本連載では、数多くある漫画から選りすぐりの1冊をピックアップ。その「第01巻だけ」レビューをお届けします。

 最近(三十路を過ぎて)ようやく認められるようになりましたが、筆者はホラーというか「怖いもの」全般が苦手です。

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 ミステリー、サスペンス小説は大好物。しかし、「日本最怖作家」と評される平山夢明の代表作『独白するユニバーサル横メルカトル』(’07年「このミス」国内部門1位)は、気になりつつ文庫版が出た今も、未読。あの「レクター博士」若き日の姿を描き話題沸騰中の海外ドラマ『ハンニバル』も、食事シーン(意味深)の宣材ショットすら恐ろしく、自宅でチャンネルを合わせられません。

 幼いころよりビビりな私。かつて読み「ヒイィィ」と叫んだトラウマと向き合いながら、今回『富江』&「伊藤潤二の世界」をご案内します!

富江

 二年ほど前。テレビ朝日系列のバラエティ『マツコ&有吉の怒り新党』名物コーナー「新・3大~」では、「ホラー漫画家・伊藤潤二の映像をこえている恐怖」という切り口で紹介され、漫画ファンの話題にのぼりました。そう!「伊藤潤二ホラー」の特徴は「ただ怖い」というよりもブッ飛んだ「初見じゃわけが分からなくて怖えェ」という、驚きにあるのです。

■’80S半ば~ 男を狂わす悪女(霊)「富江」のバイオグラフィー

 本作『伊藤潤二傑作集 富江 上』は、ホラー漫画の巨匠・伊藤潤二氏のデビュー作『富江』を筆頭とするシリーズ9編を収めた作品集になっています。時代を超えて移り変わる「富江」のバイオグラフィーといってよいでしょう。

(1)『富江』
 記念すべきシリーズ第1弾。それまで普通の少女だった川上富江が、死と恐怖をばらまく「富江」となる経緯が明らかに。注目すべきは、富江も惚れるイケメン担任教師の切り替えの早さ、鬼畜っぷり! [1]あ、やばい富江●んじゃったかも→[2](救急車呼ぶのは)待て!→[3]よし、工具で富江を●切れにするぞ、みんな手伝え! うん、これは復讐もやむなし。

(2)『富江 PART2 森田病院編』
 前作・関係者が入院する病院で起こった惨劇。ここでついに「富江」の恐怖が繰り返されるかもという予感が現実となり、果てなく追われる恐怖に背筋が凍る……! 男を魅了する美少女だった「富江」を、男に「●したい」という狂った欲望を抱かせる美少女<バケモノ>に変える、伊藤氏の業の深さ!

(3)『地下室』
 舞台は引き続き、森田病院。『PART2』の実質的な後日談となっており、タイトルどおり暗い病院の地下室で物語は展開され、本作中でもグロテスクさが際立っている一編です。「富江」の悪霊的な恐ろしさに加えて、肉体を持つモンスター的な恐怖も加味され、ますます手が付けらない存在に!

(4)『写真』
 第1弾以来となる学園モノ。とはいえ、さわやか青春モノになるはずもなく、盗撮写真を売りさばく女子、ナルシストな男子ども、体裁しか気にしない大人たちなど、登場人物が全員イヤな奴ばかりという救いのない、閉じた人間模様をご堪能ください。そんな愚民どもの前に「委員長キャラ」で光臨する「富江」さん。 シリーズ屈指の可愛さ(127P・2コマ目おすすめ)なんです。

初登場時すでに死んでいる、前代未聞の故人系ヒロイン・富江さん。『富江』より

初登場時すでに死んでいる、前代未聞の故人系ヒロイン・富江さん。『富江』より

背伸びして、担任の男性教師に言い寄る富江。このあと悲劇が……。『富江』より

背伸びして、担任の男性教師に言い寄る富江。このあと悲劇が……。『富江』より

(5)『接吻』
 本作以降タイトルが漢字2文字に統一され、よりスタイリッシュな短編小説のような趣に。こちらも前作『写真』直後からスタートし、女子高生の自室という限られた空間で、想像のななめ上をいくグロテスク・ホラーが描かれます。いや、絨毯って! そうきたか!! 何度も復活をとげる「富江」ですが、本作エンディングにおいていよいよパンデミックの様相を呈しはじめ……。

(6)『屋敷』
 ゴロゴロゴロ……。遠くから鳴り響く「かみなり」という“いかにも”な幕開けから、不気味な屋敷に住み着いた美少女=「富江」をめぐり、男たちが狂奔します。ここまで読み進めると、おかしいのは「富江」周りの男たちであり、彼女自身はむしろ被害者――と思い始めながら、この「結末」を見たら! これはもう、同情している場合じゃないんですわ……。

(7)『復讐』
 これだけ男を狂わせるオンナ「富江」が、極限状態にある男たちの只中に放り込まれたら、どうなるのか? 答えは見えている気もしますが。冬山、吹雪、遭難という絶望的な男たちの眼前に素っ裸であらわれる「富江」。チクショー! 俺も富江さんを抱っこしたいゼー!と、「姫」をめぐる血なまぐさいバトルロワイヤルが勃発!!

(8)『滝壺』
 収録作品の中でも短編と言ってよいページ数ながら、山の遭難者たちの背後でうごめく不気味な存在として「富江」が浮かび上がり、お馴染みの「あの男」も出鼻からクレイジーで、ぐいぐい引き込まれる作品。『接吻』の拡大する悪夢が、より悪質に、より大きくなって引き起こされます。もはや、逃げ場なし。

(9)『画家』
 これまでのシリーズと直接的なつながりは描かれず、新鮮な気持ちで楽しめる1編。新進気鋭の画家にモデルとして近づく「富江」、男を魅了する危うい美貌に加えて、抜群のプロポーションを披露してくれます。今回「富江」に人生を狂わせられる男たちは、画家や彫刻家など芸術家。そのせいか、モデルである彼女への執着が凄まじいっ!

■「伊藤潤二の世界」入門編として――。ニャンコ好きも見逃すなかれ!

 冒頭ご紹介したように、伊藤潤二氏のデビュー作にして代表作『富江』を年代をまたいで楽しめる本作は入門編として、また『富江』を集中して読みたいファンにもおすすめの1冊です。

 菅野美穂、酒井美紀、安藤希、そして最新作では仲村みう。いずれも映画の「富江」を演じた美人女優たちですが、映像作品から『富江』に出会った方も、多いはず。主演女優の変遷以上に、恐ろしくも美しく移り変わってきた「彼女」の姿を原点である漫画でもお楽しみください。

 なお『富江』とならび『うずまき』『首吊り気球』など名作ホラーを世に送り出してきた伊藤氏ですが実は愛猫家としても知られ、『伊藤潤二の猫日記よん&むー』『猫マンガだニャン!』などニャンコを題材とした作品も手がけています。愛猫家の筆者としては、「伊藤潤二の世界」の異なる一面=ニャンコ漫画も、おすすめです!

画像提供:
『伊藤潤二傑作集 富江』http://renta.papy.co.jp/renta/sc/frm/item/50864/