9月7日~8日に開催されたレッドブル・エアレース2019最終戦、千葉大会。そのサイドアクトに海上自衛隊の救難飛行艇US-2が参加しました。今回初めてとなる幕張の海でUS-2の離着水が実現した影には、様々な苦労があったのです。

■2015年の挫折からスタート

 レッドブル・エアレースのサイドアクトとして、海上自衛隊US-2の参加が計画されたのは、これが初めてではありません。日本初開催となった2015年の千葉大会で、実行委員会は海上自衛隊側に参加を打診。サイドアクトとして幕張にやってくることが実現しようとしていました。

 しかし、2015年5月16日~17日の大会を目前に控えた4月28日当時。高知県の足摺岬沖で訓練中だったUS-2の5号機(9905)が、4基のエンジンのうち1基が使用不能になった場合を想定した「3発離水」を行った際、離水後に機体の姿勢を維持できなくなり、海面に衝突する事故を起こしてしまいました。

 US-2は海に機首を突っ込む形になり、エンジン1基と主翼フロートが脱落。かろうじて艇体は浮いていたものの、機内にも海水が流入する状態となりました。

 この事故を受けて、原因究明のためUS-2は全機が飛行停止。もちろん、5月のレッドブル・エアレース2015千葉大会に参加することは不可能となりました。

 2015年の不参加を乗り越え、最後のレッドブル・エアレースとなる2019年千葉大会で、ついにUS-2の参加が実現したのです。

■制限の多い幕張の海

 レッドブル・エアレース千葉大会のレーストラックが設置される幕張の海は、すぐ沖合に京葉工業地帯と各地を結ぶ貨物航路があり、船の往来が盛んな場所。安全上の緩衝海域を設定すると、使える部分は非常に幅の狭いものとなります。

 2019年のレーストラックをもとにすると、レイアウトは第3戦バラトン湖大会と非常に似通ったものですが、沖合に設けられている飛行可能空域を示すトラックリミットラインは、バラトン湖よりもレーストラックに近いのです。より幅の狭い飛行可能区域が設定されていました。

 US-2が離着水するための海域は、安全上このレーストラックに干渉しない沖合に設定されることになりました。しかし、そのさらに沖合には東京湾の航路があります。このため、航路を航行する船舶に影響を与えないよう、離着水する区域の設定については、海上自衛隊と海域を管轄する海上保安庁の間で、慎重な調整が進められました。

 海上自衛隊でレッドブル・エアレース当日の地上統制を行っていた、US-2を運用する海上自衛隊第71航空隊の方によると、海上保安庁側が心配していたのは、US-2が着水する際に大きな波を発生させるのではないか、ということだったそうです。

 US-2は全長33mあまり、最大離着水重量43トンと大きな機体。通常の飛行機が着陸する様子を見ていると、結構「ドスン!」と降りているように見え、その衝撃で海面に大きな波を発生させて、付近を航行する船舶に影響を与えるのではないかという懸念はよく理解できます。

 しかし、US-2は優れた低速飛行性能とSTOL(短距離離着陸)性能を持つ飛行艇。風向きや風速にもよりますが、着水時の速度は時速100kmを下回ることもあるほどです。これは地上の滑走路に着陸する同規模の飛行機と比較すると半分以下です。

 しかも飛行艇が着水する際は、陸上機の降着装置が着地時の衝撃を和らげる緩衝装置(オレオなど)を備えているのに対し、飛行艇にはありません。このため、着水の衝撃はまともに艇体へ伝わり、あまりに大きいと構造に損傷を与えてしまいます。それを踏まえ、着水は接水時の衝撃を最小限にするよう、滑らかに行うのが鉄則。これにより、波の発生も小さくなるのですが、それを理解してもらうまでが大変だったそうです。

■横風との戦い

 飛行機の離着陸は、風上に向かって行うのが姿勢も安定するのでベスト。飛行場の滑走路は、その土地で最も多い風向きに沿って作られています。

 飛行艇や水上機も同様に、離着水は風上に向かって行います。ただ陸上機と違うのは、離着水用に設定された水面のうち、風向きに応じて離着水の方向を決められること。これは水上機のメリットなのですが、今回のレッドブル・エアレース2019千葉大会では違っていました。

 レッドブル・エアレース2019千葉大会でUS-2に対して設定された離着水用の海域は、レーストラックに沿った細長いもの。つまり離着水の方向が限定されていたのです。

 しかも幕張名物の風は、海から浜に向かって吹くもの。レーストラックの真横から吹き付ける風は、しばしばレッドブル・エアレースのパイロットたちを悩ませてきましたが、US-2のパイロットたちも悩ませるものとなったのです。

 通常、横風での離着陸では、接地寸前まで機首を風上に向ける「クラブ(カニの横歩きにしていることから)」と呼ばれる飛行姿勢で降下し、着陸する瞬間に姿勢を滑走路に正対させるテクニックを使います。飛行艇でも同様なのですが、平らなまま動かない滑走路と違い、海面は風を受けて横波になっているのです。

 これにより横風の場合、着水した瞬間に飛行艇は横波にさらわれ、大きく傾くことになります。最悪の場合、主翼のフロートが脱落したり、主翼やエンジンが損傷してしまうことも。

 土曜日(9月7日)は、まさにその横風での離着水となり、条件によっては着水を諦める選択肢もあったといいます。しかし風が弱まり、着水可能な条件を満たしたので、なんとか稲毛からマリンスタジアム方向へ、離着水の様子を観客に見てもらうことができたのだそうです。


 日曜日(9月8日)は逆に、やや浜よりの風となったため、今度は左前方から風を受ける形でマリンスタジアムから稲毛方向へ離着水を行いました。この時も台風接近で風が強くなれば、離着水を中止することも視野に入れていたそうです。


■万全の整備で実現したレッドブル・エアレース

 現在US-2は、山口県の岩国航空基地に所在する第71航空隊で全機が運用されています。5号機が事故で失われたため、定期整備や訓練、任務待機とその予備機を確保すると、余剰の機体が出にくくなっており、かつて行われていた神奈川県の厚木航空基地への派遣(派出)も中止しています。

 レッドブル・エアレースの観客に国産飛行艇US-2の優れた性能を見てもらう、という広報も重要な任務ですが、第71航空隊の本来任務は、航空救難や災害派遣での急患輸送など。予備機を捻出しにくいという事情もあり、レッドブル・エアレースへの参加は、参加用に割り当てられた6号機(9906)以外の全ての機体に不具合が出ないことが条件となりました。

 US-2は前任のUS-1Aに比べ、操縦系統など様々な部分が電子化された飛行艇。しかし飛行艇は過酷な条件で使われることもあり、しばしば電子機器の不具合が発生してしまうといいます。幸い、レッドブル・エアレースが開催された9月7日、8日とも全機快調だったため、6号機は岩国から幕張への往復飛行が許可され、観客にその優れた性能を見てもらうことができたのでした。

■飛行教官の腕前を披露「White Arrows」

 US-2と同時に、海上自衛隊からサイドアクトに参加したのは、同じく山口県にある小月航空基地に所在する、第201教育航空隊の飛行教官によって結成された曲技飛行チーム「White Arrows」です。

 小月航空基地は、海上自衛隊の航空要員がまず初めに航空機の操縦を学ぶ場所。第201教育航空隊で国産ターボプロップ練習機T-5を使い、航空機による飛行の基礎を学びます。この課程ではまだ進路が明確には分かれておらず、固定翼(P-3C、P-1、US-2、C-90、U-36A)や回転翼(SH-60、UH-60、MCH-101)の操縦要員、さらには海上哨戒の指揮をとる戦術航空士(TACCO)の要員がT-5での飛行を経験します。

 T-5での操縦を教える飛行教官が、その卓越した操縦技術を披露するために結成されたのが「White Arrows」です。発足は2018年と新しいチームですが、小月航空基地の第201教育航空隊では代々曲技飛行チームを結成しており、その新しい伝統を引き継ぐチームとして面目を一新したものです。

 任務に備え、毎回岩国基地から往復していた第71航空隊のUS-2と違い、航続距離の短いT-5は会場に近い千葉県の下総航空基地に進出し、そこを拠点に毎回の飛行を行いました。披露されたのは4機のT-5によるダイヤモンドやエシュロン、アローヘッドといった編隊飛行と、飛行中の編隊の組み替え、編隊解散など。


 これらの課目は、P-3CやP-1などでの任務に必要な操縦技術であり、教官が学生にその手本を示すものといえるでしょう。航空自衛隊のブルーインパルスの場合、原則として1機につき1名が搭乗して展示飛行を行いますが、海上自衛隊の「White Arrows」の場合、その後に使用する航空機が2名での操縦を原則としているため、全機とも2名が搭乗して行うのも特徴です。

 最後のレッドブル・エアレースでようやく実現した、海上自衛隊の航空サイドアクト。その裏側には、実行委員会をはじめとする多くの人々の努力と協力があったのでした。

(取材・撮影:咲村珠樹)