2019年のシリーズをもって、2003年から続く歴史を終えると5月29日(現地時間)発表された「3次元のモータースポーツ」の世界選手権、レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ。この発表を受けて、2017年のワールドチャンピオンであり、現在シーズンランキングでトップを走る日本の室屋義秀選手と、最後のレース開催地となる千葉大会を主催するレッドブル・エアレース・ジャパン実行委員会からコメントが発表されました。室屋選手は「他のことは考えず100%レースに集中していきます」と、残り3戦を戦い抜く覚悟を表明しています。

 2003年6月28日、オーストリアのシュタイアーマルク州にある、ツェルトヴェク飛行場で初めてのレースが開催されたレッドブル・エアレース。かつてサーキットとしても使用された飛行場で産声をあげたこの新しいモータースポーツは、飛行機を自在に操るエアロバティック競技のトップレベルにあるパイロットが、その持てる卓越した操縦技術をフルに発揮し、“速く”そして“美しく”飛ぶという、今までにない競技スタイルを世界にアピールしました。

 2005年からは国際航空連盟(FAI)が認定する世界選手権シリーズとなり、ヨーロッパだけでなく北アメリカ、オーストラリア、そして日本をはじめとするアジア各国を舞台に開催されてきました。日本との関わりでいえば、2009年シーズンから初のアジア人パイロットとして、福島県福島市に拠点を置く室屋義秀選手が参戦。2015年からは千葉県千葉市の幕張海浜公園を舞台に、連続してレースが開催されています。

 しかし2019年5月29日。オーストリアに本拠を置くレッドブル・エアレースから、2019年をもってシリーズを終了すること、そして残されたレースは6月15日・16日のカザン(ロシア連邦・タタールスタン共和国の首都)大会、7月13日・14日にバラトン湖で行われるハンガリー大会、そして9月7日・8日に幕張海浜公園で開催される千葉大会の3戦であることが発表されました。あまりにも突然の発表でした。

 レッドブル・エアレースは、これまでにない特殊なモータースポーツです。空気で膨らませた「パイロン」で構成されたトラックを、飛行機が高度20mほどの超低空かつ200ノット(時速約370km)という高速で飛ぶというレースの開催に向けては、開催国の航空当局との折衝を重ね、飛行許可を取り付けるところから始まります。また、レーストラック近くにはレース機を整備するハンガー(格納庫)と、離着陸する既存の飛行場か仮設の滑走路が必要。すでに用意された専用のサーキットや、ラリーなど一時的に道路の使用許可を得て開催する、車両を使ったモータースポーツとは違う開催の難しさがあるのです。

 レッドブルは、シリーズ終了を告知するリリースの中で「残念ながら、レッドブルが世界各地で開催している他のイベントと同等のレベルで、人々の関心を呼ぶことができなかった」と、継続を断念する理由の一端を明かしています。日本では2018年12月に横浜で初開催された「レッドブル・クラッシュドアイス」や、フリースタイルダイビングの一種である「レッドブル・クリフダイブ」などといったイベントは、海外で多くの関心を集めて観客動員も多いのですが、そこまでのレベルに達しなかった、という判断だったようです。

 この決定を受けて、参戦している各パイロットからもコメントが発表されています。日本の室屋義秀選手は次のようなコメントを発表しました。

 「今シーズンは全4戦に変更となったので、チャンピオンシップの年間戦略を修正しながら、現在のリーディングポジションを維持できるよう全力を尽くしていきます。9月までの短期決戦となりましたので、他のことは考えず100%レースに集中していきます。スポーツ選手とは、設定されたルールや与えられた条件の中において、その能力の限界に挑戦する存在だと考えます。その挑戦の過程により、新たな未来が創造されていくと考えています」

 また、室屋選手と同じく2009年から参戦しているオーストラリアのマット・ホール選手は「この競技が受け継がれる可能性は十分にあると思ったが残念なことになりました。(自身が参戦してきた)これまでの8シーズンで、レッドブルが航空分野のトップレベル競技において見せてくれた情熱に感謝します」とし、重ねて「2019年は残り3戦となりましたが、最後まで勝利を目指して戦い抜きます。いつもながら最大限の努力を惜しまないけれども、ライバルたちも高いプレッシャーをかけてくるでしょう。レッドブル・エアレースが終わりを迎えても、マット・ホール・レーシングは(オーストラリア)ニューカッスルにおける航空事業を継続する予定です。内容的には、エアショウやイベントにおけるオーダーメイドのディスプレイ飛行、エアロバティックや遊覧の体験飛行、そしてチャーターフライトや航空機整備事業です」と、飛び続けることを表明しています。2018年の千葉大会では、室屋選手をラウンド・オブ14で破った勢いで優勝しており、最後のレースとなる2019年の千葉大会に連覇がかかります。

 アメリカのマイケル・グーリアン選手は2006年以来、13シーズンにわたって参戦しており、2018年の千葉大会では2位になりました。「世界中のとても素晴らしい場所、そして多くの熱狂的なファンの前でレースができ、そして生涯の友たちと巡り会えたことは、間違いなく私の飛行機人生の中でのハイライトとなるものです」というコメントを発表し、アブダビでの開幕戦で3位表彰台を得ていることから、残り3戦もチャンピオン争いの先頭集団で戦い続けるために集中する、としています。

 2015年から参戦しているスペインのフアン・ベラルデ選手は、自身のFacebookで「悲しみとともにこの知らせを受け止めねばなりません。ファンやスポンサー、チームのみんなのために、残りのレースで最高の結果を残せるよう前進します」というコメントを投稿しています。

 2017年からマスタークラスに昇格し、日本にもファンの多いフランスのミカ・ブラジョー選手はチームの公式サイトで、このようにコメントしています。

「このニュースを聞いて、直前まで2020年以降もいくつかの開催地についてポジティブな兆候を感じていただけに、僕ら(11RACING)チームはショックを受け、絶望的な気持ちになりました。でも、まだ全てが終わったわけではありません!僕らは6月15日~16日にロシアのカザン、7月13日~14日にハンガリーのバラトン湖、そして9月7日~8日に日本の千葉と、3か所でレースをする機会が残されています。僕らは年齢的に最も若いチームとして2017年からマスタークラスで戦い、2018年にはブダペストで2位表彰台を獲得して、年間ランキング4位という結果で終えました。今、僕らはレッドブル・エアレースにおける動きや向上心、そして期待をこれまでと同じように持ち続けていますし、情熱とチーム力で、できる限り最高の結果を目指します。僕らはこのスポーツで全力を尽くし、残る3レースでいいタイムをトラックでマークし、チームの精神である『一歩ずつ前へ』『ポジティブに、そして熱心に』、『いいパフォーマンスを』を忘れずに戦っていきます。僕らは世界最高のパイロットやチームと一緒に、信じられないほどの準備がされた最高の都市で、そして何より僕らを応援してくれるファンたちに支えられて飛ぶことができて、ものすごくラッキーだったと思います。これは本当に素晴らしいプロジェクトですし、僕らがスポーツの未来の姿だと信じてきたものに対し、多くの人々が心血を注いできたことに感謝を捧げたいと思います。僕らと、支えてくれる国内外のスポンサーとの協力関係は続きます。なお一層のフォローのもと、エアロバティックのヨーロッパ選手権や世界選手権(2019年8月には地元フランスで世界選手権が開催され、ブラジョー選手はフランス代表チームの一員として参加予定)、そして国際エアショウのほか、いくつか準備中のプロジェクトを進めていきます」

 2018年からマスタークラスに昇格し、ルーキーながら年間ランキング7位に入る戦いぶりを見せたイギリスのベン・マーフィー選手は「エアレースが中止されるという知らせを聞き、非常にがっかりしたけれども、僕らブレーズ・レーシングチームはレッドブル・エアレースと、共に最高レベルのレースを戦ったチーム、そして世界でも最もエキサイティングなロケーションを持つ開催地に、心からありがとうと述べたいと思います。チームと僕は、これまでの18か月の時間を本当に楽しんだし、最後まで上を見つめて戦います。2019年は表彰台に登る機会があると思っていますし、そのために頑張ります」と、チームの公式サイトで談話を発表しています。また、チームのステートメントの最後には「ベン・マーフィーはブレーズ・エアロバティックチームを率いて飛び続けます。2019年以降も、ひょっとしたらまたどこかで、ブレーズ・レーシングチームが再び活動するかもしれません……」と、将来への希望も記されています。

 レッドブル・エアレースで最後の舞台となる千葉。この大会を主催するレッドブル・エアレース・ジャパン実行委員会は、今回の決定を受け、次のようなコメントを発表しています。

 「レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップのなかでも千葉大会は最大規模の動員数を誇り、多くのモータースポーツファンの興味関心を惹きつける一大イベントです。千葉大会にはさらなる可能性があったため今回の発表は非常に残念です。レッドブル・エアレース最後のレースが有終の美を飾れるようにレッドブル・エアレース・ジャパン実行委員会は邁進して参ります。皆さま是非千葉大会にお越し下さい」

 日本は特に熱心なファンが多いことで知られ、地元の室屋選手だけでなく、他のパイロット、さらには競技を支えるレースディレクター(スティーブ・ジョーンズ氏/ジム・ディマッテオ氏)や、テクニカル・ディレクター(“ジンボ”ことジム・リード氏)にもファンがサインや握手を求めるほどです。欧米に比べて自家用機を操縦する人や飛行場が少なく、旅客機や航空祭など自衛隊の広報行事以外に航空との接点がほとんどない日本で、レッドブル・エアレースがこれほどの観客を集めるのは本当にすごいこと。戦後のGHQによる航空禁止令以来、日本でようやく芽吹いたエアスポーツの文化をここで終わらせてしまうのは残念な気もします。9月に日本の千葉で行われる最後のレッドブル・エアレースまで、各パイロットのレースぶりに注目です。

<出典・引用>
レッドブル・エアレース 日本語版公式サイト
MATT HALL RACING(マット・ホール選手)
GOULIAN AEROSPORTS(マイケル・グーリアン選手)
11 RACING(ミカ・ブラジョー選手)
Blades Racing Team(ベン・マーフィー選手)
フアン・ベラルデ選手Facebookページ(@JuanVelarde26)

(咲村珠樹)