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【うちの本棚】245回 ドーバー越えて/倉多江美

update:

 「うちの本棚」、今回は倉多江美の『ドーバー越えて』を取り上げます。個人的に倉多作品のベスト1『かくの如き…!!!』が収録されている、充実した一冊です。

  • 【関連:244回 栗の木のある家/倉多江美】

    ドーバー越えて

     倉多江美初期の小学館「フラワーコミックス」に未収録だった短編を集めた一冊。全般的にギャグ、コメディ作品が多い。が、シリアスとギャグ、コメディと倉多江美の魅力を充分に伝える一冊になっているといえるだろう。また収録順も発表順になっていて、倉多の軌跡を追える。

    『ドーバー越えて』は倉多流のラブコメと言っていいかもしれない。実験が大好きな女の子ドミニが作った赤い液体を飲んだいとこのルーテル(彼はイギリスからドーバー海峡を越えてフランスに留学している)。するとルーテルの心は女の子に…? 
    『アディラ=ミル』はシリアス系の作品で、樹村みのり的な世界と言ってもいいかもしれない。思春期の少年の心を描いた佳作だ。
    『赤毛のノッポくん』は正統派(?)のラブコメと言っていいだろう。
    『すこしちがったシンデレラ』は、シンデレラのパロディ。こういう作品が当時の倉多カラーを代表していたような印象がある。
    『本町通り』は少女漫画家を主人公にしたエッセイ的な作品。たぶん主人公は作者の分身なのだろう。
    『ロングフォー~あこがれ~』、これも倉多流のラブコメ。何気ない日常もドラマになるという見本のような作品かもしれない。
    『かくの如き…!!!』。これは倉多江美のシリアス系作品の中でも、個人的に好きなものであり、倉多江美という作家を意識するキッカケになった作品である。淡々とした展開であるものの、そこには人の狂気が描かれており、自分もそんな狂気を内包した「人」であることに恐怖を感じたりする。正直言ってこの単行本は、この作品を読むためだけに手に入れたようなもので、いまでもこの作品は自分の中で倉多江美のベスト1である。
    『マンション』は、マンション住まいに憧れる新人漫画家(?)の青年を主人公にしたコメディ。時代が違えば永島慎二の『漫画家残酷物語』になるところだが、もうそういう時代ではなかった。

     ところで、本書のカバー表紙部分の折り返しには次のような文章がある。
    「失敗作!?倉多さん、言葉使いには注意してください。失敗か成功かは、常に読者の主観です。作者の主観に沿っていえば芥川賞だって失敗作です。サンコミックスとなった以上、失敗作は常になく、名作になるのです。おわすれなく!!」
     本書の打ち合わせの席で、倉多が編集者に、収録作品の一部かすべてについて「失敗作」と言った可能性は高いだろう。ことに『アディラ=ミル』や『かくの如き…!!!』などシリアス系の作品は、作者が意図することがすべて表現できていないという思いがあったとしても不思議ではない。そんなことを考えながら本書を改めて読んでみると、味わいがまた深まるのである。

    初出:ドーバー越えて/小学館「別冊少女コミック」昭和49年3月号、アディラ=ミル/小学館「週刊少女コミック増刊ちゃお」昭和49年5月号、赤毛のノッポくん/小学館「別冊少女コミック」昭和50年3月号、すこしちがったシンデレラ/小学館「別冊少女コミック」昭和50年5月号、本町通り/小学館「別冊少女コミック」昭和51年8月号、ロングフォー~あこがれ~/小学館「別冊少女コミック」昭和51年11月号、かくの如き…!!!/小学館「別冊少女コミック」昭和52年2月号、マンション/小学館「ビックコミック増刊号」昭和52年5月号

    書 名/ドーバー越えて
    著者名/倉多江美
    出版元/朝日ソノラマ
    判 型/新書判
    定 価/350円
    シリーズ名/SUN COMICS
    初版発行日/昭和52年9月30日
    収録作品/ドーバー越えて、アディラ=ミル、赤毛のノッポくん、すこしちがったシンデレラ、本町通り、ロングフォー~あこがれ~、かくの如き…!!!、マンション

    (文:猫目ユウ / http://suzukaze-ya.jimdo.com/

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    フリーライター。ライター集団「涼風家[SUZUKAZE-YA]」の中心メンバー。
    『ニューハーフという生き方』『AV女優の裏(共著)』などの単行本あり。
    女性向けのセックス情報誌やレディースコミックを中心に「GON!」等のサブカルチャー誌にも執筆。ヲタクな記事は「comic GON!」に掲載していたほか、ブログでも漫画や映画に関する記事を掲載中。
    本コラム「うちの本棚」は作者・テーマ別にして「ブクログのパブー」から電子書籍として刊行しています。
    また最近は小説の執筆に力を入れています。
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