4月24日、レッドブル・エアレース第2戦シュピールベルク大会は、オーストリアのサーキット「レッドブル・リンク」を舞台に行われ、ドイツのマティアス・ドルダラー選手が悲願の初優勝を成し遂げました。
オーストリアの山あいにある街、シュピールベルク。レッドブル・エアレース2016第2戦の舞台は、F1オーストリアGPが開催されることで知られるサーキット「レッドブル・リンク」です。山に囲まれたロケーションの為、天候が変わりやすく、それへの対応能力も要求される舞台です。
トラックレイアウトは一見判りやすいように見えますが、実はトラックへの進入コースからは木立が邪魔になり、最後のターン(旋回)までスタートゲートが確認できません。この為、以降のライン取りが非常にシビアになります。
山の斜面に沿った気流も曲者で、機体を細かく上下動させ、安定した飛行を妨げる「バンピー」な状態を作り出します。また、レーストラックの高低差も大きく、最も低い地点にあるスタートゲートと、最も高い地点にあるゲート4の高低差は60mにも及びます。この差はエアゲートを構成するパイロン(高さ25m)の倍以上。トラックの高度差を考慮したライン取りも攻略のカギとなる、非常にテクニカルなコースです。
昨年は決勝の最中に風雨が強まり、非常にシビアな気象コンディションになりましたが、今回もシュピールベルクの気まぐれな天気に翻弄されることに。予選は雨、そして決勝当日は雪に見舞われるという、レッドブル・エアレース史上初の事態になりました。2万7000時間の飛行経験を持つカービー・チャンブリス選手(レッドブル・エアレースには開始当初の2003年から参戦)も、雪のレースは初めてとコメントしていました。気温も低下し、一見エンジンの冷却には有利かと思いますが、逆に寒すぎて「エンジンが効率的に動く温度帯」まで上昇しにくいというデメリットも。各チームは知恵を絞っていました。
チャレンジャークラスでは、初めて女性パイロットのメラニー・アストル選手(フランス)が参戦。レッドブル・エアレースの歴史に新たなページを書き加えました。残念ながら順位は最下位でしたが、これからに期待です。
雨に見舞われたマスタークラスの予選は、参戦2年目となるフアン・ベラルデ選手(スペイン)が55秒803という驚異的なタイムをマークしてトップに。昨年のシリーズチャンピオン、ポール・ボノム氏(今年は解説者)から譲られたマシンを完璧に乗りこなしています。悲願の地元優勝を目指すハンネス・アルヒ選手(オーストリア)が56秒254、オーストラリアのマット・ホール選手が56秒498で続きます。今回、翼端に新パーツのレイクドウイングチップを装着した室屋義秀選手は、機体のスモーク発生システムに不具合が生じ、飛行中にスモークが出なかった為に1秒のペナルティが加算され、58秒286の予選10位となりました。
雪となった決勝。ラウンド・オブ14のトップとして飛んだのは室屋選手。空の状態が判らない中、手探りの飛行となりましたが、ゲート4通過後のターニングマニューバで無念のオーバーGでDNF。レースコントロールから発せられた「Knock it off(レースをやめてください)」という無情のコールに、室屋選手は非常に悔しがっていました。対戦相手のマティアス・ドルダラー選手(ドイツ)は上空待機中に室屋選手のDNFを知りましたが、着陸後のインタビューで「それでも気を抜かずに(自分もDNFやDQになる可能性があるので)慎重に飛んだよ」と語った通り、ミスを排除したフライトで59秒616。
気温の低い雪の中でエンジン出力が上がりにくい為、タイムは伸びません。各選手とも、予選よりも2秒ほど遅い58秒台〜1分0秒台のタイムで並ぶ中、ラウンド・オブ14で素晴らしいパフォーマンスを見せたのが、今季限りで引退を表明しているナイジェル・ラム選手(イギリス)。フリープラクティスで「調子がいい」と語っていた通り、アグレッシブなフライトでただ一人の57秒台となる57秒439を叩き出しました。
そしてラウンド・オブ14の最後のフライトとなる、予選1位のベラルデ選手。各選手のタイムを意識していたのでしょう、スタート時の速度は制限速度(200ノット)ギリギリの199.2ノットをマーク。しかし、この速度が仇になったか、ゲート4通過後のターニングマニューバで無念のオーバーG。DNFとなり、まさかの初戦敗退となってしまいました。
時間をおいて実施されるラウンド・オブ8とファイナル4。ラウンド・オブ14の経験で対策ができたと見え、各選手タイムを伸ばします。ファイナル4進出選手だけでなく、ホール選手とチャンブリス選手も57秒台をマークしました。ファイナル4に進出したのは、マクロード選手(カナダ)、アルヒ選手、ドルダラー選手、ラム選手。
レース後明らかになったことですが、マット・ホール選手は今週、背中のケガを抱えており、痛み止めの注射を打ちながらフライトをしていました。寒さもあり、これがパフォーマンスに影響していたかもしれません。6月の千葉大会までには完璧な状態に治す、と表明しているので、千葉ではいいパフォーマンスを期待したいものです。
ファイナル4はハイレベルかつ、僅差の争いとなりました。最初に飛んだマクロード選手のタイムは57秒598。これを地元の期待を背負ったアルヒ選手が57秒336をマークして、暫定トップに立ちます。
ついにアルヒ選手が地元で初勝利か……と観客の期待が高まる中、隣国ドイツのドルダラー選手がスタート。「準ホーム」ということもあり、サッカードイツ代表のユニホームをモチーフにした応援が地面に描かれるなど、ファンの応援が後押ししたか、ここで56秒996のスーパーラップ! アルヒ選手を上回り、トップに立ちます。最後のラム選手は、ゴール後インコレクトレベルの審議となるものの、ペナルティはなしで57秒349。ドルダラー選手は悲願の初優勝となりました。地元のアルヒ選手が2位、ラム選手が3位となりました。
昨年からコンスタントに上位に入り「開眼」ともいえる成績を残してきたドルダラー選手。開幕戦のアブダビで自己最高の2位をマークしたのち、その勢いのままに表彰台の真ん中を手に入れました。時代を背負う存在と目されている、室屋選手ら「2009年組」では、ホール選手に続く2人目の優勝者です。レース後「本当にファンタスティックだ! ついに夢が叶ったよ!」と、喜びを爆発させていました。
今回のシュピールベルク大会は、雨や雪といった湿度が高く、寒い条件のフライトとなった為、ウイングレットの効果がよく判るレースとなりました。ウイングレットは翼端に発生する翼端渦が原因となる「誘導抗力」を低減する為のパーツです。
ウイングレットを装着していない選手の機体では、翼端渦が最も強くなるターニングマニューバで、翼端から白いベイパー(強い翼端渦で気圧が下がり、周囲の水蒸気が凝固したもの)が出ていました。しかし、ウイングレットを装着した機体では、ほとんどベイパーを出さずにターンしていたのです。選手によって飛行スタイルが違う為に単純比較できませんが、ウイングレットが翼端渦を低減し、誘導抗力の減少に貢献していることが目で見て判るので、この後NHK・BS1のテレビ放送を見る際は、その点を注目するといいでしょう。
開幕から2戦、ドルダラー選手と同じ「2009年組」のホール選手、室屋選手は、ここ2戦ツキに見放された形になっています。しかし6月の千葉大会まではかなり期間があるので、十分立て直しはきくでしょう。今回イワノフ選手が小さなキャノピーに交換して空気抵抗の低減を図ったように、機体の改修やテストもできます。特に室屋選手は、レースコミッティーから認可が遅れているウイングレットの装着ができれば、劇的な改善がなされるでしょう。
注目の第3戦、千葉大会は6月4日・5日に予定されています。
▼参考
レッドブル・エアレース公式サイト(redbullairrace.com)
マット・ホール選手の大会レポート(matthallracing.com)
ホール選手Instagram(matthallracing)
ドルダラー選手フェイスブック(MDolderer)
アルヒ選手フェイスブック(HannesArch22)
(文:咲村珠樹)