今回「うちの本棚」で取り上げるのは、倉多江美の『一万十秒物語』です。
これで「うちの本棚」にある倉多作品も最後。名残はおしいですが、最後にとびきりの作品で締めくくりたいと思います。
『一万十秒物語』は、当初「花とゆめコミックス」の『樹の実草の実』に数編が収録されたあと、白泉社から単発のハードカバー単行本として『五日物語』を併録して刊行され、さらに「花とゆめコミックス」から全一巻の「倉多江美傑作集」として、ハードカバー刊行後に発表されたものを追加収録して全1巻として刊行された。さらにその後雑誌連載が再開されたため、1983年9月15日発行の第4刷から「1」の巻数がつけられ、全3巻にまとめられた。
ハードカバー版の「あとがき」で作者が語っているように、本作のタイトルは稲垣足穂の『一千一秒物語』をもじってつけられていて、ショートショートコミックと呼ぶべき作品群だ。
倉多は初期からギャグ作品も描いており、またシリアスな長短編も評価が高かったわけだが、結果としてそれらの要素を題材ごとに描き分ける本作のような連作がもっとも作風として合っていたのかもしれない。
作品数が多いのでそれぞれについてのコメントは避けるが、ニヤリとさせられるシニカルな作品から純粋なギャグ作品、むむっと唸らさせられるシリアス作品とバラエティに富んでいて読み出したら止まらないといった印象のある作品だ。とはいえ、後半(新書判3巻)あたりにくるとネタにも困ってきたのか当時流行の歌謡曲を題材にした作品も散見される。このあたりの感性は『ぼさつ日記』のころから変わっていない印象を受ける。
『五日物語』も5話からなる連作で、歴史を舞台にしているが『一万十秒物語』と同形態の作品だ。全体としてシニカルなギャグ作品ということができる。
今回倉多江美の作品群を十数年(もっとか?)ぶりに読み返してみたが、改めてこの作家には驚かされた。倉多の登場以前と以後では少女漫画におけるギャグの表現も変わったように思えるし、シリアス作品で取り上げた精神世界もその後さまざまなジャンルで取り上げられるようになっていった。それらのことはあまり指摘されてきたように思えないのだけれど(というより、リアルタイムで読んでいた読者にとっては言うまでもない、という意識があったのではないかと思える)、このあたりで改めて評価する動きがあってもいいように感じる。
初出:一万十秒物語/白泉社「ララ」昭和52年7月号、11月号~昭和53年6月号、昭和55年3月号~昭和56年12月号、昭和57年3月号~昭和60年3月号、新書判1巻収録の『ゴミドリくん』は描き下ろし。五日物語/朝日ソノラマ「マンガ少年」昭和53年1月号
書 名/一万十秒物語
著者名/倉多江美
出版元/白泉社
判 型/A5判・ハードカバー、新書判
定 価/780円、
シリーズ名/花とゆめコミックス(ハードカバー版はなし)
初版発行日/ハードカバー版・昭和53年8月20日、新書判・1巻1981年3月25日、2巻1983年6月23日、3巻1985年4月25日
収録作品/ハードカバー版・一万十秒物語(ひとみ、プレゼント、バベルの塔、聖痕、カロンの小船、物語をコントロールできなくなった漫画家の悲劇、現実がわからなくなった男の物語、芸術品、スーパー民主主義、赤いりぼん、告白、会釈、スタンドプレー、風景、釘)、五日物語(ぱあと1・11世紀 日本のたわいない物語、ぱあと2・14世紀 イタリアのバカみたいな話、ぱあと3・15世紀 フランスの別になんてことのない話、ぱあと4・19世紀 アルフォンス・アレーのウソのような話によく似たウソのような話、ぱあと5・20世紀 日本のまさか……のような話)、あとがき、新書判1巻・ひとみ、プレゼント、バベルの塔、聖痕、カロンの小船、物語をコントロールできなくなった漫画家の悲劇、現実がわからなくなった男の物語、芸術品、スーパー民主主義、赤いりぼん、告白、会釈、スタンドプレー、風景、---無限ホテル、酒、みどりの男、愛のタペストリー、恋のバッド・チューニング、序曲~プレリュード~、バーじいさんの華麗な生涯、遺言状~テスタメント~、How many いい顔、体積、築山、スター、下手物、ゴミドリくん、2巻・当て、ふたりは猟にでかけた、シンデレラ・コンプレックス、ゴミドリくん、珈琲物語、すばらしき才能、日本現代ばなし、牡丹燈籠、儀式、素晴らしい家庭、シャッター・チャンス、誤算、マイ・ベイビー、すばらしきホテル、超人エリート第1号、夏の少女、真夜中のドライバー、真昼の訪問者、人参息子、五参り、すみれPART 1、すみれPART 2、ある哀の詩、3巻・モンロー人形、くじ運、すみれPART 3、すみれPART 4、ナイアガラ音頭、ルンルンポスト、熱博士の復讐、琴ちゃんの散髪、アカ シロ キイロ、琴ちゃんの誕生日、仔猫、雪が降れば…、けら まなこ、かしこいドロボー、幽霊譚、蕪、八月のむれた豚、チイちゃんのおうち、バックウォルドに捧ぐ“待っている女”、クリスマス・カードを届けに来た郵便屋さん、ちょっとピンボケ、となりのモモちゃん、冬の動物園
(文:猫目ユウ / http://suzukaze-ya.jimdo.com/)