レッドブル・エアレース2019年シーズンの開幕戦、アブダビ大会が現地時間の2月8日(予選)・9日(決勝)に行われ、2017年のワールドチャンピオン室屋義秀選手が予選と決勝の双方を制する「完全勝利」で、王座奪還に向け最高のスタートを切りました。(見出し写真:Andreas Schaad/Red Bull Content Pool)

■アブダビで12回連続の開幕戦

 国際航空連盟(FAI)認定の世界選手権となった2005年シーズンから開幕戦での開催が続き、レッドブル・エアレース開幕戦の舞台として完全に定着したUAE(アラブ首長国連邦)の首都アブダビ。UAEを構成する7つの首長国のうち、最大の面積(UAE全体の約8割)を占めるアブダビ首長国の首都でもある港湾都市です。


 2019年のレーストラックは、2018年と基本的に同じレイアウト。しかしバーティカルターン(VTM)を行うゲート3の位置がシケイン(ゲート2)側に移動され、シケインからほぼ真っ直ぐに入っていけるようになりました。

2019アブダビ大会のレーストラック(画像:Red Bull Media House GmbH/Red Bull Content Pool)


 ポイントとなるのはこのバーティカルターンと、反対側の180度ターン。 バーティカルターンでオーバーGに気をつけるのはもちろん、頂点から下降してうまく加速し、その運動エネルギーを失わないように180度ターンする必要があります。ここでうまくGをかけすぎずに回れるかというのが重要。そしてゲート7(2周目では14)で一旦飛行姿勢を水平に戻し、再度ターンを行う形になるので、ゲート7(14)でのインコレクトレベルとパイロンヒットに気をつけなくてはなりません。次のゲート8(フィニッシュゲート)へいい角度で入ろうとすると、ゲート7ではなるべく外側から入る形になるので、ここでの進入角が若干きつくなるのです。

 フリープラクティスで特徴的な動きを見せていたのが、マティアス・ドルダラー選手。ゲート3でのバーティカルターンで斜めに上がり、高さを抑えて速度(運動エネルギー)を維持したまま方向転換する「シャンデル」という機動を試していました。2018年も同じ動きを見せていたのですが、室屋選手によると「ああやって高さを抑えて回った方が計算上は速くなるんだけど、操縦操作が忙しくなって失敗するリスクも高くなる」とのこと。縦だけでなく横方向の動きも必要なので、瞬間的にバランスをとって目論見通りの動きができるかというのはちょっとリスキーなようです。


 結局、ドルダラー選手は失敗してタイムを失うリスクを考えたか、このターンを予選や決勝で使うことはありませんでした。逆にフランソワ・ルボット選手がこのターンを使ってバーティカルターンでのタイムを稼いでいましたが、反対側のセクションタイムで後れをとっていたことから察すると、少しエネルギーを失っていたようです。失敗するリスクと短縮できるタイムとの兼ね合いで、各パイロットは攻略法を選択していることがよく判ります。

■緩和されたオーバーGルールと身体感覚

 2019年シーズンのルールで、大きく変わった部分は2つ。予選上位の選手にポイントが与えられるルールの復活と、オーバーGのシンプル化(緩和)です。2010年シーズンまで、予選でトップの選手には1ポイントが与えられていましたが、再開した2014年からはこの制度がなくなっていました。それを予選上位3名に順位に応じ、3~1ポイントを与える形で復活しました。これにより、予選が単なる「組み合わせ抽選」から脱し、各選手がよりプッシュした形でのタイムアタックが繰り広げられることになりそうです。

 各パイロットにとって良くも悪くも大きい変更が、オーバーGルールの緩和でした。これまでは基準の10Gを境に、それ以上のGを0.6秒以上記録すると2秒のペナルティ、12Gを超えるとDNFというルールでしたが、11Gを超えると1秒のペナルティ、12Gを超えるとDNFとなります。各パイロットは計器でGを確認して対応するのでは間に合わないため、身体で「10Gを超えても0.6秒以内」というものを覚えて対処していました。この身体感覚をパイロットたちは「マッスルメモリー」と呼んでいるのですが、これを「11Gはこれくらいの感じ」という具合にすぐ更新できるかは人それぞれ。10Gと11Gは、操縦桿の操作にしてほんの数ミリの違いなので、開幕戦では早く慣れて修正できるかが勝負の分かれ目となりました。

■予選トップは室屋選手

 イスラム教では日曜が「安息日」となっているため、アブダビ大会では金曜に予選、土曜に決勝という通常より1日前倒しのスケジュール。予選では各選手が操縦時の感覚を修正しきれずオーバーGを犯したり、逆に11Gまで攻めきれずにタイムが伸びなかったりする中、室屋義秀選手は見事に対応。フリープラクティスから53秒台のタイムを揃え、53秒024でトップに立ちました。

 2位に入ったのは、予選での速さに定評のあるピート・マクロード選手で53秒240。3位には2018年アブダビ大会の覇者、マイケル・グーリアン選手で53秒400。4位には53秒524で2018年のワールドチャンピオン、マルティン・ソンカ選手。

 新ルールにより、予選トップの室屋選手には3ポイント、3位のグーリアン選手には1ポイントが与えられました。しかし予選2位に入ったマクロード選手は、エンジンの点火タイミングに不具合があり、規定の値を満たしていなかったとして、予選順位はそのままながら、ポイントが与えられませんでした。これは2018年アブダビ大会の決勝でソンカ選手がDQ(失格)になったのと同じ現象です。エンジンの点火タイミングを制御するマグネトーという部品が、何らかの原因で動いてしまい、点火タイミングが規定の範囲から一時的にずれてしまったことによるものでした。

■「魔のゲート7」とオーバーGに翻弄される決勝

 予選と風の向きが全く変わった決勝。この風が特に180度ターンの前半部分、ゲート6(13)からゲート7(14)へ向かうターンの難易度を上げました。

 ラウンド・オブ14最初のミカ・ブラジョー選手とマティアス・ドルダラー選手の対戦は、ブラジョー選手が1周目のゲート7、ドルダラー選手が2周目の同じゲート(ゲート14)でインコレクトレベルの2秒ペナルティを喫する展開。ブラジョー選手55秒639、ドルダラー選手は0秒084差の56秒443でブラジョー選手の勝利となりました。

 これを皮切りに、ゲート7(2周目のゲート14)ではインコレクトレベルが続出。ヒート3でのルボット選手(ゲート14)、ヒート4でのペトル・コプシュタイン選手(ゲート14)、ヒート5でのマット・ホール選手(ゲート7)とベン.マーフィー選手(ゲート7、ほかにゲート6のオーバーGで1秒ペナルティ)、ヒート6のマクロード選手(ゲート7)が次々とインコレクトレベルで2秒ネナルティを喫しました。このほか、ヒート3でルボット選手と対戦したベラルデ選手は、飛行中スモークスイッチに触れてしまう操作ミスで途中からスモークが出なくなり、1秒のペナルティを受けています。

 唯一、両者ともペナルティなしの対戦となったヒート7でニコラ・イワノフ選手と対戦した室屋選手は、先攻のイワノフ選手が54秒705だったことを受けて、安全性を重視したフライトで54秒100をマーク。悠々とラウンド・オブ8に進みました。イワノフ選手もノーペナルティだったことが功を奏し、敗者中最速のファステストルーザーとしてラウンド・オブ8進出を決めています。

 開幕戦ならではの「荒れた展開」は、ラウンド・オブ8に入っても健在。こんどはバーティカルターンに入るゲート3でのペナルティが目立ちました。

 ヒート8では、イワノフ選手の55秒375を受けてスタートしたカービー・チャンブリス選手が、ゲート3でほんのわずか早くバーティカルターンを始めてしまい、インコレクトレベル(クライミング・イン・ザ・ゲート)で2秒ペナルティ。懸命に挽回したものの、0秒966届かない56秒341で敗退しました。レース直後のインタビューでチャンブリス選手は「ペナルティのコールがあって驚いたが、ビデオを確認したところ、15分の1秒だけバーティカルターンのタイミングが早く、クライミング・イン・ザ・ゲートになってしまっていた。ラウンド・オブ14と同じ感じで飛んだつもりだったが……」と悔しさをあらわにしていました。

 ヒート9で室屋選手と対戦したスペインのフアン・ベラルデ選手は、ゲート7でわずかに姿勢を水平に戻しきれずインコレクトレベルの2秒ペナルティ。続いて飛んだ室屋選手はその2秒の余裕もあり、ノーミスの53秒904でファイナル4進出を決めました。

 ヒート10でグーリアン選手と対戦したフランスのブラジョー選手は、フライト前「目一杯プッシュしてグーリアン選手にプレッシャーをかける」としていましたが、バーティカルターンのゲート3で11.2Gを記録し1秒のペナルティ。さらにスタート直後から切れ切れになっていたスモークが、このバーティカルターンで完全に出なくなってしまい、さらに1秒ペナルティを受けてしまいました。レース後ブラジョー選手が「ほんのわずかなポイント2つだったけど、これが高くついた」と振り返った通り、グーリアン選手はミスなく54秒859をマーク。ペナルティ抜きならブラジョー選手の方が速かっただけに残念でした。

 ラウンド・オブ8最後の対戦は、2018年のワールドチャンピオン、ソンカ選手と年間2位のマット・ホール選手が直接対決することで注目を集めました。先に飛んだホール選手は出だし好調ながら、2回目のバーティカルターン頂点で失速(ストール)。ここで大きくエネルギー(速度プラス高度)を失ったホール選手は、残りのセクションもタイムを落とし、ペナルティはないものの54秒760と平凡なタイムに終わってしまいます。ソンカ選手もゲート3で11.37Gをマークして1秒のペナルティを受けてしまいますが、それでもホール選手を0秒256しのぐ54秒504。ソンカ選手が辛くもファイナル4進出を決めました。

 ホール選手はレース後「エンジンの6つあるシリンダーのうち、1本だけほかよりも20%熱が高くなるトラブルが発生し、異常な振動も発生していた」と告白。メーカーであるライカミングの技術者とともに対処に当たったそうですが、状況は完全には改善しなかったといいます。このためペースを抑えざるをえなかったようで、2回目のバーティカルターンで失速したのもそれが原因のようです。第2戦までの期間にエンジンをアメリカのライカミング本社に送り、オーバーホールする予定だと語っていました。

■室屋「完全勝利」で28ポイント獲得

 ファイナル4が始まる直前、最初に飛ぶ予定だったイワノフ選手のレース機にエンジン関係の不調が襲います。燃料がうまくエンジンに送られないようで、スターターを回しても、エンジンがかからなくなったのです。このため、イワノフ選手はレースを棄権。DNSとなり、自動的に4位となりました。「2016年には優勝し、去年はパイロンヒットで機体を壊してチャレンジャークラスのレース機を借り、そして今年は表彰台を目前にしながら、燃料ポンプのトラブルで飛べなくなる……どうもアブダビとは色々な縁があるみたいだ」とレース後に談話を残したイワノフ選手。「でも開幕戦で4位というのは、上々の立ち上がりといっていいんじゃないかな」と前向きなコメントも聞かれました。

 イワノフ選手の棄権により、残る室屋選手、グーリアン選手、ソンカ選手(飛行順)は表彰台は確実な状況。問題はどの位置に立つかです。

 まずは室屋選手が53秒780のタイムをマーク。続くグーリアン選手は0秒229届かない54秒009。室屋選手が2位以上を確定してレースエアポートに着陸したところで、最後のソンカ選手がスタートしました。

 最初のバーティカルターンを終えての区間タイムは、室屋選手(15秒148)より0秒070速い15秒078をマークしたソンカ選手。1周目終了時も26秒381と、室屋選手をわずか0秒005しのぐタイムで2周目に入りました。しかしシケインを抜けて2回目のバーティカルターンを終えた時点で42秒010と、今度は室屋選手から0秒212後れをとります。

 180度ターンで速さを見せるソンカ選手。ゲート14からゴールゲートへのラインで室屋選手より内を突き、タイムを挽回しますがタイムは53秒783。わずか0秒003、距離にして30cmほど室屋選手に届きませんでした。

 レースエアポートに戻ってキャノピーを開けたところで、中継のカメラマンから勝利を聞かされた室屋選手はガッツポーズ。チームコーディネーターのロバート・フライさん、そして福島から帯同したテクニシャンの及川さんと固く握手を交わし、タクティシャンのベンジャミン・フリーラブさんとハグを交わしました。


 予選トップの3ポイントと決勝1位の25ポイント、合わせて28ポイントを総取りした室屋選手。レースを終え「予選から風の向きが180度変わり、そのためにゲート7の難度が上がってみんな苦労していたけれども、その中で勝って、最大限のポイントを取れたのは大きい。フリープラクティスからずっと安定して飛べていただけに、本当に良かったと思う」と語りました。

 わずか0秒003差で勝利を逃したソンカ選手は「去年のウィーナー・ノイシュタット大会に続いて、また僅差での勝負になったね。あの時は運良く僕が勝ったけれども、今日はヨシの方が上回ったということじゃないかな。しかしいい勝負だった。家に帰ってレース映像を見て楽しむことにするよ」と、見応えのあるファイナル4を振り返っていました。


 室屋選手が予選と合わせて28ポイントを獲得し、王座奪還に向けて幸先の良いスタートを切った2019年のレッドブル・エアレース。しかしヨーロッパで行われる予定の第2戦の日程と場所については、2019年2月18日現在も発表されていません。第3戦のカザン大会が6月15日・16日に予定されているので、3月から5月末までのいずれかの週末で開催されることを目指して、最終的な調整が行われているものと思われます。各選手ともレース機の調整スケジュールを決めかねる状況でしょう。

 そんな中、カービー・チャンブリス選手は、3月中旬から4月初旬まで3週連続でエアショウのスケジュールが入っており、その後5月の第1週と第2週にもエアショウに出演予定となっています。これを考えると、3月中の開催であればすでに発表されているはずですし、有力な開催日程は4月中旬から5月後半なのかもしれません。はたして第2戦の開催はどこで、いつになるのか。少しの間、カレンダーを見ながらそわそわすることになりそうです。

レッドブル・エアレース第1戦 アブダビ大会 結果

1位 室屋義秀 28ポイント(3+25)
2位 マルティン・ソンカ 22ポイント
3位 マイケル・グーリアン 21ポイント(1+20)
4位 ニコラ・イワノフ 18ポイント
5位 マット・ホール 14ポイント
6位 フアン・ベラルデ 13ポイント
7位 ミカ・ブラジョー 12ポイント
8位 カービー・チャンブリス 11ポイント
9位 ピート・マクロード 5ポイント(0+5)
10位 ペトル・コプシュタイン 4ポイント
11位 マティアス・ドルダラー 3ポイント
12位 フランソワ・ルボット 2ポイント
13位 ベン・マーフィー 1ポイント
14位 クリスチャン・ボルトン 0ポイント

Image:Red Bull Media House GmbH、Andreas Schaad、Predrag Vuckovic、Joerg Mitter/Red Bull Content Pool

(咲村珠樹)