9月8日に決勝が行われたレッドブル・エアレース2019最終戦千葉大会。台風が接近しつつ状況を考慮し、ラウンド・オブ14を午前10時からに前倒しして実施されました。パイロットたちは予想外の風に苦戦。ランキング1位のソンカ選手が早々と敗退するという波乱となりました。

 9月7日土曜日の予選終了後、接近しつつある台風15号を考慮し、急遽プログラムの変更がアナウンスされました。午後から開始予定だったマスタークラス決勝ラウンド・オブ14を午前10時から開始し、ラウンド・オブ8とファイナル4は12時から。15時までに全てのプログラムが終了するよう、スケジュールが前倒しされました。

 レースディレクターのジム・ディマッテオ氏は記者会見で、フライトが安全に実施できることが最優先であり、天候の変化を注視しながらレースを行うとコメントしました。

■予想外の風と暑さがドラマを生む

 これまで、千葉でのレースは海側(レーストラックの横)から吹き付ける強い風が特徴でした。しかし、土曜日午後の予選から風向きが変わり、ほぼ90度異なる方向から風が吹き始めたのです。

 パイロットにとっては、スタートゲートから見てやや浜よりの追い風となり、自分の予想以上に速度が出てしまう状態。これにより、間隔の短いゲート1(スタート)からゲート2、そしてシケインのゲート3へのコース取りを難しいものにさせました。

 室屋選手によると「シケイン(ゲート3)にいい状態で向かうには、なるべくゲート2を外側(観客席から見て奥)から入るのがいいんですが、入る角度が結構厳しいんです。追い風になったこともあって、ゲート1からゲート2までの短い間隔でうまく理想的なコースに乗せるのが難しくなりました」という状態です。

 また、気温と湿度の上昇により、空気の密度が下がったことも重要な要素になりました。気温が低く空気の密度が高い状態では、レース機の空力性能(特に表面抗力と揚力)の差が出やすいのですが、今回の千葉大会のように暑く空気の密度が低い場合には、その差が縮まります。

 室屋選手は「これによって各パイロット間の差が縮まって、タイムも接近する状態になりました。ちょっとのミスで逆転するような形になったんです」と、レース後に振り返っていました。

■ラウンド・オブ14 ヒート1 マーフィー選手×室屋選手

 予選の結果により組み合わせが決定するラウンド・オブ14。予選5位だった日本の室屋義秀選手は、ヒート1でイギリスのベン・マーフィー選手と対戦することになりました。マーフィー選手の使用するレース機は、2015年シーズンの途中まで室屋選手が使っていたものです。

 最初に飛んだのはベン・マーフィー選手。金曜日のフリープラクティスでは、上向きのウイングレットと下向きのウイングレット、2種類を試していたのですが、上向きのウイングレットを選択してレースに臨みました。

 ミスなくまとめて57秒897。これが基準タイムとなり、各選手はこのタイムからレーストラックの状態を予測していきます。金曜日のフリープラクティスのタイムからすると2秒ほど遅く、機体の性能差が出にくい状態であることが予想されました。

 続いて飛んだ室屋選手。2回目の折り返しまでのセクタータイムは、マーフィー選手からわずかに遅れますが、3回目の折り返し時点で逆転。しかし最後のターンで再び遅れ、57秒912でフィニッシュ。わずか0秒015差で敗退となりました。

■ヒート2 マクロード選手×ドルダラー選手

 続くヒート2は、カナダのピート・マクロード選手とドイツのマティアス・ドルダラー選手の対戦。先に飛んだピート・マクロード選手は56秒451のタイムでフィニッシュしますが、斜めにターンした最後の折り返しで飛行可能空域からはみ出す「クロッシング・ザ・トラックリミットライン」で1秒のペナルティ。57秒451となります。

 後攻のドルダラー選手は、金曜フリープラクティス後の18時から、レースエアポートの木更津飛行場から少し離れた鳥居崎海浜公園で、プライベートのサイン会を行ってファンとの交流を深めました。レース機の水平尾翼には、今まで応援してくれたファンに向けての「Thank you」というメッセージも書き込んでレースに臨みましたが、タイムは振るわず58秒409。ペナルティ込みでも0秒958届かないタイムで敗退しました。

■ヒート3 ブラジョー選手×コプシュタイン選手

 ヒート3、フランスのミカ・ブラジョー選手とチェコのペトル・コプシュタイン選手が対戦。ブラジョー選手はミスのないフライトでしたが、シケインで上下動が目立つなど、気象条件に苦戦したようで、タイムは59秒021と振るわず。

 後攻のコプシュタイン選手有利かと思われたのですが、なんとスタート時の速度制限190ノット(時速約342km)を大きく上回る192.1ノットを記録。1.99ノット未満の超過は1秒のペナルティですが、それを上回ってしまうとDNF。レースコントロールからのDNFのコールが遅れましたが、トラックに入った瞬間に敗退が決まっていました。

 普段飛行機が飛ぶ時の速度は、周りの空気に対する「対気速度」が使われますが、スタート速度は地面を基準にした「対地速度」。追い風を受けたことで、自分の感覚より早い対地速度となってしまったのが原因でしょう。直前に速すぎる!と思っても、飛行機はブレーキを踏むことができません。

■ヒート4 ボルトン選手×ルボット選手

 ヒート4はチリのクリスチャン・ボルトン選手と、フランスのフランソワ・ルボット選手の対戦。双方とも空軍の戦闘機パイロット(ボルトン選手はF-5EタイガーII、ルボット選手はミラージュ2000N)出身で、軍のエアロバティックチームで隊長を務めたという経歴の持ち主です。

 先に飛んだボルトン選手のタイムは58秒252。金曜日にエンジンの潤滑系にトラブルがあったとのことで、土曜日からしか飛べない不利がありましたが、ミスなくまとめました。

 しかし後攻のルボット選手は金曜、土曜と好タイムをマークして準備万端。ポイントとなるシケインもタイトにまとめ、57秒408でフィニッシュ。予選3位の実力を見せつけました。

■ヒート5 グーリアン選手×ホール選手

 年間ランキングで室屋選手の直後、4位タイにつけるグーリアン選手が先攻。稲毛側の折り返しを斜めにターンするフライトで58秒032をマーク。

 現在わずかの差でソンカ選手を追う年間ランキング2位のホール選手は、昨年の千葉大会の覇者にして、今年も前戦バラトン湖大会で勝利を収めています。「日本はヨーロッパやアメリカと違って時差もほとんどないし、自分としてはホームレースのつもりで臨んでいるんだ」と土曜日のハンガーで語るほど相性のいい大会です。

 ホール選手は稲毛側の2回目の折り返し、そして最後のマリンスタジアム側の折り返しも斜めにターンして臨み、57秒029でフィニッシュ。一旦審議となりましたが、ペナルティはなし。

 残り2ヒートを残し、ヒート1で敗退した室屋選手は、敗者の中で最速タイム。ヒート敗退で意気消沈していた会場の観客も、徐々にファステストルーザー(敗者復活)の可能性が高まるにつれ、観戦に熱がこもります。

■ヒート6 イワノフ選手×ソンカ選手

 予選2位でポイントを加算し、連続年間チャンピオンにまた一歩近づいたチェコのマルティン・ソンカ選手と、2004年から参戦し通算4勝のフランスの古豪ニコラス・イワノフ選手との対戦。

 先に飛んだイワノフ選手は、ホール選手と同じく2回目と3回目の折り返しを斜めにターンする作戦をとりますが、稲毛側の折り返しターンで一瞬片翼が失速し、ふらつきます。ここでエネルギーを失ってしまい、58秒518でフィニッシュ。イワノフ選手のレース機は水平尾翼が鏡面加工されており、シケイン通過時にはパイロンを映し出して美しいのが特徴です。

 予選でのタイムを考えると、ソンカ選手がこれより速く飛ぶことは可能。しかし2回目の折り返し点、稲毛側のゲート9を通過して縦のターンに入った際、Gの表示が一瞬11.2の値を表示してしまったのです。11Gを超えると1秒のペナルティ。公式記録では11.28Gを記録したソンカ選手、58秒808となりイワノフ選手の前に敗退。


 ソンカ選手はこれまでの千葉大会で、折り返しのターンにおけるオーバーGを恐れ、攻めきれずに勝利を逃した(2016年2位、2017年3位、2018年3位)ことがありましたが、最後の千葉大会では逆に攻めすぎてオーバーGとなってしまいました。

■ヒート7 チャンブリス選手×ベラルデ選手

 2003年第2戦から参戦を続け、最も多くのレッドブル・エアレースを経験するアメリカのカービー・チャンブリス選手と、スペインのイベリア航空でA330機長も務めるフアン・ベラルデ選手との対戦。先に飛んだチャンブリス選手は190.9ノットと、ペナルティが課されないギリギリの速度でスタートを決めます。稲毛側のゲート9のみ斜めのターンを選択して、室屋選手より速い57秒306でフィニッシュ。


 ベラルデ選手がチャンブリス選手に勝利すると、室屋選手のラウンド・オブ8進出の道は閉ざされます。室屋ファンとベラルデ選手の勝利を願うファンが見守る中、ベラルデ選手がスタート。最初の折り返しとなるゲート5まではチャンブリス選手より速かったのですが、そこから縦のターンでエネルギーを失ったらしく、タイムが伸びません。ゲート9でチャンブリス選手から0秒502遅れ、ゲート13までで少し挽回したものの、また縦のターンで遅れが拡大し、58秒180でフィニッシュ。


■僅差の争いが生んだドラマ

 予選1位のベラルデ選手、予選2位のソンカ選手が敗退するという波乱で、室屋選手はファステストルーザーでラウンド・オブ8進出が決定。気象条件から僅差の争いとなったことで、このようなドラマチックな展開となったのでした。

 ソンカ選手はDNFとなったコプシュタイン選手を除けば、最下位タイムとなる58秒808で13位。決勝では1ポイント加算にとどまり、6ポイント差で年間ランキング2位のホール選手が8位(11ポイント)以上を確定したため、2年連続ワールドチャンピオンへの挑戦はここで終わってしまいました。

 ファステストルーザーで辛くもラウンド・オブ8進出を果たした室屋選手。母国開催での最多勝はポール・ボノム氏の3勝(2006年ロングリート、2014年・2015年アスコット競馬場)です。

 2015年のアスコット大会、ポール・ボノム選手(当時)は、ラウンド・オブ14のヒート7で故ハンネス・アルヒ選手に敗れたものの、途中雨も降る中(ラウンド・オブ8でアルヒ選手との再戦となるが、アルヒ選手がエンジントラブルでDNSとなりファイナル4へ)、ファステストルーザーから優勝を果たしています。室屋選手はこの再現となるでしょうか。

(取材・撮影:咲村珠樹)