伊藤俊亮というバスケットボール選手をご存知でしょうか。

“イートン”というニックネームで、日本代表として世界選手権にも出場し、日本バスケットボール界を長く牽引されたスタープレイヤー。2018年シーズンをもって選手を引退し、そのまま選手生活で最後に過ごしたチームである、プロバスケットボールチームBリーグ千葉ジェッツの運営会社「株式会社千葉ジェッツふなばし」のフロント入りをしたものの、一身上の都合により2019年7月に退職。バスケットボール界の表舞台からは姿を消しました。

それから約1年たった2020年8月。イートンさんのツイートがちょっとした話題となりました。

「#彼氏と彼女の身長差は13cmがベスト  求む:191cmまたは217cmの女性」

投稿はTwitterで当時流行っていたハッシュタグ「#彼氏と彼女の身長差は13cmがベスト」にのったものでしたが、あまりの高身長の希望にナニ!?となる人が続出。

イートンさんは身長2mを超える“ビッグマン”。現役時代はその長身を武器に活躍されたわけですが、それを逆手にとってネタにしてしまう文字通りの懐の深さには、私を含めた多くの方が反応しました。ちなみにイートンさんはバツイチ独身。もし本当に191cm~217cmの女性が現れたら……。正真正銘ビッグカップルの誕生になりそうです。

実はとあることがきっかけで、イートンさんと交流があった筆者。面白かったので記事で紹介できないかと思い連絡。色々と話をしている中で、折角なので引退後の現在の状況も記事にしようという話になりました。

そこで本稿ではジェッツを退職してからの1年間や、スポーツ選手向けのSNS講師としても活動するイートン流SNS運用術などなど、現在・過去・未来についてイートンが大いに語ってくれました。

■ 今の自分は“父親イートン”

――今回はよろしくお願いします。しかし知り合ってから1年経って、まさかイートンさんに取材してくれって言うことになるとは(笑)

(イートンさん)
ホントですね(笑)こちらこそよろしくお願いします。

――ではまず自己紹介をお願いします。

(イートンさん)
元プロバスケットボール選手です。でも今はバスケットボールから離れているから……何かな(笑)

――某サッカー選手は“旅人”って評してますね。

(イートンさん)
旅人は違うかなあ(笑)まあ“父親”ですかね。

――では本題に。今はどういったことをされているんですか?

(イートンさん)
今は家業の不動産屋を継いでその経営をメインにしつつ、バスケット関係はいただいた仕事をこなしている感じです。この前はBリーグの新人研修にも講師役として出席したんですよ。

――それ見ました!スーツ姿でビシッて決めていらっしゃってすごくオーラがありました。選手の方も「これはちゃんと聞かないとアカン」って背筋ピシッとなったんじゃないですか?

(イートンさん)
あの服装って指定だったんですよ。オンラインだからポロシャツでもいいんじゃ?と思ったんですけどね。まあでも形から入ることも大事(笑)

――確かに(笑)これはちょっと答えにくいかもですが、バスケの世界から離れたのは家業を継ぐのを優先したため?

(イートンさん)
両方かな。実は元々千葉ジェッツに入団したときは、選手としてはキャリア的に終盤の時期に入ってるのもあって、将来的にフロントに入りたいとは入団前から伝えていたんです。バスケの選手たちって、引退しても“現場”から離れずにコーチとかやっている人が多くて。そんな中で、「逆にフロントに入るケースっていうのもあってもいいかも?」とバスケ界全体を見回したときに思ったんです。残念ながら1年で退職しちゃいましたが……

――とはいえ、家業も言うなれば経営者。そう意味ではバスケの世界からは距離は置きましたが、引き続き経営の経験は積まれているのでは?

(イートンさん)
そこはそうですね。今は経営者としての経験を積んでいる感じです。

■ 世間にバスケはまだまだ浸透できていない

――今はバスケがメインじゃない生活をされておられます。Twitter的にいうと“中の人”ではない“元中の人”かな?(笑)1年経って離れたからこその発見や気づきがあったんじゃないですか。

(イートンさん)
そうですねえ。1回離れてみると、ずっと傍にあったリーグの年間スケジュールがだいぶ遠いところに行ったって感じかな。
カレンダー通りに生活すると、リーグ(バスケットボール)に触れる機会がスゴイ減るんですよ。そういうところで、まだまだバスケって世間に浸透していないんだなって感じます。

実は選手の頃にも「スポーツから一番遠い人を会場にどう連れてくるか」ということを目指してたんです。その作業がまだまだ出来てないなっていうのが離れて一番感じる。今でも考えているんですけど、実はその中で活用しているのがSNSなんですよ。

――確かにイートンさんはSNS使い慣れているなあって思いますね。今回きっかけになったツイートもだし、この前の“汗だく自画撮り“ツイートも(笑)嘘くさい感じがなくて、ごく自然なセルフプロデュースがすっごい上手いなあって感じますよ。

(イートンさん)
よく言いますわ(笑)てか向山さんもだったじゃないですか(笑)というか、この話は突き詰めるとお互い凄いことになりません?(笑)

――まあね(笑)でもやっぱ個人の強みは羨ましいですよ。

(イートンさん)
自分の場合はサイズもあるし、あとは何が出来るかっていうことも事前に分析していたのが良かったかな。ちょっとおじさん・おばさんチックなツイートをしてみたり、リプ(返信)が来たら基本的に返すんですけど、そこでも「あの人ならこう返すかな?」って前もって予測しておくのも大事。その辺の“初期設定”が上手くいっているのも大きいですね。

――Twitter上では“伊藤俊亮”ってキャラを作っている部分もある?

(イートンさん)
そこは結構ありますよ。

■ SNSには新たな可能性がある

――それにしてもイートンさんはTwitterで出来た繋がりを上手く活用しているなって感じます。

(イートンさん)
ミニ四駆※なんかはそうでしたね。あれがきっかけで、お知り合いになった方が実際にBリーグを見に行ったということもあって。ああいうのを見ると、“ミニ四駆”って中心軸からそのように(実際に観戦する)派生しているわけで、バスケやBリーグもそうした機軸になって何かしら実現することが出来たらなって思いますね。

※企業Twitter運営者などが集まって行われたミニ四駆イベント。

――自分もそれがきっかけで、実際に見に行かせていただきました!行った側の意見としては、本物のプロバスケットボール選手と直接関われる機会ってそうないし、実際に試合を見てみたい!って気持ちになるんですよ。

(イートンさん)
あれは正直レアケースかなとも思うんですけど、元々興味がなかった人が実際に会場まで行くっていうプロセスがすごく大事。

――自分はバスケに関しては、イートンさん的に言うと“遠い人”だったんですが、こうして観戦したわけで“成功例”になりました。

(イートンさん)
でもそういうのをもっと体系化したいというのもあるんですよ。まだこれだと一過性に過ぎないです。

――これも“インフルエンサーイートン”の戦略通り?って戦略っていうとなんか堅苦しいか。自然に出来ていますよね。

(イートンさん)
ハハハ(笑)

自分的にはいつもアンテナを張っていて、興味があるものはとりあえず手に取ってみて、その中で自分はこういうことが出来るというのをイメージしながら、同時に相手はどうするかってのも考えててね。

――すごい!その道のパイオニアになれるんじゃないですか?

(イートンさん)
実は去年の今頃だったかな?Vリーグ※のSNS講師として話をさせてもらったことがあったんですよ。

そこで感じたのは、チーム側の考えと選手側の考えに若干のズレがあるなと。チーム的には選手って大人しいから、もっとワーッとしてほしいっていう気持ちがある。でもそれだけじゃダメな部分があって。そこは向山さんも担当してた頃に感じられてたと思いますけど。

※Vリーグとは日本におけるバレーボールのプロリーグのこと。

――うん、そこはね。

(イートンさん)
なのでそこはそうじゃないと伝えましたね。やっぱり向き不向きってある。

■ 選手がやれることってまだまだいっぱいある

――最近は日本でもスポーツマネジメントも発達してきていますが、ただ選手って言ってしまえば個人事業主。もちろん所属チームにおける制約もあるけど、これからは選手から発信していく必要があるのでは?イートンさんは現役を退いて、なおかつ今はちょっとバスケの世界から距離置いているから出来るかもしれませんが、それでも現役選手がもう少し踏み込んでやってもいいかもしれませんね。

(イートンさん)
確かにコントロールは難しい。

ただ現役でも、そういったスポンサー面にもフォローをしているってことが見て取れるなら大丈夫かなと思うんです。何も考え無しにやるのはダメだけど、「気を使ってますよ」というのが分かればそれでいい。上手にやる必要はないかなって思ってます。

――最近は日本の選手でも個人としてクローズアップされる方が増えてきました。バスケットボール界は伊藤俊亮が先陣を切る?

(イートンさん)
現役なら良かったんだけど(笑)

まあでも難しいところもあるんですけど、今の“コロナ禍”でリモートや無観客開催が余儀なくされていて、Bリーグだとそもそも試合が開催できるのか?という問題もあって、現場はかなり危機感を持っています。

そんな中で、選手も今までゲームに出れるだけっていうのじゃもうダメだよねと。“試合”という、本来お客さんに提供していたサービスが提供できないときにどうするか。何らかの形で選手主体で発信していくことも重要で、そうした中でSNSって立ち位置も変わってくると考えてますね。

――今回は色々とイレギュラーな部分も多いですが、スポーツ選手の場合ですと、中断期間中にトレーニング動画を配信されている方が多く見受けられました。これは自分達の特徴を分析して、その中で一番ニーズがあるものということで選んだのかなという感じています。

(イートンさん)
バスケット界の場合だと、「本当に必要な情報発信ってなんでしたっけ?」って問題提起がされたかなって思ってるんです。他のスポーツを見渡しながら感じるんですが、バスケで出遅れているのって映像かなって。

――映像?

(イートンさん)
今ってリモートとかストリーミングでの“観戦”を余儀なくされてるじゃないですか?バスケってそこが出遅れているかなって思ってて。

例えば野球だと、球場の試合観戦中にちょっと席を離れても、休憩所でビールを飲みながら映像で試合観戦が出来る光景があるじゃないですか?あれすごく良いなって思うんですよね。あれの背景って試合中って選手たちのプレー映像もそうなんですけど、合間合間に観客の様子を差し込む映像が入ってて、そういうインターフェイス(接点)の文化が、野球やサッカーは出来上がっているんじゃないかなと。

反面、バスケはまだ選手たちの試合風景って“定点”がメインで、それ以外の魅力的な絵が出せてないかなって感じるんです。徐々に試合中にもコートサイドの風景を挟んだりはしてるんですけどね。なので、このコロナ禍でそこが改善してくれたら。予算上の問題とかもありますけど、試合会場でって言える状況じゃないし。

 ――って考えたら、先日話題になってたソフトバンクホークスがイニング交代中にペッパーくんたちが若鷹軍団を歌ってる様子を納めた動画投稿は“上手”でした。

 (イートンさん)
 あれはホント上手かったですよね!

 ――こういうご時勢でもできることもあると。

 (イートンさん)
 そうそう。

■ 子供たちはすごい頑張ってくれている

 ――話は変わるんですけど、イートンさんのTwitterってお子さんの登場頻度が多いですよね。

 (イートンさん)
 チームから離れたから必然的に頻度が高くなってるのかも?

 実は僕のフォロワーの方って、同世代のいわゆる“子育て世代”が多いって分析してるんです。なので今意識してることのひとつが、子育てパパとして感じることを発信しようとしています。

 ――これは個人的な印象も入ってますけど、スポーツ選手ってプライベートなことってあまり話したくない人が多い気がするんですが、イートンさんって結構話されてますよね。

 (イートンさん)
 フィルターはかけていますけどね(笑)子供をガッツリ写して「僕の子です!」ってツイートはしてないし。

 ――ちょうど7月最終日だったかな?「7月よく我慢してくれたな子供たちよ」ってツイートがあったじゃないですか?あれすごくいいなって思いました。イートンさんの同世代のフォロワーさんも「ああ、こういう言い方があるんだな」って共感された方多いと思うんですよ。

 (イートンさん)
 子供関連の話は、親目線での気づきや、面白いと思ったことを上手く発信出来ればなって考えで発信しているんです。実際コロナで色々無くなっちゃったんで、子どもたちにはすごく我慢させてるなって思ってて。修学旅行が無くなったときも泣いてたし……。色々投げだしたいこともあるはずなんですけど、日常に戻るって信じて日々の生活や宿題も一生懸命頑張ってるんですよ。

 ただやっぱり子供は脆いんで、何がきっかけで崩れるか分からない。だから「これだけ我慢したか」じゃなくて、「新しい楽しみ方をこれだけ増やせたか」ってイメージであのツイートをしたんですよ。なのでそういう風に言っていただけるのは嬉しいです(笑)

 ――自分はよくTwitterを分析してるんですが、イートンさんのTwitterって画像が多いんですけど、ただお子さんに関しては言葉で表現している傾向があるかなと。実際感じたことを書かれてるからだとは思うんですが、Twitterってどうしても画像や動画を上手く活用する中で、ああいった伝え方はスポーツ選手の視点でもヒントになるんじゃないかなと。

 (イートンさん)
 選手のキャラクターって2つあると思ってて、ひとつがゲームのパラメータで表示されるような純粋な能力としてのキャラクター。もうひとつが選手個人が持ってる人生やストーリーというキャラクター。この両方を理解してもらえないと真に応援してもらえないかなと感じてて。それでいて後者の場合は、内面的な話なんでビジュアルは必要ないんですよね。

 ――やっぱりイートンさんTwitter使うの上手いなあ(笑)自分もやってましたけど、それはあくまで企業って後ろ盾があった1プレイヤーであって、イートンさんの場合は「伊藤俊亮」って人間をいかにプロデュースしながら、幅広く活動されてるんでそれが本来のSNSのあるべき姿なんかなと。

 (イートンさん)
 よく言いますわ(笑)まあでも今までのTwitterってどちらかというと発信型の広報的要素が強かったんですけど、これから誰にどう発信するかいうマーケティング要素の方が強くなるんじゃないかな。

 ――コミュニケーションツールであることは変わらないですけど、そこに「ビジネス」ってワードは追加せざるを得ない時代にもなりそうですしね。

 (イートンさん)
 そこは意識しておきたいですね。

■ いずれは表舞台へ

 ――ではそろそろ時間なのでこれが最後に。今後本格的に復帰されるとは思っていますが、今のバスケット界やスポーツ界に対する率直な思いを。

 (イートンさん)
 現在は経営者として勉強中ですが、いつかまた戻る気持ちは強いです。あと今はパフォーマーとして自分が伝えていく場も用意していただいてて、それがご好評いただいているところもあります。そういったことも伝えていくべきことかなとも感じるんで、整理しつつそうした機会も増やしていけば。スポーツビジネスの世界にもう1度に戻る際に、それが自分の引き出しとして増やしていけたらなって考えています。

 こうしたご時世ですけど、スポーツが出来ることってたくさんあって「色んな人の人生を伝えていく」というのが醍醐味でもあるんで、スポーツが繋げることってのをスポーツ界全体で考えていってほしいですし、自分も出来ることならお手伝いできれば。

 ――まだ具体的な話はないんです?

 (イートンさん)
 それがないんですよ。なので、ご興味のある方はこちらへ……(連絡先を伝えるようなジェスチャー)

 ――ブッ。(爆笑)今はかっこよくいえばチャージ中ですかね?

 (イートンさん)
 めっちゃ良い言い方(笑)

 ――なら「伊藤俊亮ただいま充電中」かな?(笑)充電完了したときを楽しみにしてますね!今日はどうもありがとうございました。

 (イートンさん)
 いやいやこちらこそ!

 というわけで、約1時間に渡りイートンさんに大いに語っていただきました。実をいうとこれだけ2人でじっくり話したことはなかったのですが、今回話していくうちになぜ伊藤俊亮という人間が多くの方を魅了するのかが分かったひと時でした。

 諸事情あって現在はチャージ中ではありますが、近い将来バスケット界がこの男を必要する日はそう遠くないでしょう。1ファンとして楽しみにしたいと思います。サンキューイートン!

<取材協力>
伊藤俊亮さん(@e_ton34)

(向山純平)