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東大前に残る文人旅館 鳳明館の建物を「文豪缶詰プラン」で堪能してみた

 旅館に泊まりながら原稿を書き、編集者にせっつかれるという「缶詰」。いかにも売れっ子作家のような感じを一般の人にも味わってもらおうと、東京・本郷にある日本旅館が特別プランを用意。せっかくなので、実際に体験してみました。前編として、建物をご紹介します。

  •  東京・本郷にある日本旅館の鳳明館(ほうめいかん)を舞台に、大作家のような気分を味わえる「文豪缶詰プラン」を企画したのは、この旅館の団体イベントの企画運営を担当している八十介(やそすけ)。かつて本郷界隈には多くの旅館が建ち並び、実際に名だたる文豪や手塚治虫といった漫画家が缶詰になって原稿を書いていたといいます。

     そこで、実際に大作家になった気分で、本物が缶詰になった旅館で制作活動をしてもらおうと、2020年3月の特定日にプランを売り出したところ予約が殺到し、1日で完売してしまったといいます。全部で3つの建物がある鳳明館ですが、今回「文豪缶詰プラン」に供されるのは、国の登録有形文化財になっている本館から少し離れた場所にある、森川別館という建物。

     名前の由来は、1965(昭和40)年に住居表示が施行される以前の町名が「森川町」だったから。かつては中山道の森川宿(街道の宿場町ではなく、江戸市中に出入りする際に牛馬を休ませる場所)が置かれた場所で、東大本郷キャンパスの正門が目と鼻の先、というロケーションです。


     鳳明館森川別館は1956(昭和31)年に建てられました。敷地はかつて、徳川四天王の1人であり、名槍「蜻蛉切」の使い手で知られる本多平八郎忠勝の下屋敷があった場所。周辺には徳田秋声や島崎藤村、宇野浩二らが住んでいました。向かいにはかつて有名な下宿「本郷館」があり、斜め向かいには1915年に建てられた東京都指定有形文化財の求道会館(設計:武田五一)があります。


     本郷界隈は、明治に加賀藩上屋敷を敷地として東京帝国大学(東京大学の前身)が開設されたことをきっかけに、全国各地から集まった学生を相手にした下宿が多く作られました。主に岐阜県出身者によって営まれた下宿は、最盛期には450軒ほどにもなったとか。

     のちに下宿屋は業態を転換して旅館となり、100軒ほどが建ち並ぶ「本郷旅館街」を形作りました。缶詰プランのモチーフとなった作家など個人客だけでなく、昭和30年代に入ると東京に修学旅行生が集まるようになり、本郷の旅館街も盛業だったといいます。

     しかし時は移り、日本旅館よりもスマートなホテルが旅行客に支持されるようになり、建物の老朽化も手伝って1軒、また1軒と旅館の火は消えていきました。現在、本郷に残る日本旅館は、鳳明館を含めわずか2軒。しかも都市計画の変更により、この地では新たに宿泊業を営めなくなっているとか。鳳明館は、本郷の記憶を今に伝える貴重な旅館なのです。

     森川別館の入り口には「鳳明出版社編集部様」「先生御一行様」の歓迎を示した看板がかかります。そう、今回のプランでは、宿泊者は「先生」、そして編集者役を務めるのは「鳳明出版社」の編集者という形なのです。

     建物に入ると、玄関の下足箱には宿泊者の名前が書かれた札が。筆者の場合は「咲村珠樹先生」、ほかの宿泊者の場合は本名か、呼ばれたいペンネームが書かれています。


     筆者が案内されたのは「千歳」という10畳のお部屋。天井は網代が編まれ、床柱には銘木があしらわれています。女将さんによると、この森川別館を建てた先々代は、コツコツ銘木を収集していて、建てる際に大工さんと相談しながら色々趣向を凝らしたのだそうです。


     長押にかけられたハンガーは「鳳明館」の名入り。年月を経て、とてもいい感じです。「本郷旅館組合」の名が入った注意書きも素敵。障子を見てみると、桟の部分がきれいに面取りされており、職人の丁寧な仕事が見てとれます。



     まだの日の高い時間に入ったので、せっかくだから館内を見て回ります。板張りの床も素敵なのですが、ところどころに銘木があしらわれているほか、竹はすべて四角い型にはめて作られる「角竹」と呼ばれるもの。


     また、壁にあしらわれた銘木の中には、水車の部品を利用したものも。丸い造形がアクセントになっていますね。

     帳場の欄間には、旅館の名前である「鳳明館」にちなんで鳳凰の透彫。柱にある扇紋は、ご主人の家紋だそうです。

     帳場の入り口は宝袋の透彫に、障子は河童の姿が。つい芥川龍之介や小川芋銭を思い出してしまいました。

     各部屋の入り口は、戸に部屋の名前があしらわれたもの。「千鳥」の間は、波に千鳥のモチーフだけでなく、鳥の字も千鳥になっています。凝ってますね。


     階下の浴場への案内にある窓には、イカやカニ、ヒラメに貝といった海の文物がモチーフに。水がいっぱいあるからでしょうか。


     清掃中ということだったのですが、無理を言って浴場の様子を見せてもらいました。「ローマ風呂」は円形の浴槽に、壁面は古代ローマの神殿を思わせるモザイクタイル画。浴槽の底には小石タイルが敷かれています。

     別の「千鳥風呂」の方は、ハート形にも見える千鳥をモチーフにした浴槽がかわいらしいですね。こちらの浴槽の底も小石タイル。こういった小さいタイルを敷きつめた浴室は、大正・昭和の時代を思わせてレトロ感たっぷりです。

     トイレの床も、細かいタイルによる幾何学模様が美しいもの。トイレによって模様の仕上げ方が異なっており、用がなくても入りたくなるような感じになります。



     先述したように、森川別館は1956(昭和31)年築の建物。この当時は修学旅行生が多く、森川別館はそれに対応するように作られたといいます。大部屋があるのもその名残。避難経路図に記された大部屋の名前は「ひので(関西地区から東京へ向かう修学旅行列車)」、「はるな(上野~小山を両毛線・高崎線経由で結んだ急行列車)」、「おおとり(昭和30年代に東京~名古屋で運転された特急列車)」、「高千穂(東京~西鹿児島(現:鹿児島中央)を日豊線経由で結んだ急行列車)」、「きりしま(東京~鹿児島を鹿児島本線経由で結んだ急行列車)」、など、当時の列車名になっています。

     修学旅行の団体客に対応するため、部屋への配膳がしやすいように、船底天井の廊下は通常より幅が広げられているのも特徴。ちょっと変わった設備では、階下の厨房に連絡するため、電話と違って手を使わずに済む「伝声管」が壁に埋め込まれています。配膳する方もお膳を両手に抱えていますし、これは良いアイデアですね。


     廊下に作られた共同の流しも、やはりタイルによる仕上げがきれい。足元は銘木と、小粒の玉石による洗い出し仕上げとなっています。


     玄関の踏み込みは那智黒洗い出し仕上げ。こちらは所々に花をかたどった石の配置がしてあり、施工した左官職人の遊び心が感じられます。


     中を見て回るだけでも、とても素敵な旅館なのですが、今回の目的は大作家になったつもりで缶詰になること。「文豪缶詰プラン」の名の通り、旅館に一歩足を踏み入れた時から「編集者に缶詰めにされた作家」となってしまうので、チェックアウトの時まで外に出ることができません。どのようなことになるのか、ちょっと楽しみです。

    ※体験篇は「原稿ができるまで出られない!東大前の旅館 鳳明館「文豪缶詰プラン」体験レポ」で紹介しています。
    ※取材に際しては、規定の宿泊料金を支払い、一般の宿泊客と同様に過ごしています。

    取材協力:鳳明館

    (取材・撮影:咲村珠樹)

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