おたくま経済新聞

ネットでの話題を中心に、商品レビューや独自コラム、取材記事など幅広く配信中!

【うちの本棚】235回 海辺のカイン/樹村みのり

update:

 「うちの本棚」、今回は樹村みのりの数少ない長編作品から『海辺のカイン』をご紹介いたします。

 ジェンダー、親子関係(母娘)、同性愛(レズビアン)を扱った、早すぎた作品ですが、そのテーマはいまも新鮮であり続けています。

  • 【関連:番外編/TATSUMI】

    海辺のカイン

     『悪い子』もそうだったが、本作で扱ったテーマも社会的な関心がまだ薄かった時期で、「早すぎた」という印象がぬぐえない。また逆に言えば社会的に関心が向けられた後に、再度注目される機会が乏しいということでも残念だ。

     樹村みのりは短編の作家と言えて、長編作品は本作のほかには『母親の娘たち』がある程度だ。また本作は樹村みのりの初めての連載作品という記述も某所でみかけたが、初出で示したように連載は飛び飛びであった。樹村みのりの創作ペースを表すいい例だとも言えよう。
     本作ではジェンダー、親子関係(ここでは母娘)、同性愛(レズビアン)が描かれている。もっとも深く掘り下げられているのは母娘関係で、これは樹村みのりの作家としてのテーマといってもいいかもしれない。

     ストーリーは主に、ふたりの女性の会話によって進められる。
     海辺の町に引っ越してきた少女(とはいっても20歳前後と推定される)森 展子は母との関係にトラウマがあり、町で知り合った独り暮らしの女性(こちらはデザイナーで、30代~40代と推定される)佐野と親しくなるにつれ、自分の過去や思いを話し始める。佐野自身は早く両親を亡くしていて、展子のような母娘関係を経験していない。
    展子はまた、スカートをはけないと言い、気軽にスカートをはくことができないことに罪悪感を感じるとも言う。女らしい服装ということからジェンダーに言及しつつ、女らしい服装ができないことの原因について母娘関係へと話は進んでいく。

     冒頭では聖書からカインのエピソードを引用し、物語上もその事に言及している部分はあるにはあるが、全体としてはその事にあまりこだわっていないようにも思える。ただ、展子と佐野の会話で触れられるカインのエピソードに関する解釈が、本作のラストにも影響しているとするならば、終盤でもカインについての何らかの言及があった方がわかりやすかったのではないかと思える。正直なところ「これで終わっちゃうの?」という印象で、何か言い忘れているような気がしてしまう。これはページが足りなかったとかいうことではなく、樹村みのりが意図的にそうしたのであって読者であるこちらがその意図を汲み取れなかっただけなのだとは思うが、どうしても「何かが足りない」気がするのだ。もっともその喪失感こそが意図だったのかもしれないが…。

     講談社から単行本が刊行されたあと、17年を経てヘルスワーク協会の「樹村みのり作品集『少女編』」で再刊行されている。が、それもまた16年も前の話し。とはいえ30年以上が経っても本作のテーマが新鮮に思える現状というのはどういうものなのだろうかという気がしないでもない。

    初出:講談社「月刊mimi」昭和55年6、8、11月号、昭和56年1、3月号

    書 名/海辺のカイン
    著者名/樹村みのり
    出版元/講談社
    判 型/新書判
    定 価/370円
    シリーズ名/講談社コミックスmimi(KCmimi-969)
    初版発行日/昭和56年5月15日
    収録作品/海辺のカイン(I・海に来た少女、II・年上の女性、III・カインの記憶、IV・イニシエーション1、V・イニシエーション2)

    (文:猫目ユウ / http://suzukaze-ya.jimdo.com/

    あわせて読みたい関連記事
  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】239回 菜の花畑のむこうとこちら/樹村みのり

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】238回 ジョーン・Bの夏/樹村みのり

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】237回 カッコーの娘たち/樹村みのり

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】236回 母親の娘たち/樹村みのり

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】234回 悪い子/樹村みのり

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】233回 雨/樹村みのり

  • 星に住む人びと/樹村みのり
    コラム・レビュー

    【うちの本棚】232回 星に住む人びと/樹村みのり

  • 土井たか子グラフィティ
    コラム・レビュー

    【うちの本棚】231回 土井たか子グラフィティ/樹村みのり

  • 猫目 ユウWriter

    記事一覧

    フリーライター。ライター集団「涼風家[SUZUKAZE-YA]」の中心メンバー。
    『ニューハーフという生き方』『AV女優の裏(共著)』などの単行本あり。
    女性向けのセックス情報誌やレディースコミックを中心に「GON!」等のサブカルチャー誌にも執筆。ヲタクな記事は「comic GON!」に掲載していたほか、ブログでも漫画や映画に関する記事を掲載中。
    本コラム「うちの本棚」は作者・テーマ別にして「ブクログのパブー」から電子書籍として刊行しています。
    また最近は小説の執筆に力を入れています。
    仮想空間「Second Life」やってます^^

    ▼こちらのライターの最新記事▼

  • コラム・レビュー

    複数社から発売された『墓場鬼太郎(ゲゲゲの鬼太郎)』を振り返る

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】262回 こいきな奴ら/一条ゆかり

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】261回 ティー・タイム/一条ゆかり

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】260回 5(ファイブ)愛のルール/一条ゆかり

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】259回 デザイナー/一条ゆかり

  • コラム・レビュー

    【うちの本棚】258回 わらってクイーンベル/一条ゆかり

  • トピックス

    1. Google、ダークウェブレポートを終了 実用的な対処支援へ重点移行

      Google、ダークウェブレポートを終了 実用的な対処支援へ重点移行

      Googleは12月16日、個人情報がダークウェブ上に流出していないかを確認できる「ダークウェブ レ…
    2. Gmailを受診している画面

      Gmailの仕様変更でPOP受信が終了 自分は対象?POP利用チェック

      Gmailの仕様変更により、外部メールを取り込むPOP受信機能が2026年1月より利用できなくなりま…
    3. イベント「清水 ビー・バップ・ハイスクール 高校与太郎祭」(清水駅前銀座商店街)

      仲村トオルが清水に凱旋 映画「ビー・バップ・ハイスクール」40周年イベント開催

      映画「ビー・バップ・ハイスクール」(1985年)の劇場公開40周年を記念したイベント「清水 ビー・バ…

    編集部おすすめ

    1. 「漆黒の指輪」は実在したものの……サン宝石、カプセルトイ「中二病が疼くリング」の“誇大表現”を謝罪

      「漆黒の指輪」は実在したものの……サン宝石、カプセルトイ「中二病が疼くリング」の“誇大表現”を謝罪

      アクセサリーや雑貨の販売で知られる「サン宝石」は12月16日、同社が展開するカプセルトイ「中二病が疼くリング」について、公式サイトおよびSN…
    2. 雨や洪水の警報が変わる 新・防災気象情報、警戒レベル表示で行動判断しやすく

      雨や洪水の警報が変わる 新・防災気象情報、警戒レベル表示で行動判断しやすく

      国土交通省と気象庁は12月16日、雨や洪水などの危険を伝える「防災気象情報」について、2026年(令和8年)の大雨シーズンから新たな運用を始…
    3. コミケの名物現象がまさかのグッズ化 「食べられるコミケ雲(わたあめ)」爆誕

      コミケの名物現象がまさかのグッズ化 「食べられるコミケ雲(わたあめ)」爆誕

      夏コミ名物、会場の熱気と参加者の汗が昇華して天井付近に発生するという伝説の現象「コミケ雲」。まさかそれを口にできる日が来るとは、誰が想像した…
    4. Reactに「CVSS 10.0(最高)」の脆弱性 IPAが注意喚起

      Reactに「CVSS 10.0(最高)」の脆弱性 IPAが注意喚起

      情報処理推進機構(IPA)は12月10日、多くのウェブサービスで使われている開発技術に重大な問題が見つかり、国内でも悪用したとみられる攻撃が…
    5. ライバー事務所4社に公取委が注意 「移籍しづらい」契約に懸念

      ライバー事務所4社に公取委が注意 「移籍しづらい」契約に懸念

      ライブ配信アプリ「Pococha(ポコチャ)」で活動するライバーをサポートしている事務所4社が、所属ライバーの“退所後の活動”を不当にしばっ…
    Xバナー facebookバナー ネット詐欺特集バナー

    提携メディア

    Yahoo!JAPAN ミクシィ エキサイトニュース ニフティニュース infoseekニュース ライブドア LINEニュース ニコニコニュース Googleニュース スマートニュース グノシー ニュースパス dメニューニュース Apple ポッドキャスト Amazon アレクサ Amazon Music spotify・ポッドキャスト