こんにちは、深水英一郎です。

 本日は「ものづくり人物録」をお届けします。ものづくり人物録では、自ら創作をおこない発表している人にわたくし深水がお話をきき、その内容をまとめていきます。

 今回お話をきいた「ししかわさん」は、M5Stackをベースに作られた超かわいい手乗りロボット「スタックチャン」の生みの親です。

スタックチャン

 ししかわさんは、スタックチャンの仕様と制作の過程をオープンにするという試みをおこなっているんですが……すると、なんということでしょう。そのかわいさに刺激されて、さまざまな人がスタックチャンを作ったり、改造した自分なりのスタックチャンを作り、発表しはじめているのです。

 そればかりか、スタックチャンは海外のものづくりに関するコンテストや海外のテレビ局でも取り上げられ、じわじわと世界でファンを増やしています。さらにファンを増やしそうなスタックチャンのこれまでとこれからについてお話をきくことができました。かわいいもの好きの方のみならず、作品の仕様をオープンにしてコミュニティを作りそれを育てるという方法とその背後にある考え方に興味ある方も必見の内容となっております。

※「スタックチャン」の正式な表記は半角カナです。閲覧環境などによっては正しく表示されない場合があるため、本稿では全角で紹介しています。

■ まずはスタックチャンについて

 まずはスタックチャンとは何なのか知らない方にスタックチャンについてお伝えしたいんですが、文章より動画の方がてっとり速いので、まずはYouTubeにある「30秒でわかる!スタックチャン」という紹介動画をご覧いただければと思います。

 どんなものかってのはなんとなくわかっていただけたかと思います。めちゃめちゃかわいいですよね。手乗りサイズでモニター部分に顔が表示され、ブンブン顔を動かすことができる手作りロボットです。

 実はこれ、M5Stack(エムファイブスタック)という超小型マイコンモジュールをベースにして作られているロボットなんです。スタックという名前は、そこからとられています。

 表情や仕草がほんとにかわいいですね。このロボットの作り方はオープンにされていて、誰でも作ることができるようになっているんです。すごい。

 さて前置きはこれぐらいにして、ここからいよいよスタックチャン作者のししかわさんへのインタビューに突入です——

【スタックチャン作者ししかわさんプロフィール】
スタックチャンの生みの親。秋葉原のロボットベンチャー企業でソフトウェアエンジニアとして働く傍ら、M5Stackなどを使った工作や技術書執筆などの個人Maker活動も積極的に行う。
Webフロントエンドからロボットまで「ヒトに寄り添う機械」を目指してUI/UX開発に勤しんでいる。
https://twitter.com/meganetaaan

■ スタックチャン前夜

——ししかわさん、本日はよろしくお願いします。ししかわさんってもともと学生時代はロボットに関する研究をされてたんですよね

【ししかわ】

 よろしくお願いします。はい、人間とお話するロボットの研究をしていました。

 そのときは人間とロボットがどんなやりとりをしたら人間が楽しく過ごせるか、便利になるのかということを考えていました。

 卒業後何年かはSIerに勤め、Webフロントエンド技術の研究開発をしていたのですが、やっぱりロボットに関する仕事をやりたい、ということでロボットベンチャーの「株式会社アールティ」に転職したんです。今の仕事では、ロボットのUIを作っています。

スタックチャン作者ししかわさんのこれまで

■ M5Stackとの出会い

——趣味のものづくり(Maker)活動の中でM5Stackに出会ったそうですが、時期はいつごろでしょうか?

【ししかわ】

 私がM5Stackに出会ったのは2018年3月ですね。電子工作につかうこういったデバイスってすべて基板がむき出しだったんですが、M5Stackは違ったんです。全部ケースに収まっている。基板むき出しだと、初心者の方はどこを触ったらいいかわからないし、子どもに触らせる際に注意が必要です。でもM5Stackは初心者や子どもにも安心して触っていただくことができます。

スタックチャン作者ししかわさんが初めて買ったM5Stack

 なにより筐体がかわいいですよね。

 このM5Stackとの出会いが、私の趣味Maker活動の転機となりました。M5Stackを使った工作の公開をはじめとして、勇気を出して登壇してみたり、技術同人誌を執筆したりなど、積極的な活動をはじめました。

——新しいデバイスとの出会いがししかわさんを刺激したんですね

【ししかわ】

 ユーザーコミュニティも非常に盛り上がってたんですよね。日本で最初のM5Stackユーザミーティングが2018年5月に開催されたんですが、初回にもかかわらず150人くらい集まったりして。自分の作品を持ち寄ってワイワイ見せあったり、すごく楽しかったですね。

 この時の経験が、スタックチャンをどんどんオープンにしていこうという考え方に繋がっているんじゃないかと思います。

——その時はどのようなものを作っていたんですか?

スタックチャン

【ししかわ】

 スタックチャンを作る前に顔を表示するライブラリだけ先に作ってたんですね。M5Stackに顔を表示するだけのライブラリで「M5Stack-Avatar」といいます。

——あ、これ、僕がM5Stack買ったとき、真っ先に入れてずっと表示してました! いろんな表情があって面白いですよね。

【ししかわ】

 ありがとうございます、このときは顔を表示するだけのものだったんですけど、公開後自分の作品に組み込んでくれる方が出てきまして。あとはM5Stackの入門書にも取り上げていただいたりしました。本の表紙にはさりげなくAvatarの顔を載せてもらってますね。

 そこから「こんな使われ方をするのか!じゃあこんな機能があると嬉しいかな?」みたいにして、ライブラリのほうにも喋らせたり、喜怒哀楽の表情を変えたりと機能を追加していきました。それでだんだんとM5StackのHello World的な位置づけになっていきました。

スタックチャン顔の系譜

——作り手としては実に嬉しい展開ですね

【ししかわ】

 そのライブラリを使ってM5Stackに素数を数えてもらう様子です。ボタンを押すと次々と素数を読み上げてくれます。

素数を読み上げるスタックチャン

——うは、素数数えてるだけで既にかわいい!

スタックチャンとは

——顔の表示ライブラリがスタックチャンに繋がってくる、ということなんですね。スタックチャンの開発をはじめたのはいつ頃ですか?

【ししかわ】

 2021年の3月頃から開発をはじめました。今、スタートしてから10か月ほど経ったところです。ものづくり活動(趣味Maker活動)自体は学生の頃からやってまして、ロボットをはじめとするいくつかの作品を発表してきました。

素数チャレンジ

【ししかわ】

 例えばこの「素数チャレンジ」という作品。

 素数を言うと、「素数だ!」と反応してくれます。私は音声認識とかソフトウェア担当で、メカは他のメンバーが作ったんですが、レゴブロックだけで人形たちがかわいくウェーブする動きを実現しててすごく良いですよね。

 単純なやりとりですが、やっぱり人の声に反応したりかわいく動いたりすると目を引くことができるのでスタックチャンなどの作品でも参考にしてます。

——おっ、また素数ですね!(笑) 動きのかわいさなど、スタックチャンへつながる部分があるように感じます。2021年からスタックチャンの開発をはじめたとのことですが、スタックチャンを作る上で工夫された点はありますか?

【ししかわ】

 スタックチャンの動きは、親しみを感じてもらうためできるだけ人間の動きに似せて作ってあるんです。そのため、気づかれないような部分でも工夫をしています。

 例えば、首を動かす時でも、先に視線が首の動く方向を向くので、それを再現しています。

視線を動かすスタックチャン

——動いてるところを見ると……確かにそうだ!

【ししかわ】

 まばたきもしてますが、人間ってまばたきするとき、閉じる時間より開く時間の方が遅いんですよ。それを再現してます。

 また、まっすぐ見てるようなときもちょっとだけ眼球が動くんですよね。

 まだあります。人間に顔って完全に左右対称じゃないんですよね。そういうところも再現しています。実はスタックチャンの目の位置、左右で3ピクセルずらしたりしています。

——うは、ぜんぜん気づかなかったです。ほんとにいくつもの作り込みがされている。

【ししかわ】

 そういう作り込みをすることで「人間らしさ」「親しみやすさ」を高められているんじゃないかなと思います。

——そんな工夫がされてたんですね、驚きです。そういう細やかな、まさに現代の匠と言ってもよい細部へのこだわりが評価されて、ということでしょうか。海外でも賞を獲得されてますね。

【ししかわ】

 はい、Hackadayという海外サイトがありまして。もともと日本のProtoPediaというハードウェアハッカーのための投稿サイトに掲載した内容を英語に翻訳してそのHackadayに掲載していたところ、そのサイトが主催する「HackadayPrize2021」で第2位に入賞し、賞金をいただきました。

スタックチャン HackadayPrize2021で第2位に入賞

 さらにスタックチャンは「M5Stack Japan Creativity Contest 2021」でも3位に入賞しました。そして「ヒーローズ・リーグ 2021」ではオンライン部門の最優秀賞である「オンラインヒーロー」の称号をいただくことができました。

■ スタックチャンでお金儲けは考えていない

——ここから、未来の話なんですが、これからどんなチャレンジをしていきたいですか?

【ししかわ】

 スタックチャンをもっと世の中に広めていきたいな、と考えています。

 仕様を公開することによりスタックチャンを作ってくださる方が増えてきて、今現在50~60体ぐらいのスタックチャンがこの世の中にいるんですが、これを1000体にしたいです。そんなにデタラメな数字ではなくて、これは実現可能だと思ってます。

——それは、ビジネスとしてやっていきたいということなんでしょうか?

【ししかわ】

 スタックチャンの輪はどんどん広げていきたいんですけれども、この活動は趣味の個人Makerとして始めたことなので、これでお金を儲けようとか、そういうことは考えていません。

 私一人ではこのスタックチャンの盛り上がりは作り出せなかったと思うんです。スタックチャンは、みなさんがさまざまな活動をやっていただいて盛り上げてくださったからこそ、この結果に繋がっている。なので、キットの販売も、セミナーもイベントもどんどんやってほしいと考えています。

 無許可でやっていただいて構いません。

——えっ、許可なしでスタックチャンを売ってもよいんですか?

【ししかわ】

 既にキット販売していただいている方や、セミナーをやっていただいている方は連絡をいただいたりしてるんですけども、無許可でも問題ありません。

 ひとつお願いがあるとすれば、スタックチャンのリポジトリにリンクをはっていただけると嬉しいです。

■ オープンでやることの良さ

——素晴らしい試みですね。そういう考えに行き着いたのは、なぜでしょうか

【ししかわ】

 これまでスタックチャンをオープンで作ってきて、いいことしかなかったんですよ。
 特に業務でなく趣味で開発されている方は公開する価値は高いと思います。これはロボットに限った話ではないですけども、良いものは公開してみんなでワイワイ進めた方が絶対に楽しい。

 「動いた!」という瞬間の鳥肌が立つような興奮と、それをみんなに共有できる喜び。これは何者にも代えがたいものがあります。ひとりでやっていても動いたら嬉しいですが、それを見てくれる人がいる、笑ってくれる人がいると思うと、もっと嬉しくなるんです。

 あとは「ハードウェアハッカー」という書籍の影響も大きいですね。書籍の中で中国、深センの「山寨(シャンザイ)」と呼ばれるコピー品の文化が紹介されています。既存製品の模倣を繰り返しながら徐々に改善やニッチな機能が足されていく、というようなエコシステムがあるそうです。スタックチャンについても、皆でアイディアを出しながら、競い合うように開発できると最終的に良い物になるのでは、と考えるようになりました。

 私が公開した仕様を見て、それを作ってくれた人が出てきたり、改造して私自身が思いもよらない使い方をしてくれたとき。これも本当に嬉しいです。

 そのうち私が町中を歩いてて知らない場所でスタックチャンに遭遇する、みたいなことがあったら最高ですね。

■ 「ちっちゃくてかわいいロボット」の裾野を広げたい

——オープンソースハードウェアでの開発を続けていきたいという、ししかわさんの原動力ってどこにあるのでしょうね

【ししかわ】

 手のひらにのるサイズのちっちゃくてかわいいロボットをもっと普及させたい、という気持ちがあるんですよね。私は忘れっぽいのでその日の予定とかTODOとかの面倒を見てくれるロボットがほしいとずっと思っています。今だとスマートスピーカーがそれに近いんですが、彼らは基本的にこちらから話しかけないと反応してくれないじゃないですか。あとはどうしても無機質な印象になってしまうのが気になってるんです。

 それはもう、スタックチャンじゃなくても良いと思っていて。例えばスマートスピーカーがもっと小型でかわいくなって、デスクに鎮座しているという光景を想像するだけで楽しくて。そんな世界を作りたいと思っているんです。

 思わず笑みがこぼれるようなものづくりを続けたいなと考えています。

——これからオープンソースハードウェアで開発しようと考えている方に、なにかアドバイスいただけないでしょうか。

【ししかわ】
 成果だけではなく、過程もオープンにした方が、リアルタイムに一緒に盛り上がっていけるのでよいですね。そのためにTwitterはやったほうがよいと思います。

 日本国内のものづくりをしている個人の人たちって、だいたいTwitterで繋がっていると思うんですが、そういう人たちのやりとりを見たり参加してみてほしいです。特にM5Stack界隈は、とてもウェルカムな雰囲気ですよ。

——ありがとうございました。まさに今盛り上がっている活動、今後の発展をとても楽しみにしています。

(インタビュー了)

【インタビューききて・深水英一郎】
メールマガジンサービス「まぐまぐ」の開発・発案者で「メルマガの父」と呼ばれ、未来検索ブラジル元代表。代表時代は平行しつつニュースサイト「ガジェット通信」の立ち上げ等も行っている。
https://nitsuite.jp/fukamie