おたくま経済新聞

ネットでの話題を中心に、商品レビューや独自コラム、取材記事など幅広く配信中!

ワクチン誤情報で命が失われた? 東京大学などが明らかにした「もしも」の世界

 2021年、日本で新型コロナウイルス感染症により亡くなった人は、約1万4000人。もし当時、ワクチンに関する誤った情報(デマ)への対策がもっと成功していて、接種率がさらに高まっていたら──431人の命が救えたかもしれない。

 そんな驚くべき結果が、東京大学と東北大学の研究チームによる最新の分析から明らかになりました。この研究は、国際科学誌「Vaccine」のオンライン版に、5月21日付で掲載されています。

  • ■ 接種しなかった人の3人に1人が誤情報を信じていた

     新型コロナのワクチンが登場した当時、SNSやネット上では「ワクチンは危険だ」といった噂が数多く流れました。

     東京大学と東北大学の研究チームは、こうした“誤情報”が、どれほど多くの命に影響を与えた可能性があるのかを、コンピュータのシミュレーションを使って調べました。

     シミュレーションするにあたってはまず、実際の日本の感染状況やワクチン接種などの記録をもとに、「死亡者数」を予測する数理モデルの開発が行われました。数理モデルとは、現実の出来事を数字や計算式で表し、「もしこうだったら?」という未来の展開を予測するための仕組みです。

    新型コロナウイルス感染症の死亡者数を予測する数理モデル

     さらに、ワクチン接種記録システム(VRS)と、約3万人を対象とした2021年JACSISオンラインアンケート調査のデータ分析も行われました。

     その結果、2021年末時点での日本全体のワクチン接種率は83.4%と推定されました。そして、ワクチンを接種した人のうち8.5%、接種しなかった人の36.6%が、複数ある誤情報のうち少なくとも1つを信じていたそうです。

     これらのデータからは次のようなことが分かっています。

     もし、接種しないと決めていた人でも正しい情報を知り、誤情報を信じていない人と同じくらいの割合で接種するようになると、接種率は88.0%まで上がると計算されています。これは「誤情報対策がうまくいった場合」の結果です。

     逆に、ワクチンを接種するつもりだった人が誤情報を信じて接種するのをやめてしまうと、接種率は83.4%から76.6%まで下がってしまいます。これは「誤情報対策がうまくいかなかった場合」の計算です。

    ■ 情報ひとつで人の命が左右される

     研究チームでは、こうした情報から得られた想定や、「誤情報対策が現実よりうまくいった場合」と、逆に「誤情報対策が現実よりうまくいかなかった場合」という、“もしも”のシナリオを数理モデルに設定し、シミュレーションを行いました。

    ワクチン接種の反実仮想シナリオと、数理モデルへの代入

     その結果、誤情報にうまく対応して接種率が上がっていた場合には、431人の命を救うことができたと推定。一方で、対策がもっと失敗して接種率が下がっていたら亡くなる人が1020人増えていた可能性があるとしています。

    ■ 次のパンデミックに備えるために

     また、ワクチン導入のタイミングも大きな意味を持っていたことが示されました。たとえば、もしワクチン導入が3か月早く始まっていたら、7003人が助かっていた可能性があるそうです。逆に3か月遅れていたら、2万2216人がさらに命を落としていたかもしれないとのこと。

    反実仮想シミュレーションによる新型コロナウイルス感染症死亡者数の予測結果

     今回の研究は、単なる過去の分析にとどまりません。誤った情報がどれほど深刻な結果をもたらすのか、そしてワクチンをいかに早く導入することが重要かを示しました。“あのときの教訓”を、次に生かすために。今回の研究はそんなメッセージを投げかけています。

    【論文情報】
    タイトル:Impact of COVID-19 vaccination by implementation timing and coverage rate in relation to misinformation prevalence in Japan
    著者名:Yuki Furuse※, Takahiro Tabuchi (※責任著者)
    掲載誌:Vaccine(オンライン版)
    掲載日:2025年5月21日
    DOI:10.1016/j.vaccine.2025.127273.

    <参考・引用>
    東京大学「ワクチンに関する誤情報が新型コロナウイルス感染症死亡者数に与えた影響を解明
    Vaccine「Impact of COVID-19 vaccination by implementation timing and coverage rate in relation to misinformation prevalence in Japan

    あわせて読みたい関連記事
  • 愛知県、まとめサイト「JAPAN NEWS NAVI」の記事に抗議 「外国人起業家支援に19億円」は誤り
    社会, 経済

    愛知県、まとめサイト「JAPAN NEWS NAVI」の記事に抗議 「外国人起業…

  • まとめサイト「JAPAN NEWS NAVI」関連アカウント、Xで一斉凍結
    インターネット, 社会・物議

    まとめサイト「JAPAN NEWS NAVI」関連アカウント、Xで一斉凍結

  • 悪質デマ「7月から口座が使えなくなる」に注意 ゆうちょ銀行が完全否定
    インターネット, 社会・物議

    悪質デマ「7月から口座が使えなくなる」に注意 ゆうちょ銀行が完全否定

  • 拡散中の「65歳以上バス無料」は悪質なデマ 東京都などが注意喚起
    インターネット, 社会・物議

    拡散中の「65歳以上バス無料」は悪質なデマ 東京都などが注意喚起

  • SNS拡散のカギは「誰がシェアしたか」 朝日新聞社など共同研究(画像:PhotoACより)
    社会, 経済

    SNS拡散のカギは「誰がシェアしたか」 朝日新聞社など共同研究

  • 実験の様子(画像提供:国立研究開発法人情報通信研究機構)
    インターネット, サービス・テクノロジー

    VRで空飛ぶ体験をすると高所恐怖がやわらぐ NICTが研究成果を発表

  • 偽・誤情報を何らかの形で拡散した人の割合
    社会, 経済

    ネットの偽・誤情報を信じた人は約半数、拡散は4人に1人 総務省が実態調査

  • 「マスクは顔の一部」中学生の娘が水色のマスクにこだわる理由とは
    インターネット, びっくり・驚き

    「マスクは顔の一部」中学生の娘が水色のマスクにこだわる理由とは?

  • SNSで拡散された「せっけんと石けんと石鹸は違うもの」は誤り 単なる表記の揺れだった
    インターネット, 社会・物議

    SNSで拡散された「せっけんと石けんと石鹸は違うもの」は誤り

  • 1.5次避難所への避難にり災証明書は不要と強く呼び掛け
    インターネット, 社会・物議

    避難所利用に関しネットでデマ拡散→石川県が正しい情報を発信「避難所利用にり災証明…

  • おたくま編集部Editor

    記事一覧

    おたくま経済新聞・編集部による監修or執筆

    ▼こちらのライターの最新記事▼

  • 新商品「うまかっちゃん<濃厚新味 あごだしとんこつ>」
    商品・物販, 経済

    焼きあごの香ばしさと細カタ麺の共演 「うまかっちゃん<濃厚新味 あごだしとんこつ…

  • 北海道産のチーズを2種類使った秋冬限定フレーバー「かっぱえびせん 北海道Wチーズ味」
    商品・物販, 経済

    北海道産チーズのW使い!「かっぱえびせん 北海道Wチーズ味」がこの秋登場

  • クリスプ のりしおバター味
    商品・物販, 経済

    カルビー、「クリスプ のりしおバター味」発売 レアな“ホシ型クリスプ”も登場

  • 特別災害対策本部車(国土交通省)
    社会, 経済

    消防車も自衛隊車もNERVも! 防災車両がずらり「ぼうさいモーターショー2025…

  • ウィキペディアのページビュー
    インターネット, サービス・テクノロジー

    AI時代でウィキペディア苦境 人間の閲覧数8%減、財団が警鐘

  • ChatGPTが“全年齢対応AI”を卒業? アルトマン氏が語った「成人向けエロティカ解禁」方針
    インターネット, サービス・テクノロジー

    ChatGPTが“全年齢対応AI”を卒業? アルトマン氏が語った「成人向けエロテ…

  • トピックス

    1. ガシャポンの魅力&世界観を全身で体感!「ガシャポンに超夢中展2025」内覧会レポ

      ガシャポンの魅力&世界観を全身で体感!「ガシャポンに超夢中展2025」内覧会レポ

      10月31日から11月2日までの3日間、池袋・サンシャインシティにて「ガシャポンに超夢中展2025」…
    2. 缶コーヒーの「#マーク」に隠された意味 コカ・コーラ社に聞いた“色が変わる理由”

      缶コーヒーの「#マーク」に隠された意味 コカ・コーラ社に聞いた“色が変わる理由”

      徐々に寒さが増し、そろそろ温かい飲み物が恋しくなってくる季節。近ごろSNS上で、「ホットコーヒー缶に…
    3. イーロン・マスク氏、Xの不具合を報告 「フォローしている人の投稿が少ない」原因はバグだった

      イーロン・マスク氏、Xの不具合を報告 「フォローしている人の投稿が少ない」原因はバグだった

      SNS「X(旧Twitter)」のオーナーであるイーロン・マスク氏が、日本時間10月27日深夜、自身…

    編集部おすすめ

    1. 集英社、生成AIによる権利侵害へ厳正対応を表明 Sora2公開後の「類似映像大量発生」を受け

      集英社、生成AIによる権利侵害へ厳正対応を表明 Sora2公開後の「類似映像大量発生」を受け

      集英社は10月31日、生成AIを利用した権利侵害への対応について声明を発表しました。今秋、OpenAI社の生成AIサービス「Sora2」が公…
    2. 菊水産業「お菊社長」なりすましに接触 ウザ絡みして目的を探ってみた

      菊水産業「お菊社長」なりすましに接触 ウザ絡みして目的を探ってみた

      10月14日、国産つまようじ製造を手掛ける「菊水産業株式会社」の公式Xアカウントが、同社代表取締役・末延秋恵さんのなりすましアカウントが出現…
    3. 職員室を自由に物色! 体験型展示「あの職員室」が11月15日より開催

      職員室を自由に物色! 体験型展示「あの職員室」が11月15日より開催

      株式会社チョコレイト(CHOCOLATE Inc.)は、あの頃入りたくても入れなかった職員室を体験できる展示企画「あの職員室」を、11月15…
    4. カービィのエアライダー、桜井政博こだわりの「酔い対策」が話題 アクセシビリティ配慮に称賛の声

      カービィのエアライダー、桜井政博こだわりの「酔い対策」が話題 アクセシビリティ配慮に称賛の声

      2025年10月23日22時より配信されたNintendo公式番組「カービィのエアライダー Direct 2」にて、ゲームクリエイター・桜井…
    5. 「なぜ誹謗中傷は起きたのか」 にじさんじ運営が加害者心理を公表

      「なぜ誹謗中傷は起きたのか」 にじさんじ運営が加害者心理を公表

      ANYCOLOR株式会社は10月22日、所属ライバーである甲斐田晴さんをめぐる極めて悪質な誹謗中傷・荒らし行為への対応結果を、加害者側の意識…
    Xバナー facebookバナー ネット詐欺特集バナー

    提携メディア

    Yahoo!JAPAN ミクシィ エキサイトニュース ニフティニュース infoseekニュース ライブドア LINEニュース ニコニコニュース Googleニュース スマートニュース グノシー ニュースパス dメニューニュース Apple ポッドキャスト Amazon アレクサ Amazon Music spotify・ポッドキャスト