かつてのMH2000A「科学技術週間」に合わせて4月20日、JAXA調布航空宇宙センター(東京都調布市)が一般公開されました。JAXAといえば「宇宙」を想像することが多いのですが、あまり知られていない航空部門(航空本部)の様子を知る貴重な機会です。

調布航空宇宙センターの前身は、1955(昭和30)年に設立された科学技術庁所管の航空宇宙技術研究所(NAL)。JAXA発足後は航空部門の中心となり、現在はJAXAの本社機能と研究開発本部・航空本部が置かれています。日本最大級の規模を誇る、風洞をはじめとした試験設備が揃う航空技術研究の重要施設です。

【関連:第40回 航空機じゃない!? 知られざる無人機の世界】

調布航空宇宙センター公開

NAL時代に開発協力したYS-11のコクピット部もあり、来場した子供に大人気。年配の方も懐かしさから見学していましたね。これは国土交通省航空局の飛行点検機だったJA8720(製造番号2047)の頭部。航空局内では「にーまる」という愛称で親しまれた機体です。

YS-11コクピット公開

ここのウリは、やはり多種多様な風洞群。様々な速度域、温度域や大きさの風洞が揃っており、様々な航空機開発に利用されています。

風洞群の紹介 JAXAの開発・運用への寄与

中でも6.5m×5.5m低速風洞は日本最大の規模。驚くなかれ、建物のように見える外観が全て風洞なんです。

低速風洞外観

計測部はビルのような大きさ。とにかく巨大さに圧倒されます。ここで様々な試験が行われてきましたが、中には海上自衛隊で使用されている救難飛行艇US-2を消防飛行艇に改修し、上空から放水した場合どのように水が散布されるか、という試験も。実際に放水を重ねながら開発するのは大変ですから、まずこのような風洞で試験を重ねる訳です。

低速風洞
低速風洞内部 風洞放水試験パネル

他にも超音速風洞では、荷重センサを使って「指定された圧力を上手に試験モデルに加える」ゲームを実施。力加減が微妙で、なかなかピッタリにはできないものです。

荷重センサを使ったゲーム

ところで、風洞試験モデルに触れるのはこれが唯一。ゲームだからみんなペタペタ触っていますが、実は最低でも車1台分、高いものでは数千万円もする高価なもの。縮小モデルの為、わずかな誤差が実機の大きさになるとものすごい影響を及ぼすので高い加工精度が要求され、1点ものということもあり、どうしても高くついてしまうんですね。

各種風洞試験モデル

風洞試験モデルの製作が高価な為、現在ではスーパーコンピュータを使った数値シミュレーションも多く使われています。ここである程度詳細な形を決めておき、モデル製作の点数を減らしつつ、実際の風洞試験で実証していく作業も増えているのですが、両者を融合したシステムがデジタル/アナログ・ハイブリッド風洞(DAHWIN)。今回初公開のシステムです。しかも試験データはコンピュータ上で一括管理しており、アクセス権を持つ人であれば、どこからでもデータを取得することができます。試験のたびに技術者が出張する必要が無くなり、時間が有効活用されるという効果も。

デジタル/アナログ・ハイブリッド風洞

NAL設立当初の1960(昭和35)年に完成した遷音速風洞は、非常に多くの航空機開発に使用されてきました。一般公開の時は、現在試作1号機が最終組み立て段階に入っている国産旅客機、三菱MRJの試験モデルが入っていたのですが、企業秘密なので撮影は禁止。

遷音速風洞

この他、現在国際宇宙ステーションへの無人補給機として使用している「こうのとり(HTV)」に帰還カプセルを付けたHTV-Rの研究開発が進められており、マッハ10の気流を作る極超音速風洞や、マッハ4までの気流を作る超音速風洞では、帰還カプセルの試験モデルがさりげなく展示されていました。また、数千度もの高温の気流を作り出し、大気圏再突入時の状況を再現するアーク加熱風洞・誘導プラズマ加熱風洞も、HTV-Rに使用する断熱(耐熱)素材の開発などに使われています。

極超音速風洞用HTV-Rモデル HTV-Rの超音速風洞用モデル
750kWアーク加熱風洞 アブレータ供試体

次世代航空機の開発も進められています。機体に垂直上昇用のファン(リフトファン)を内蔵した垂直離着陸機(VTOL)「ホルニッセ(HORNISSE)」の開発に使われる小型の試験機が2種類(60cm級・2m級)展示され、実際に動かしてみることができました。

リフトファン式VTOL60cm級試験機 リフトファン式VTOL2m級試験機

60cm級で胴体後部に搭載された推進用ファンの位置が、2m級で翼端に移動したのは、ホバリング時に於ける水平左右方向(ヨー)の制御能力がヘリコプターの10分の1だった為、より回転しやすいよう改良した結果だとか。結果的に、ファンの後ろに機体の左右方向の傾き(ロール)を制御する補助翼を設置することができ、通常なら反応が悪くなる低速でも良好な操縦性が実現できたそうですよ。リフトファン式VTOLは垂直離着陸用と水平飛行用の推力が分離しているので、推力の向きを変更する他の方式と違って、垂直飛行から水平飛行に移る際の不安定な状態が存在しないのが大きなメリット。2025年からは人が乗るタイプの機体を開発する予定だそうです。

リフトファン式VTOL試験機想像図

また、これも初公開となったのが、直径15cmほど、全長60cmほどという世界最小級のターボファンジェットエンジン「NE-2013」。デンマーク製の模型用ジェットエンジン、SimJet3000を改造し、圧縮機の前にファンを設置、そして1段だったタービンを2段にして、1軸式から2軸式にしたというもの。推力も増強されています。3Dプリンタで出力した構造モデルも一緒に展示されていました。

NE-2013エンジン NE-2013構造モデル

こんなに小さなエンジンを作る理由は、安定したデータを得る為に使用する、高高度や速い速度での環境を再現する設備は大きさに限界があるので、それなりに小さなエンジンを用意する必要があるから。基礎研究として、様々な形状・材質のファンを試験するのにも、小さい方がコストがかからないという理由もあります。

マッハ5を超える極超音速旅客機の研究も進められており、その動力となる水素を燃料とした極超音速ジェットエンジンの試験機も展示。2013年には、マッハ4の速度で推進力を得る実験にも成功しています。

極超音速ジェットエンジン

調布飛行場に隣接する飛行場分室では、実験用航空機と素材研究の展示。一見目立たなくて来場者が気付かず、開発に携わった研究者が残念がっていたのが、日本原子力開発機構(JAEA)と共同開発した、無人放射線モニタリング無人機システム(UARMS)。福島第一原発事故の放射線調査にも力を発揮するものとして期待されている無人機で、2014年1月には福島県浪江町で本格的飛行試験を実施しました。これも今回が一般初公開。最大20時間連続して空中からの放射線モニタリングが可能で、搭載した検出器は飛行機の飛行高度(最大250m)から観測しても地上1mの観測データが得られるというもの。

放射線モニタリング無人機システム 無人機搭載用放射線検出器

大きなものでは、飛行試験に用いられる実験機ドルニエDo-228「MuPAL-α」。公開が予定されていた次世代航空機運航システム「DREAMS」の技術実証機(ビーチクラフト・ボナンザ)は、宮崎での定期点検が終了せず、残念ながらありませんでした。他にもここには、初の純国産ヘリコプターである三菱MH2000Aの唯一の現役機があったのですが、残念ながら2013年に退役してしまい、ちょっと格納庫は寂しい風景に。

実験用航空機Do228 かつてのMH2000A

素材研究では、カーボンナノチューブ(CNT)を用いた複合材料が初公開。通常の炭素繊維複合材に較べて、剛性が大幅にアップしているそうです。まだ引っぱり強度が弱く、それを克服するのが課題とか。

カーボンナノチューブ複合材料

飛行場分室で人気だったのは、フライトシミュレータ。飛行機用のフライトシミュレータは、航空会社の乗務員訓練に使われているのと同じもの。ただし、通常のシミュレータは操縦訓練に使われますが、こちらの場合は実験用航空機を使用した各種実験の前に、機体がどのような動きをするのか事前に確かめる為に使用しています。飛行特性の実験などをする為に、通常の飛行機とは違う状態で飛ばしたりするので、墜落しない為にも事前の試験が必要だということですね。ヘリコプター用のシミュレータは、会場周辺や新宿のビル街を飛行する映像が見られました。

操縦シミュレータ ヘリコプターシミュレータ

航空機開発のディープな世界を覗ける上、第一線の研究者達と直接交流できる貴重な機会。来年はぜひ、訪れてみてはいかがでしょう。

(文・写真:咲村珠樹)