全8戦中、半分の4戦を終了した2016年のレッドブル・エアレース。いよいよ8月13日・14日、イギリスのアスコット競馬場で開催される第5戦から、年間チャンピオンの行方を決める後半戦へと突入します。
レースに使われている飛行機は、共通のエンジンとプロペラを使用し、その部分の改造は許されていません。しかし、それ以外の部分については改造が可能。これにより、各パイロットは愛機に様々な改造を施しているのですが、それぞれのアプローチに違いがあり、わずか2機種(エッジ540、MXS-R)にもかかわらず、スタイリングのバリエーションは豊富です。
ここでレッドブル・エアレースをより楽しめるよう、第3戦・千葉大会時点での状態をもとに、代表的な改造のポイントと、その特徴についていくつかご紹介しましょう。
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■改造前の状態はどんな感じ?
改造の状態を紹介するには、まず「あまり改造をしていない状態」が判らないと違いが判りませんね。便宜上の基準として、まずはフランソワ・ルボット選手のエッジ540V2をご紹介します。2014年シーズンにマイケル・グーリアン選手が使用していた機体で、ルボット選手はあまり手を加えていません。原形に近い状態と言えるでしょう。
千葉で、ルボット選手は愛機について
「僕の機体は、他の選手より10ノット(時速約18km)遅い。トラックにもよるけど、タイムにして2秒から3秒弱余計にかかってしまうんだ。だから、対戦相手がミス(インコレクトレベルやパイロンヒット)でタイムロスしてくれないと勝負にならない」
と語っていました。つまり、他の選手は同じエンジン、プロペラを使用していても、機体の改造によって原形より2~3秒速くなっている、という訳です。
(第4戦のブダペスト大会から、ルボット選手は機体の改造をした為、現在は千葉の状態とは形が異なっています)
■改造のポイント
同じエンジンとプロペラを使う以上、速くするには2つのポイントがあります。
空気抵抗を小さくする
エンジンの効率を落とさない
機体の空気抵抗を減らし、また熱でエンジンの効率を落とさないよう、うまく冷却する必要があります。各パイロットはこのポイントに知恵を絞っているのです。
■ウイングレット
外観上、最も判りやすいのは、主翼の先端に付けられた小さな翼「ウイングレット」でしょう。これは翼の先端(翼端)に発生する、誘導抵抗を低減する為のものです。このウイングレットを初めて取り付けたのは、ナイジェル・ラム選手のMXS-R。2014年のことでした。この年、ラム選手は年間チャンピオンに輝きます。
翌2015年、同じMXS-Rに乗るマット・ホール選手も、大きなウイングレットを装着。ホール選手は年間を通して安定した速さを見せ、ポール・ボノム選手(2015年を最後に引退)に肉薄する年間2位になりました。
MXS-Rだけでなく、エッジ540にもウイングレットが付いています。2015年途中からピーター・ベゼネイ選手(2015年を最後に引退)が使用した機体を受け継いだマルティン・ソンカ選手。ベゼネイ選手が装着した小さめのウイングレットがついています。
マイケル・グーリアン選手のウイングレットは、ちょっと大きめ。白を基調としたカラーリングの中、紺色のウイングレットは目立つ存在ですね。
エッジ540の開発に携わった「エッジの父」、カービー・チャンブリス選手は、エッジの製造元であるジブコ社と共同開発したウイングレットを装着しています。今年、チャンブリス選手は非常に好調で、第4戦終了時点で年間ランキング3位。このウイングレットも大きな役割を果たしているのかもしれません。
2016年シーズン年間ランキング首位のマティアス・ドルダラー選手。2015年は小さい「ウイングチップフェンス」を使っていましたが、今年はウイングレットを装着。自分のナンバーである「21」とドイツ国旗のカラーリングが印象的です。
さて、このウイングレット、大きければいいという訳でもありません。大きくなれば、ウイングレットの重量が主翼に負担を与えてしまい、最悪主翼の構造材が破損します。主翼を補強しようとすると、さらに重量もかさみます。エッジ540に較べ、MXS-Rは翼の構造が丈夫なので、より大きめのウイングレットが装着できますが、エッジの方もウイングレットの軽量化に努め、少しずつ大きなものが使えるようになっています。また、大きくなれば、その分ウイングレット自体の空気抵抗(表面抵抗)も大きくなるので、大きくなりすぎると誘導抵抗の低減効果を上回る空気抵抗を生み出しかねません。ウイングレット自体の重量と空気抵抗、このさじ加減が非常に微妙で、各パイロットはそのバランスに気を使っています。
また、室屋選手は第2戦のシュピールベルク大会から、大きめのウイングチップである「レイクドウイングチップ」を装着しています。ウイングレットと同様の目的の部品ですが、誘導抵抗を減少させる効果は、室屋選手曰く「ウイングレットに較べると微々たるもので、通常のウイングチップより多少はマシかな……といった程度」とのこと。これは、2016年シーズン用に室屋選手のチームが開発した大きなウイングレットが、一旦認可されたものの、開幕直前に一転認可が取り消されたことによって使えなくなり、その代用として装着されることになったものです。
■主翼に施された工夫
2016年シーズン開幕から快進撃を続け、第4戦までに2勝して年間ランキングのトップに立っているドルダラー選手の機体をよく見てみると、主翼の前の方(主翼前縁)に、銀色のテープ状の突起物が片翼に3ヶ所ずつ、合計6ヶ所付いています。これ、取材陣やパイロットの間で話題になっているんです。
あくまで推測ですが、これは細かな渦状の気流を生み出す「ボルテックス・ジェネレータ」ではないかと筆者は考えています。同じテープ状のものは、グライダーではポピュラーな装備で、細かな渦を意図的に作り出すことで、翼の効率を良くしたり、空気抵抗を低減したりすることができます。
ドルダラー選手にとって、この銀色のテープはトップシークレットのようで、普段ハンガーではカバーに覆われています。これについて「隠してる主翼前縁のあれ、ボルテックス・ジェネレータでしょ?」と訊いても、あの気さくなドルダラー選手が「特に意味はないよ」とはぐらかしてしまうほど。ウイングレットはさらに厳重にカバーされており、この表面にも何か大きな秘密がありそうです。
細かな渦を意図的に作り出す、というものは他にもあります。胴体などは表面の空気抵抗を減らす為、ツルツルに磨きあげているのですが、補助翼のある主翼外側部分は、あえてザラザラした「シャークスキン」と呼ばれる表面仕上げにしている機体があります。ハンネス・アルヒ選手の機体はその代表例。
原理としては、かつて競泳の世界で流行した「サメ肌水着」と同じです。細かな渦を意図的に作り出すことで空気抵抗を減らし、補助翼の効きも良くすることができます。より素速く動ける訳ですね。
■キャノピーの空気抵抗を減らす工夫
胴体部分で最も大きな空気抵抗を生み出す部分といえば、操縦席のキャノピーです。大きく胴体から張り出しているので、いかにこの部分の抵抗を少なくするかが知恵の絞りどころ。シンプルな考え方としては、キャノピーの張り出しを抑える為、高さを低くすること。アルヒ選手の機体が判りやすい例で、低くなった高さに合わせて着座位置も下げています。
これをさらに一歩進め、高さだけでなく幅も狭めるパイロットもいます。一番小さいと思われるのが、室屋義秀選手。キャノピーの後ろに続く「タートルバック」と呼ばれる部分も削り、いわゆる「水滴型」という形状になっています。キャノピー前部のラインも、盛り上がるというよりは空気を「すくい上げる」といった感じ。かなり空気抵抗の低減に貢献しているように思えます。
ドルダラー選手も幅を狭めたコンパクトなキャノピーを採用しています。
低く、幅の狭いキャノピーを見ていると、パイロットはとても窮屈そうです。この点について、スリムでコンパクトなキャノピーを使っているニコラ・イワノフ選手に聞いてみると
「周りを見回したり、首を上下に動かすことについては問題ない。ただ、首を左右に傾けるとすぐにキャノピーにぶつかるね。逆に、横方向のGがかかる時、普段は首の筋力で頭を支える訳だけど、このスリムなキャノピーでは、首の筋肉の代わりにキャノピーが頭を支えてくれるから楽ではあるよ(笑)」
という答えが返ってきました。
イワノフ選手によると、小さなキャノピーの欠点は飛んでいる時よりも地上滑走時の方が目立つそうです。
「地上がデコボコしていると機体が揺れて、その度に頭がキャノピーにぶつかるんだ。舗装されていない滑走路では、頭がキャノピーにガンガン当たってかなり大変だよ」
■個性的なクーリングシステム
ウイングレット以上にバラエティに富んでいるのが、エンジン周りのクーリングシステム。レッドブル・エアレースに使われる空冷エンジンは、エンジンの周りを流れる空気によって冷却します。また、潤滑油もエンジン冷却に大きな役割を果たします。エンジン自体の改造は認められていませんが、潤滑油を冷却するオイルクーラーなど、補機に関してはある程度自由に設置場所や数などを変更することができます。
冷却効果を高める為、各チームでは様々な知恵を絞っており、それがエンジンカウル周りのデザインに現れています。エンジンカウル自体は空気抵抗を減らす為、なるべく絞り込んだ形状をしていますが、エンジン冷却用の空気を取り入れる開口部も、やはり小さくなっています。そして、エンジンルーム内には導風板が設置されており、取り入れた空気がエンジンのシリンダー上部を流れるように導いています。エンジン上に空気の流れを作り、それによってエンジン周辺の熱くなった空気を吸い出そうという発想です。
昨年までポール・ボノム選手が使っていた機体である、フアン・ベラルデ選手のエッジ540V2の場合、開口部のデザインが左右非対称。これは補機類の配置が左右対称でない為、空気の流れ方を変える必要があるからです。
さらに前面の開口部はエンジンのシリンダー冷却専用の空気取り入れ口で、カウルの下部には、オイルクーラーを冷却する為の空気取り入れダクトがあります。
なるべく多くの空気を取り入れる為に、開口部を大きくしたほうがいいんじゃないの? と思ってしまいますが、実はさにあらず。やみくもに空気の取り入れ口を大型化すると、エンジンカウル内で「空気の渋滞」が起きてしまい、空気抵抗を大きくしてしまうのです。抵抗が大きくなると結果的に空気の流量が減り、冷却効率は落ちてしまいます。これを防ぐには「熱くなった空気を素速く排出する」ことが重要。そこで多くの機体のエンジン排気口周辺は、エンジンカウルの開口部も大きくなっており、ここから熱い空気を排出しています。
ベラルデ選手の排気口周辺を見ると、エンジンカウルの部分がギザギザになっています。これはボーイング787のエンジンナセルで見られる「シェブロンノズル(シェブロンは「ギザギザ」という意味)」と同じものです。このギザギザで空気の渦を作り、エンジン排気と混ぜることで、エンジン排気の勢いを利用してエンジンカウル内部の空気排出を促進させようという目的でデザインされているようです。
一見同じように見えるレース機には、それぞれのパイロットの考え方に基づく改造により、細かな違いがあります。機体のディティールを見ながら「この部分のデザインは、どんな目的で作られているのか」と想像すると、より深くレッドブル・エアレースを楽しむことができますよ。
(文:咲村珠樹)