「うちの本棚」、今回取り上げるのは、倉多江美の『栗の木のある家』です。「逸郎クンシリーズ」全4話をまとめたこの単行本は、その後の倉多江美の方向性を滲ませていると感じます。
本書はフラワーコミックスにおける「倉多江美傑作集」の第3巻にあたる。
『森の小径』『セブンスター』『初夏』『栗の木のある家』は、「逸郎クンシリーズ」である。それぞれ独立しても読める短編のシリーズ作品ではあるが、統一のタイトルが付いていれば4回連載の長編ということもできたのではないかという気もする。
掲載誌が「JOTOMO」で、読者対象が「少女コミック」よりも上に設定されていた(と思われる)雑誌なので、倉多のタッチもそれまでのものよりさっぱりした印象だ。内容も思わずニヤリとしてしまうような感じで、「少コミ」に発表する作品とは意識的に変えて描いていたのだと思う(ちなみに「JOTOMO」は「女学生の友」を改題したもの)。
個人的には、この「逸郎クンシリーズ」で、倉多はそのカラーを固めたのではないかと思っている。
「逸郎クンシリーズ」は、掲載誌の月号に沿って、主人公・逸郎の高校受験から高校生活を描いたもの。母を亡くし、父親とふたりの姉と暮らしている逸郎の日常を描いたホームドラマと言ってしまえばそれまでだが、倉多江美らしい個性あふれるキャラクターばかりが登場している。クールな長女、稲子は15歳年上の大学教授と恋愛していたり、次女の桃子は逸郎と口げんかが絶えず、逸郎からは「山ざる」と呼ばれている。通学途中にコローの絵画「森の小径」のイメージに似た場所があることで受験し、入学したH高校では、加川という一風変わった友人ができる(この加川、稲子の付き合っている大学教授の親類だったりする)。
読み返してみると、単独の読み切りシリーズというよりは、やはり一本の長編という印象だった。さらに言えば、まだまだ続きが描ける状況で、逸郎の成長をもう少し見たかった気がしないでもない。
『受難曲(パッション)』は、主人公が好ましく思っていない友人になつかれ、つきまとわられるというコメディ作品。ここでは主人公は女の子ではあるけれど、構図としては『ぼさつ日記』的な一方通行な友情が描かれる(ラストではその理由も明かされたりするのだが)。倉多らしい作品のひとつといってもいいだろう。
『ひまわり屋敷のテンプルちゃん』『半月アニスのビスケット』は、テンプルちゃんのシリーズ。『ひまわり屋敷~』は『不思議の国のアリス』を下敷きにしたファンタジーコメディといったところか。『半月アニス~』はラブコメに近い印象だ。
こうしてみると倉多江美の作品にはシリーズものが多いようだ。はっきりシリーズとしてタイトルの付いていない『新青春』『五月病』も連作シリーズだろう。同じキャラクターや設定で、話が作りやすかったということもあるのだろうが、創造したキャラクターをもっと掘り下げたいという気持ちが作者の中にあったのではないかという気がする。
初出:森の小径/小学館「JOTOMO」昭和52年1月号、セブンスター/小学館「JOTOMO」昭和52年3月号、初夏/小学館「JOTOMO」昭和52年5月号、栗の木のある家/小学館「JOTOMO」昭和52年7月号、受難曲/小学館「JOTOMO」昭和51年11月号、ひまわり屋敷のテンプルちゃん/小学館「別冊少女コミック」昭和49年7月号、半月アニスのビスケット/小学館「別冊少女コミック」昭和50年8月号
書 名/栗の木のある家
著者名/倉多江美
出版元/小学館
判 型/新書判
定 価/320円
シリーズ名/フラワーコミックス(FC-353)
初版発行日/昭和53年6月20日
収録作品/森の小径、セブンスター、初夏、栗の木のある家、受難曲、ひまわり屋敷のテンプルちゃん、半月アニスのビスケット
(文:猫目ユウ / http://suzukaze-ya.jimdo.com/)