さてここでは、レッドブル・エアレースのルールや設備、レースに使われる機体について掘り下げてみましょう。
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■「世界最速のモータースポーツ」
レッドブル・エアレースを表現する際「世界最速のモータースポーツ」というものがありますが、これは英語の「World’s Fastest Mortorsport Series」を短く訳してしまったもの。「シリーズ」が抜けてるんですね。絶対的な「スピード」でいえば、アメリカのリノで毎年開かれている「リノ・エアレース(National Championship Air Races)」のアンリミテッドクラスが、レッドブル・エアレースの速度制限(200ノット=時速約370km)の倍以上となる時速790kmくらいで争われてたりします。しかしこれは様々な開催地を転戦する「シリーズ」ではなく、リノだけで行われ、しかもFAI(国際航空連盟)が公認する世界選手権(World Championship)ではなく、正式名称の通り全米選手権(National Chanpionship)……という事情があります。
また、リノ・エアレースの場合は丸いコースを複数の機体(最大8機)が一緒になって周回飛行して争い、真っ先にゴールしたものが勝ち、というルール。スピードと飛行中の駆け引きが重要になるレースです。レッドブル・エアレースは、空気圧で膨らませたパイロンやエアゲートによって設定された複雑なコースを単機で飛び、そのタイムで勝敗を決めるもの。いかに巧みに機体を操り、無駄のないコース取りで駆け抜けるかが重要になります。
例えるなら、リノ・エアレースはアメリカで盛んなNASCARやインディ500マイルといったオーバルコースで争われるスピードレース、レッドブル・エアレースはテクニカルなジムカーナ競技という感じで、同じ「飛行機を使う『エアレース』という名のついたモータースポーツ」とはいってもジャンルが違い、どちらがすごいか、という優劣を決める質のものではありません。
■コースを作るパイロン
では、そのコースを形作るパイロン、エアゲートを見てみましょう。単独のものはパイロン、二つ並んだものはエアゲートと呼ばれ、それぞれ高さが25mあります。パイロンは横をすり抜けるようにして飛び、連続して並んでいるとスラローム飛行を要求される「シケイン」を形成します。エアゲートは、通過する際に水平姿勢を要求され、プラスマイナス10度の許容範囲を超えると「インコレクト・フライトレベル(Incorrect Flight Level)」という反則とされ、犯すたびに2秒のペナルティが加算されます。また、通過する際は最上部と下部に記された黄色い線に挟まれた赤い(スタート/ゴールゲートの場合はチェッカー)部分で示された「フライトウィンドウ」を飛行しなくてはなりません。基準はパイロット頭部の位置で、これに違反して高く飛ぶと2秒のペナルティ、低く飛ぶ(15m以下)と飛行中止(Safty Climb Out)が宣言され、その時点で失格(DQ=DisQualification)となります。
パイロンに接触(パイロンヒット)すると、2回目までは各3秒のペナルティが加算され、3回接触するとDNF(Did Not Finish=リタイヤ扱い)となります。素材はスピンネーカーという生地で作られ、下部から空気を送り続けられることで自立します。この素材は送風で自立できるほど軽く、外からの風で形状を失わないほど丈夫で、しかも飛行機が僅かでも接触すると抵抗なく簡単に破れて機体に絡み付かない……という矛盾した条件を兼ね備えたもの。全体で9つのパーツに別れており、それぞれがジッパーやベルクロ(マジックテープ)で結合されています。パイロンヒットで損傷した場合は、その部分から上を素早く交換することで、2分以内に修理が完了します。その様子を動画で見てみましょう。
▼動画
■コースを飛ぶレーサー達
続いて、レッドブル・エアレースのマスタークラスで使用されている機体について見ていきましょう。元々はエアロバティック競技に使われる機体をベースに改造を施したものです。
■安定の翼・エッジ540
これまで多くのパイロット達に支持されているのが、ジブコ・エッジ540(ZIVKO EDGE 540)です。昨シーズン(2014年)を除いて全ての年でチャンピオンマシンとして君臨してきました。大きく分けてV2とV3のバージョンがあり、V3はV2より軽量化され、よりエアレースに適した機体となっています。V2の操りやすさ、V3のスピードという風に思ってもらっても間違いではありません。しかし、このレッドブル・エアレースで最多勝を誇り、2015年シーズン開幕戦も制したポール・ボノム選手の機体はV2。機体のセッティングが熟成され、高度な操縦テクニックがあれば高い戦闘力を維持できます。簡単な見分け方は、プロペラの両脇に開けられたエンジン冷却用の穴が、V2は横長で、V3は丸くなっているところ。
■エッジのライバル・MXS-R
MXエアクラフトが開発したエアロバティック機MXSのレース仕様がMXS-Rです。使用しているのはナイジェル・ラム選手とマット・ホール選手。炭素繊維複合材による強く、しなやかな機体構造が特徴。デビュー後徐々に熟成が進み、2014年シーズンの第3戦マレーシアでラム選手が初優勝。その後もシーズン終了まで連続して2位となり、ラム選手にシリーズチャンピオンをもたらしました。2014年シーズンは、初めてエッジ以外の機体がシリーズを制した歴史的なものとなったのです。
■美しき挑戦者・コーバス・レーサー540
レッドブル・エアレース創設者の一人で2003年の初代シリーズチャンピオン、ピーター・ベゼネイ選手の為に、母国ハンガリーの航空界が力を結集して開発した最新のレース機が、コーバス・レーサー540(CORVUS RACER 540)です。他の機体がエアロバティック機をレース用に改修したものに対し、これは初めからレッドブル・エアレース用に開発された唯一の機体。流麗なボディラインが非常に美しく、とても官能的です。ポテンシャルとしてはものすごいものがあるはずなのですが、2009年シーズンのデビューから実質3シーズン(2011年~2013年は開催せず)しか経っていないこと、そしてベゼネイ選手専用機といった感じになっている為に、開発・熟成が進まず苦戦を強いられています。ベゼネイ選手らによれば、飛行特性も他のものと較べて、非常にタイトで難しいとのこと。
■レーサーの特徴
機体に関しては、2014年シーズンから、より安全性を重視したレギュレーションに変更されました。2010年まではエンジンの改造も認めれていましたが、際限なきパワー競争になると危険な為、現在はエンジン、プロペラの改造は許されていません。
使用されるエンジンは、ライカミング社のAEIO-540-EXP。最高出力300馬力、エアロバティック(AErobatics)用に設計された燃料噴射式(Injection)の空冷水平対向6気筒エンジンで、吸気口はプロペラ軸の下側。プロペラはハーツェル社の炭素繊維複合材製エアロバティック用3翅プロペラ、C7690を使用します。
エンジンの改造ができなくなったので、いかにエンジン性能を落とさないか、という部分に注力しています。多くの選手がやっているのが、オイルのダイレクトクーリング。通常では機体前面から入ってきた空気がエンジンを冷やし、その後エンジン後方のオイルクーラーに……という形になっているのですが、エンジンカウルに外気導入用の空気取り入れ口(NACAダクト)を設け、冷たい空気をオイルクーラーに導いて冷却効率を高めようという工夫です。
エンジン出力増大による大きな性能向上が望めない為、速度性能を向上するには、軽量化と空力的な改善が主になります。ただし、機体の軽量化もパイロットを含めた機体重量が698kg以上という規定があるので、ギリギリまで重量を削った後は、空力的な改造(様々な空気抵抗の低減)が重要になってきます。
今までの機体をルーキーであるフランソワ・ルボット選手に譲り、今シーズンは新たなエッジ540V2で参戦しているマイケル・グーリアン選手は、千葉に向けて新しいキャノピーに交換してきました。この点についてインタビューしてみました。
――新しいキャノピーについて聞かせてください
「今までは純正のキャノピーだったんだけど、より軽く、空気抵抗の少ないものに交換してきたんだ。風洞実験ではいい結果が出てるんで、期待しているよ」
――もっとスピードも出るように?
「そうだね。実際にコースを飛んでみないと判らないことも多いけど、狙った通りに速くなってくれるといいと思ってるよ。千葉のトラックはスピードが要求されると思ってるから、特にね」
――多分、千葉のトラックには向いてると思いますよ。
「ありがとう。そうなるように祈ってるよ」
キャノピーといえば、室屋選手が今回から導入した新型機、エッジ540V3が話題。大きく絞り込んだキャノピーと、それに繋がる小さなリアカウルが大きな特徴。大幅な軽量化も行い、俗に発展型のV3として「V3.5」との声も出ています。
室屋選手に集まったマスコミからも、この機体についての質問が出ていました。
「他の選手達が『やあ、調子はどうだい』って世間話をしにハンガーにやってくるんだけど、目は別のところ(機体)を見てる(笑)」
「小さくなったキャノピーは、やはり窮屈で、ヘルメットも薄いものにしています。頭をあまり動かせないんですが、レースでは特に影響がないように作っています」
また、2014年シーズンでのラム選手の活躍によって、主翼端につけるウイングレットが注目されています。飛行機が飛ぶ際、翼端には翼端渦という乱気流が発生し、抗力となります(誘導抗力)。これを少なくするには、翼端を細長く延長していくといいのですが、そうすると翼の幅が大きくなり、レース機の場合、素早く回転する性能(ロールレート)が低下します。ウイングレットは翼端を上へ折り曲げることにより、翼端を延長したのと同じ効果を得られるもので、誘導抗力を少なくし、速度性能が向上するのです。
今年からラム選手に続き、ホール選手も愛機MXS-Rに大きなウイングレットを装着。これについてインタビューしてみました。
――このウイングレットですが、やはり誘導抗力減少を狙って?
「その通り。抗力はできる限りゼロにしたいからね。特にシケインで(連続して翼を傾けると)誘導抗力によって速度が低下する。その速度低下をこのウイングレットは少なくしてくれるんだ。今年から装着したばかりで、まだ慣れてない面もあるんだけど、早く自分のものにしたいね」
一方、ラム選手はウイングレットの効果について
「誘導抗力の減少ももちろんだけど、何よりカッコいいだろう? ライバルに対する心理的効果もあると思ってるんだ(笑)」
とも語っています。
ドイツのマティアス・ドルダラー選手も、エッジ540V3にウイングレットと同様の効果を発揮する、ウイングチップフェンスを装着しています。
――このウイングチップフェンスですが、誘導抗力対策ですか?
「そうだけど、効果は微々たるものかもしれないなぁ……。でも、ないよりはあった方が性能は向上してるからね」
――ラム選手やホール選手のようなウイングレットにしなかったのは何故?
「構造上の問題でね。MXS-Rに較べると、僕のエッジ540はウイングレットが装着できるほど、翼が丈夫じゃないんだ」
しかしドルダラー選手、写真を撮るたびに思うのですが、イケメン。日本でファンが増えるんじゃないでしょうか。
さて、機体にはレース用に様々なものが装着されています。例えば、競技中に飛行機の航跡が判るようになっているスモーク発生装置。排気管近くに設置され、パラフィン系のオイルを噴射して排気熱で白い煙が発生する仕組み。航空自衛隊のブルーインパルスやアメリカ空軍のサンダーバーズ、アメリカ海軍のブルーエンジェルスと同じ仕組みです(オイルの組成はブルーエンジェルスのものとほぼ同じ)。レース中にスモークを出さないと1秒のペナルティが加算されます。
また、コクピットキャノピーの手前と後ろにはGPSアンテナがついており、これで対地速度(GS)を測定しています。レースの速度制限である200ノット(時速約370km)は、飛行機で通常使われる対気速度ではなく対地速度なので、ピトー管ではなくGPSで測定するのです。
垂直尾翼とコクピット内部には小型カメラ(GARMIN社のVIRB)がついており、レース観戦に大切な映像を提供しています。
これからレッドブル・エアレースをテレビやネットで観戦する際には、これらのことを知っておくと、より楽しめるはずです。
※続編「日本初開催! レッドブル・エアレース千葉大会(土曜日・予選編)」は5月22日に掲載します。
(取材:咲村珠樹)