2022年に始まる新しいエアレース世界選手権「ジ・エアレース・ワールドチャンピオンシップ」に参戦する室屋義秀選手。拠点である福島県ふくしまスカイパークで、LEXUSをパートナーとした「LEXUS/PATHFINDER AIR RACING」チームとしての参戦会見を行いました。あわせて独占インタビューもお届けします。
■ チーム名称は「LEXUS/PATHFINDER AIR RACING」
会見には「ジ・エアレース・ワールドチャンピオンシップ」の最高クラスELITE XR/1に参戦する室屋選手とともに、LEXUS Internationalのプレジデント/チーフブランディング・オフィサーの佐藤恒治氏が出席。2人は室屋選手との技術交流で誕生したLEXUS LC500の限定モデル「AVIATION」に乗って登場しました。
チーム名称は「LEXUS/PATHFINDER AIR RACING」。参戦時の名称は「LEXUS AIR RACING」となり、LEXUSは冠スポンサーというわけではなく、より深い技術的なパートナーシップに基づき、レース機の開発・改修とチーム運営を行う「ワークス」体制。これに室屋選手のプライベートスポンサーとして、時計メーカーのブライトリングがサポートします。
また、新たなカラーリングをまとったレース機、エッジ540V3もお披露目されました。シルバーの胴体上面と、主翼上面、機首から胴体下面へと流れる濃い藍色は「勝色」と呼ばれるもの。武士が戦の勝利を願う縁起色とした歴史があります。
■ LEXUSとのパートナーシップ
室屋選手とLEXUSとのパートナーシップは、2016年から始まっています。室屋選手とLEXUSのエンジニアとは技術交流会を重ね、それぞれの有する知見を持ち寄り、レース機や車の開発に反映させてきました。
その成果の具体例として、室屋選手はレース機の主翼端に装備したウイングレット(翼端に生じる抗力を減少させ、旋回時の速度低下を防ぐパーツ)を挙げました。また、このウイングレット開発での知見を車に活用したのが、LEXUS LC500「AVIATION」のリヤウイング形状(車両側面の気流を制御し、直進安定性や操縦性を向上させる)だといいます。
LEXUSが畑違いとも思えるエアレースに進出する意義について、佐藤プレジデントは飛行機と車は空力性能の向上が重要という共通点があり、たとえば世界中のLEXUS車の空気抵抗(Cd値)が0.1下がったとしたら、年間2万7000トンものCO2削減になると指摘。エクストリームなエアレースで得られる知見は、必ず車の開発に役立つと語りました。
また、スポンサーではなくパートナーとして参戦するという点については、トヨタの豊田章男社長は資金的な協力だけをするのは良しとしない、と佐藤プレジデント。「ともに何かを目指せるのか」ということを大事にしているので、LEXUSとして室屋選手と協力し、エアレースに参戦するのだと語っています。
■ チーム体制について
チームは、レッドブル・エアレースの頃から室屋選手のチームで活躍しているベンジャミン・フリーラブ氏がチーフエンジニアとして参加。これとともに、LEXUSからテクニカルコーディネータとして中江雄亮氏が参加し、開発面をサポートします。チーム運営をサポートする人材も、LEXUSから参加させるとのこと。
LEXUSと共同で参戦するということで、LEXUSのレース用風洞試験設備もレース機の開発・改修に使用できるといいます。これは、ほかのエアレースチームにはないアドバンテージとなります。
■ 「ジ・エアレース・ワールドチャンピオンシップ」代表からのビデオメッセージ
会見には、エアレース世界選手権「ジ・エアレース・ワールドチャンピオンシップ」のウィリー・クルークシャンク代表(元レッドブル・エアレースのスポーティング・ディレクター/元イギリス空軍ジャギュアのパイロット)がビデオメッセージも寄せています。
ビデオメッセージで、クルークシャンク代表は「正式なレースカレンダーは2022年初めに発表しますが、来年はギリシャ、ポルトガル、イギリス、ロシア、インドネシア、エジプト、そして中東の都市などでレースを開催する予定です。開幕戦は5月、そして12月に最終戦を迎えます」とコメント。最初のシーズンで日本開催がないのは残念ですが、日本でのレース開催に向け、全力で取り組んでいることも明らかにしました。
エアレース世界選手権「ジ・エアレース・ワールドチャンピオンシップ」は、環境面や航空における未来を切り開くことも目的に掲げています。レースで使用する燃料は、排出するCO2が差し引きゼロになるSAF(持続可能な航空燃料)を2023年までに導入。電化も並行して進め、最終的には2027年ごろまでにeVTOL(電動垂直離着陸機)への移行を目指すとしています。
2022年のシーズン開幕に向け、参戦体制が明らかになった室屋義秀選手。初代王者に向けての歩みが始まります。
■ 室屋義秀選手独占インタビュー
――参戦体制も発表され、いよいよ具体的な動きが始まったという感じですが、今のお気持ちは
「2019年にレッドブル・エアレースが終了しましたが、オフの期間も開発をずっとしてきましたし、トレーニングもフライトも続けてきたので、あんまり違和感はない感じです。コンディションは整っているんですけども、体制としては大きく変わってくるということで、プライベーターのチームからワークスチームになるような体制変更になるので、一段、二段強いチームづくりができてくると思います」
――レッドブル・エアレースを継承するとはいえ、新しい体制になったことで「ジ・エアレース・ワールドチャンピオンシップ」のレギュレーションというものは、多少は情報が入ってきているんでしょうか?
「最終的なレギュレーションの公式発表はまだ待つところなんですけど、基本的なルールは同じということで、使うパイロンですとか、トラックのレイアウトは基本的にレッドブル・エアレースと同じということになりそうです。その中で、レースフォーマットは多少変更になりそうなんですが、我々としてはフォーマットが変わっても勝てばいいので、あまり影響はないかな、というところです」
――記者会見の中で、エンジンカウリングの冷却空気取り入れ口を改良中だ、というお話がありましたが、それは2019年の最終戦(千葉大会)前のインタビューでお話しされていた、取り入れ口の口径を絞ろうか……という考えの延長線上にある、と考えていいのでしょうか?
「そうですね。2019年の最終戦、千葉に投入しようと作業していて、結果投入せずに終わったんですけども、あれが結果として冷却性能が向上しなかったというのがあって。その辺の研究がずっと続いていて、その最終形が今製作中なので、11月にはテストで実証するのかな、という段階にはきてますね」
――この辺りは、空気を多く取り込もうとしても抗力が大きくなってしまうし、外形の表面抗力もあるしでバランスが難しいところですね
「実際のところ、エンジンの冷却にともなう抵抗……クーリング・ドラッグ(冷却抗力)っていうんですけど、結構大きな抵抗なので。そこを低減していくっていうのが、大きな差を生むことは分かっています。ここの部分については、順々に(形状が)変わっていく、ということになるかもしれませんね」
――LEXUSのレース用風洞試験設備を使える、というのは、非常に大きなアドバンテージだと思うんですが、このメリットについては、どう考えていらっしゃいますか?
「風洞施設はなかなか使えないので……費用的なものも含めてですが、そうそう使えるものではないので、そこを使えるというのは非常に大きいと思いますね。今までは、コンピュータ上で空力的な解析やシミュレーションをした上で実物を作って、フライトテストして結果を見る、というのが基本的な流れだったんですが、風洞でできるとなると結構微少な変更もテストできる、というのと、風洞の方が正確な数値が取れることがあると思うので。研究はもうちょっと、一段早く進むと思いますね」
――また、LEXUSの佐藤プレジデントが「室屋選手の全身にセンサーをつけて、操縦時にどのような状況になっているのかデータを取得したい」というお話がありました。これについて、室屋選手はどのようなメリットがあると考えていらっしゃいますか?
「操縦方法やトレーニングというものは、ルーティンとしてある程度出来上がっているので、あまり変えないとは思うんですが、もう少し楽に飛べる……というかね。体の保持であったり、同じ筋力を使うにしても、力を出しやすい姿勢であったり、そういったところで、操縦を少し楽にしていくということが、結果として脳の余裕につながってくるので。そうするとパフォーマンスも上がってくるので、その辺を数パーセント改良できると、結構大きく結果が変わってくるかな、と。実際レースシーンでは、ペナルティになって出てきたりすると思うんですけど、その確率がグッと減ってくると思うんです」
――データをもとに、コックピットのシートも、より能力を発揮しやすい形状に手直しすることもできますね
「そうですね。その研究は実際もうやっていて、シートはもちろんワンオフのものが作ってあるんですけども、やっぱり車の方がいろんな知見があって、進んでると思うんですけど、その辺を入れていくと、体の保持ももう少し楽になりそうな感じで今やっています。それも11月ごろには結果が見えてくると思います」
――それでは、あらためて「2022年5月」とアナウンスされたエアレース開幕戦に向けての意気込みを
「今でも、もう開幕戦に向けてレースレディな状態ではあるんですが、開発ってね……ほかのチームでもそうなんですけど、ずーっと永久に続いていきますので。我々もこの期間を『休み』と捉えずに、もう一段も二段も準備に準備を重ねておくことで……まぁ、何だかんだで接戦になってくる可能性もあると思うのでね、その時に勝ち抜ける余力を1つでも2つでも蓄えておくことが大事かなと思います」
(c) Lexus Pathfinder Air Racing / Suguru Saito / Yusuke Kashiwazaki
取材協力:株式会社パスファインダー
(取材:咲村珠樹)