘 「一瞬でどこにあるか分かる」
    インターネット, びっくり・驚き

    傘立てから伸びる黒い手の正体は傘 「一瞬でどこにあるか分かる」

  • 雪の上を歩いて描いた地上絵、現れたのは巨大な海の生き物たち
    インターネット, おもしろ

    雪の上を歩いて描いた地上絵、現れたのは巨大な海の生き物たち

  • とても美味しそうなのに……石ころ!?イラストレーターが生み出した執念の焼き鮭
    インターネット, おもしろ

    とても美味しそうなのに……石ころ!イラストレーターが生み出した執念の焼き鮭

  • おたくま編集部Editor

    記事一覧

    おたくま経済新聞・編集部による監修or執筆

    ▼こちらのライターの最新記事▼

  • Web展示「違いを知ることからはじめよう展」
    社会, 経済

    生理やPMSテーマのWeb展示、ツムラが公開 約5000人来場の企画展を再構成

  • 京都アニメーションをかたる偽サイト複数確認 公式が注意喚起
    アニメ/マンガ, ニュース・話題

    京都アニメーションをかたる偽サイト複数確認 公式が注意喚起

  • 博多座、高額転売者の情報開示手続きへ 「看過できない」と強い姿勢
    エンタメ, 舞台

    博多座、高額転売者の情報開示手続きへ 「看過できない」と強い姿勢

  • 雨や洪水の警報が変わる 新・防災気象情報、警戒レベル表示で行動判断しやすく
    社会, 経済

    雨や洪水の警報が変わる 新・防災気象情報、警戒レベル表示で行動判断しやすく

  • 声優とAIの共存を模索 81プロデュースとイレブンラボが業務提携、オリジナルの声を守り多言語展開へ
    アニメ/マンガ, 声優

    声優とAIの共存を模索 81プロデュースとイレブンラボが業務提携、オリジナルの声…

  • Google、ダークウェブレポートを終了 実用的な対処支援へ重点移行
    インターネット, サービス・テクノロジー

    Google、ダークウェブレポートを終了 実用的な対処支援へ重点移行

  • トピックス

    1. 「LINEグループ作成」を要求する詐欺メールに注意 海外のサイバー監視が日本向け攻撃を警告

      「LINEグループ作成」を要求する詐欺メールに注意 海外のサイバー監視が日本向け攻撃を警告

      海外のサイバー脅威情報を発信する「Hackmanac」が12月19日、日本国内の複数の組織を標的とし…
    2. 電話対応の様子(NORAD Tracks Santa Newsroom)

      NORAD、サンタ追跡作戦に万全の体制 即時追跡方針を強調

      米国防総省は、北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)による重要ミッション「サンタ追跡作戦」を、2025…
    3. Google、ダークウェブレポートを終了 実用的な対処支援へ重点移行

      Google、ダークウェブレポートを終了 実用的な対処支援へ重点移行

      Googleは12月16日、個人情報がダークウェブ上に流出していないかを確認できる「ダークウェブ レ…

    編集部おすすめ

    1. 「漆黒の指輪」は実在したものの……サン宝石、カプセルトイ「中二病が疼くリング」の“誇大表現”を謝罪

      「漆黒の指輪」は実在したものの……サン宝石、カプセルトイ「中二病が疼くリング」の“誇大表現”を謝罪

      アクセサリーや雑貨の販売で知られる「サン宝石」は12月16日、同社が展開するカプセルトイ「中二病が疼くリング」について、公式サイトおよびSN…
    2. 雨や洪水の警報が変わる 新・防災気象情報、警戒レベル表示で行動判断しやすく

      雨や洪水の警報が変わる 新・防災気象情報、警戒レベル表示で行動判断しやすく

      国土交通省と気象庁は12月16日、雨や洪水などの危険を伝える「防災気象情報」について、2026年(令和8年)の大雨シーズンから新たな運用を始…
    3. コミケの名物現象がまさかのグッズ化 「食べられるコミケ雲(わたあめ)」爆誕

      コミケの名物現象がまさかのグッズ化 「食べられるコミケ雲(わたあめ)」爆誕

      夏コミ名物、会場の熱気と参加者の汗が昇華して天井付近に発生するという伝説の現象「コミケ雲」。まさかそれを口にできる日が来るとは、誰が想像した…
    4. Reactに「CVSS 10.0(最高)」の脆弱性 IPAが注意喚起

      Reactに「CVSS 10.0(最高)」の脆弱性 IPAが注意喚起

      情報処理推進機構(IPA)は12月10日、多くのウェブサービスで使われている開発技術に重大な問題が見つかり、国内でも悪用したとみられる攻撃が…
    5. ライバー事務所4社に公取委が注意 「移籍しづらい」契約に懸念

      ライバー事務所4社に公取委が注意 「移籍しづらい」契約に懸念

      ライブ配信アプリ「Pococha(ポコチャ)」で活動するライバーをサポートしている事務所4社が、所属ライバーの“退所後の活動”を不当にしばっ…
    Xバナー facebookバナー ネット詐欺特集バナー

    提携メディア

    Yahoo!JAPAN ミクシィ エキサイトニュース ニフティニュース infoseekニュース ライブドア LINEニュース ニコニコニュース Googleニュース スマートニュース グノシー ニュースパス dメニューニュース Apple ポッドキャスト Amazon アレクサ Amazon Music spotify・ポッドキャスト