車椅子の方を外出先で見かけることがありますが、実際の使い心地というのはどんな感じなのでしょう。興味はあるけれど、健常者が車椅子に乗っていいものか……と、少しためらいを覚える方もいるかと思います。
そんな思いに、車椅子ユーザーのはつみさんは積極的に「乗ってみます?」と体験を勧めています。乗ってくれると嬉しい、というはつみさんに話をうかがいました。
はつみさんは落下事故により脊髄を損傷、車椅子生活になりました。
昔は車椅子に乗ってみたいけれど、健常者が乗ったら「ふざけて乗るものじゃない!」と怒られるかも……という思いから乗れなかった、という思い出から、今はご自身の車椅子を健常者に体験してもらっているといいます。
■ はつみさんが快適な車椅子に出会うまで
はつみさんに、ご自身の車椅子歴をうかがうと、最初は落下事故で搬送された救急病棟の古く錆びて動きの悪い車椅子。
「人生最初の車椅子なので、それが古く動きの悪いものだとは知りませんでした」とのこと。動きにくいので、これは大変だ、これから生きていけるのかな、と思ったといいます。
続いてリハビリ病院に転院した際、脊髄損傷者用の医療用車椅子に出会います。
「リハビリにはとても良いものでしたが、重さが20kgありました」このため動くのは自由自在とはいかず、力とテクニックが必要だったと語っています。
はつみさんは退院し自宅へ戻る際、自分の扱いやすい実用的な車椅子はないかと選び、レンタルしたのがスウェーデンのストックホルムに本社を置く「パンテーラ」という会社の製品でした。
パンテーラは、事故で車椅子生活となった元レーシングライダーが「自分が乗りたい車椅子を作る」という思いからスタートした会社。カーボンファイバーなども使用し、10kgを切る軽量さと操作性の良さだけでなく、長時間快適に座れる車椅子です。
はつみさんは、パンテーラの車椅子について「手をかければスッと動く。自分の行きたい方向へ行ける、頭で考えている動作と同じ動きが可能な優秀な車椅子です」と語ります。
現在、はつみさんはパンテーラのものと、日本のOXエンジニアリング製車椅子をオーダーメイドで作ってもらい、使用しているとのこと。
OXエンジニアリングも、車椅子生活となった元レーシングライダーの石井重行さんによる自分の使いやすい車椅子作りから始まった会社で、マラソンの土屋和歌子選手やテニスの国枝慎吾選手など、数多くのパラアスリートが愛用する競技用車椅子も手がけています。
■ 健常者とも機能的な車椅子の楽しさを共有したい
機能的な車椅子は病院にない、それがもったいないと語るはつみさん。このことから「担当してくれる作業療法士さんにぜひ乗ってもらいたい、こんな動きやすい車椅子があるのなら、リハビリが嫌いな方でもリハビリが楽しいと思うのでは、と思い、皆さんに乗ってみて乗ってみてと言っていました」と、健常者に車椅子体験を勧めるようになったそうです。
医療関係者も驚いたという、軽量かつ本当に使いやすい車椅子の体験。実際に乗った人たちは笑顔になり、こんなに車椅子が楽しいものだとは、と口にするといいます。
動かし方も人それぞれだそうで「少しバランスを取るのが難しい場合、凍りついてしまい『怖い怖い』と言って固まったり、どんどんチャレンジしてクルクル回転したり、ウィリーもすぐできる方もいます」と、自分なりの楽しみ方をしているようです。
中には「自分も車椅子が欲しくなった」という方や、鏡に映った姿を見て、案外車椅子が似合うと分かってご満悦な方もいるとのこと。実際に乗ってみないと分からないことは多いようですね。
■ 車椅子は「未知の乗り物」
このように、健常者に自分の車椅子を体験してもらっているものの「障がい者の気持ちを分かってほしいという気持ちは実はありません」と、はつみさんは語ります。車椅子生活者の生活を体験してほしいというわけではなく、純粋な「乗り物」として車椅子に触れてほしいのだとか。
「電動キックボードとか、駅伝やマラソンの中継で報道の方が乗っているトライクとか、私たちの身近にあっても未知の乗り物ってありますよね。それに乗れる機会があれば、ほとんどの人が『え、いいんですか?ではちょっと』って乗ると思うんですよ。私は車椅子に乗って純粋に楽しいと思うので、皆さんと共有したいのです」
もちろん、すべての車椅子生活者が同じ気持ちとは限りません。
はつみさんは「かつての自分が車椅子の方に『乗ってみる?』って言われれば喜んで乗っただろうなと思ったので、自分が言われたかった感じで」誘っているとのこと。
「そこで乗りたくなければ全然乗らなくてもいいですし、乗って楽しいと言われると嬉しいです」とも語っています。
以前警察署に行った際、刑事さんに車椅子の積み込みを見せてほしいと言われ、披露したこともあることもあるそうです。
「私も、車椅子を車に積む動作なんて見たことなかったので『その気持ち分かるわ~』って思いました。好奇心を満たすって、とても楽しいことですものね」と、その時の体験を振り返ってくれました。
遠ざけるのではなく、興味があるならば触れて理解の助けにする、というのは重要なことのように感じます。バリアフリーと構えることなく、知らないことを知りたい、という知的好奇心からでも車椅子を体験すると、世界が変わって見えてくるかもしれません。
昔、車椅子に乗ってみたくて、でも健常者が乗ったら「ふざけて乗るものじゃない!」って怒られるかと思い乗れず。車いすユーザーになった今(もしかしてみんな乗りたいんじゃ?)と思い出して「乗ってみます?」って聞くとみんな「え、いいんですか!?」って言って乗ってくれるのでとても嬉しい。
— はつみ (@sekisonhatsumi) January 12, 2022
<記事化協力>
はつみさん(@sekisonhatsumi)
(咲村珠樹)