年末年始は田舎で家族や親せきと正月を楽しみ、正月ならではの遊びをする……日本の風景ですが、365日24時間休めない命を預かる現場では、誰かが年末年始も命を守るために働いています。そんな中の一つ、入院・入所施設も年末年始関係なく働いているのです。

■ 総合病院の年末年始はどんな感じ?

 いくつもの病棟がある総合病院。もちろん外来は年末年始にあわせてお休みとなりますが、病棟では入院中の患者さんが年の瀬正月関係なく過ごしています。症状が軽く、1泊から3泊くらいまでの外泊の許可をもらえる軽症な患者さんから、三途の川の手前にいる患者さんまで、容体はそれぞれ。

 外泊の許可が出ていて、年越しを家族と一緒に過ごしたいという患者さんは、外泊届を書いてもらい年越しを家族と過ごす人がほとんど。しかし、家族の方が受け入れられる状態ではない場合もあったり、状態的に安定していても外泊先でいつ急変するか分からないような人など、帰るに帰れない患者さんも。

 病棟によっては年末年始に却って忙しくなったり、逆に外泊だらけでがらーんとしたり、それこそ色々。循環器科や呼吸器科は年末にドドッと入院が増えたりするところもあるようですが、整形外科だとギプスのせいでまだ退院は難しいけど、骨折部に負荷をかけないように注意して外泊を許可するケースもままあります。

■ 若いナースほど年末年始は働きたがる?

 子どもがいると、夜勤込みフルタイムでの勤務は他の家族の支援がないととても難しいものがあります。父親が子どもと良好な関係で、子どももある程度大きくなれば、祖父母の支援がなくなっても夜勤ができるナースもいますが、核家族で子どもができたら去っていく人も多いのが医療の職場。看護師の免許は持っていても持ち腐れにしている人、ホント多いんですよ……。

 そして、妻や母という立場になれば、親族が遠い場合などどうしても双方の実家に年始の挨拶に旅行状態で行くなどということにもなります。これはこれで大変なのですが、その家庭持ちナースの救世主が、年末年始もバリバリ仕事するぜ!な独身ナースたち。

 年末年始手当は結構おいしい額がもらえるのもありますが、それぞれ、年末年始に働きたいという事情がありました。筆者こと私がナースとして病棟勤務時代、そんな年末年始の救世主たちが何人かいましたので、いくつか紹介してみます

● ケース1:ただ年末年始手当が欲しい人

 実家とあまり仲が良くない同僚Aがこのタイプ。

 「実家に帰るなんてないわー、それなら稼いだ方がナンボか楽!」と宣言し、積極的にシフト希望表に勤務しますと書き込んでいく猛者。ただし彼氏もいないので、大晦日の夜勤明けにちょっといいお酒を「お屠蘇」と称して独りでおせち風のおつまみで乾杯していた……と。

 病棟では別に普通にコミュニケーションも取れて患者さんの検温や症状の変化の把握など、問題なく仕事ができる彼女は、実はお一人様大好き人間。夜勤明けの吉牛朝定食も臆することなく行ける人。自立度が強かったのでこのまま独身バリキャリコース直行。

● ケース2:実家が田舎過ぎて帰ると面倒しか待っていない人~Bさんの場合~

 当時名古屋の総合病院に勤めてた人の中には、ちょいちょい九州出身の人か混じっていました。戦後の集団就職で九州から名古屋に、という流れが昔からあったようですが、私の世代(現在のアラフォー世代)でも、先輩からの就職斡旋のつながりでもあるのかは不明ですが、そんな人が何人かいました。

 同僚Bさんもその一人。Bさん曰く、「3年目までは帰ってたけど、もうやだ」。田舎にありがちな、旧家に全親戚一同が会して女性はひたすら正月支度、男性は力仕事だけさっさと終わらせてあとは酒飲んで「つまみ持ってこーい!」……そんなところへ、「看護師」の肩書きを持って帰省すると、大体始まる不健康自慢大会。

 何で年取ってくると健康自慢よりも病気の数を競うようになるのか……?で、Bさんに寄ってたかって健康アドバイスを求めるも、新人の頃は看護師業務にも一通り慣れてきて話を聞くのもスキルを磨くうち……と、一人ひとり聞いていたそうです。が!2年目、3年目もそれが続くとさすがに嫌気がさしてくるのは誰も責められまい……。

 そりゃアドバイスの意味もない上に毎年同じ話では帰る気も失せるというものです。「親孝行がしたいだけなんだけどねぇ」と愚痴るBさん。「自分の心を守る方が優先だよ」、と帰省事情を相談した主任の温かい言葉に、「私の人生は親戚に搾取されるためじゃない!」とBさん覚醒。それ以降、毎年年末年始以外に数日連休を取って帰省するようになったら親戚に絡まれなくなった分、めちゃくちゃ楽になった!と笑顔で年末年始の仕事にいそしんでいました。

● ケース3:実家が田舎過ぎて帰ると(以下略)~Cさんの場合~

 Cさんの家は、超田舎の旧家。Cさん自身は仕事、恋愛ともに充実しまくり、それなりに楽しく過ごしていました。しかし旧家にありがちな「あなたに相応の人を紹介しますから」が毎年の帰省のたびに発生。いわゆる、御家につりあった人とお見合いしなさい、というやつ。

 いつの昭和だよ!と話を聞いて思わずつぶやいてしまった私、Cさんにものすごい勢いで「でしょでしょ!!今どきあり得なさすぎでしょ!!!」と同意を求められてしまう始末。病棟の忘年会での席だったので、お酒の勢いもあってその形相、鬼気迫るものと哀愁が混じり合った何とも形容できない形相に。しかも、恋愛進行中。お相手は学生時代に知り合った人で遠距離恋愛。

 結婚も視野に入れている状態だけど、両親祖父母が一人っ子のCさんを離そうとするわけもなく……。「よく名古屋に就職で出てこれたね」とたずねてみると、「旧家を継ぐには社会勉強も必要かと思うので、ここよりもっと大きな都市で勉強をしたい」と、当時の国立病院の付属看護学校(現国立病院機構附属看護学校)に志願。国立で、しかも寮があるのでここで勉強したいと一世一代の駄々をこねた……この家から逃げ出すために、と、哀愁のCさん。

 両親も、ここ(旧家地方)よりも都会の国立付属となれば箔が付くと渋々ながらも了承したのが、Cさんの自由への扉を開いたのでした。その後、Cさんは無事に東京の彼氏の元へと(駆け落ち状態のまま)嫁いでいったのでした。そろそろ和解できているといいなぁ……。

 私が病棟時代で出会った、ややこしい内情持ちの人とは別に、実家がすぐ近所過ぎで一応独身寮で自活しているけど、大晦日の深夜勤務が終わったらそのまま実家に帰って「あけおめー!おせちー!雑煮ー!お屠蘇ー!おやすみなさーい」という羨ましい人も。そりゃいくらでも年末年始仕事入れられるわ。

 実家が転勤族の私、とりあえずややこしい事情もないし、一応帰省しても私含むきょうだい3人が寝泊まりできる、両親が住むところ=実家だったので、実家の事情って人それぞれ過ぎるにも程があるな……、と思いつつ、そんな事情持ちの彼女たちに年末年始を託したのでした。

 もし、これを読んだ人の中で、入院している人や入院してしまうことがありえる人は、年末年始でもニコニコとしながらご飯を運んできても、緊急入院を受けたり急変患者さんの処置をしたり走り回っているナースが検温に来ても、あまり野暮なことは聞かないであげてくださいね……。

(梓川みいな/正看護師)