6月3日・4日、千葉でレッドブル・エアレース第3戦が行われ、日本の室屋義秀選手が第2戦サンディエゴ大会に続いての連勝、そして千葉大会の連覇を達成。ランキングポイントもトータルで30となり、年間王者争いでも首位に立ちました!
▪️またも「マリン風」の洗礼
レース会場となった千葉市の幕張海浜公園は、千葉ロッテマリーンズのファンにはおなじみの強い海風、通称「マリン風」が吹くことが多い場所。昨年はこの強風で海が荒れ、予選を行えなくなる事態となりましたが、今年も金曜日のフリープラクティスが強風の為に実施できませんでした。この為、急遽土曜日にフリープラクティスを設定し、予定が少々変更となりました。
▪️金曜のサイン会
金曜日、パイロット達のサイン会が開かれ、1000人を超えるファンが集まって、ごひいきのパイロット達のサインをもらったり、一緒に写真を撮ったりと盛り上がりました。
一番人気は室屋選手ですが、外国のパイロット達のサインを求める人も非常に多く、日本にレッドブル・エアレースが根付いてきていることを実感します。長年レッドブル・エアレースを応援してきた筆者としては感慨無量の光景です。
▪️速さの中に罠の潜むトラック
今回のトラックレイアウトは、昨年のレイアウトを裏表逆にしたような形。一見今までのようなスピード重視に感じますが、実は非常にトリッキーで「罠」が散りばめられたものでした。
室屋選手によると
「スピードだけではなく、去年よりテクニカルな要素が増えているので、なかなかタフだと思います」
とのこと。
スタートしてほぼ直線的に最初のバーティカルターンを迎える為、ここではオーバーGの危険が伴います。そしてこのゲートは海岸に近く、飛行区域を示すクラウドラインがすぐそば。
「ちょうどバーティカルターンで引き起こした所なんで、クラウドラインが主翼の下に隠れて見えなくなるんだ。神経を使うね(マルティン・ションカ選手)」
また、その後のシケインからゲート6、7に向かうラインが厳しく、特にゲート7でのパイロンヒットやインコレクトレベルがフリープラクティスでは目立ちました。
「S字のハイGターンが連続するので、とてもチャレンジングで面白いレイアウトだよ(マティアス・ドルダラー選手)」
折り返した後、2回目のバーティカルターンはまた異なった難しさがあります。シケインから、沖にあるシングルパイロンへS字カーブしてからとなるので、この旋回で速度を失いがちとなり、バーティカルターンの頂点で失速の危険が。こうなると海風で流され、クラウドラインをオーバーしてDQ(失格)になりかねないのです。
▪️手探りの予選
フリープラクティスを終えて、あまり時間的余裕のない状態で始まった予選。前日のフリープラクティスが行われていれば、実際に飛んでからの戦略の練り直しや、機体のセッティングを変更したりできたでしょうが、今回はそういう訳にはいきません。各選手は手探りのまま予選に突入しました。
フリープラクティス同様、強まる風に翻弄され、攻めるとパイロンヒットという厳しいセッションでトップタイムを叩き出したのは、2本目に54秒609をマークしたカナダのピート・マクロード選手。前日に行われたサイン会で、ファンから大好物の品川巻き(海苔巻きあられ)をたくさんプレゼントされたパワーもあったんじゃないかと笑みを見せました。
しかしトップ(54秒609)から最下位(57秒116)までは2秒507しか差がありません。パイロンヒット(3秒ペナルティ)があればいっぺんに逆転できるという、僅差の争いが予想されます。とにかくミスなく安定して飛べるかが、決勝で勝ち抜く鍵になります。
▪️決勝。僅差のラウンド・オブ14
迎えた決勝。ハンガーで各選手に話を訊くと、皆異口同音に「いかに安定して飛べるかが重要だ。僅差の争いで誰にも優勝のチャンスがあるし、非常にテクニカルでトリッキーなトラックなので、無理にプッシュすると、ミスした時の代償が大きい」と発言していました。
緒戦のラウンド・オブ14、ヒート2で室屋選手が対戦するのは、チェコのペトル・コプシュタイン選手。これがレッドブル・エアレース史上に残る激戦となりました。
先に飛んだコプシュタイン選手は55秒597。前日の予選では8位に相当するタイムです。
続いて飛んだ室屋選手のタイムは55秒590。わずか1000分の7秒差で、室屋選手が辛くも勝利を収めました。この差は距離にすると「70cmくらい(コプシュタイン選手)」という差。どちらが勝ってもおかしくない名勝負でした。
結果としてこのヒートの敗者となったコプシュタイン選手がファステストルーザー(敗者復活)となり、ラウンド・オブ8に進んだのは
マット・ホール選手(オーストラリア)
室屋義秀選手(日本)
カービー・チャンブリス選手(アメリカ)
マルティン・ションカ選手(チェコ)
マイケル・グーリアン選手(アメリカ)
マティアス・ドルダラー選手(ドイツ)
ピート・マクロード選手(カナダ)
ペトル・コプシュタイン選手(チェコ)
という顔ぶれになりました。
▪️トラックに翻弄されるラウンド・オブ8
ラウンド・オブ8でも、わずかなミスがペナルティを呼び、途中計時で優位であっても最後まで判らない対戦が続きます。
ラウンド・オブ8最初の対戦、室屋選手とホール選手のヒート8。先に飛んだ室屋選手は、ゲート6からのセットアップに失敗し、ゲート7を水平に通過することができません。インコレクトレベル(通過姿勢違反)で2秒のペナルティを受けてしまいました。
これで展開は後攻のホール選手に有利。55秒295でゴール……と思いきや、審議のサインが。こちらは2回目のバーティカルターンとなるゲート11で、クラウドラインへの接近を気にしたか、引き起こしが早くなり、ゲートを水平飛行で通過できませんでした。これまた姿勢違反(クライムゲート)で2秒のペナルティ。仲良く2秒のペナルティを受けることになりましたが、室屋選手が0秒331速く、ファイナル4に進出しました。
ラウンド・オブ8では、4レース中2レースが最初のバーティカルターンであるゲート3でのオーバーGによるDNF(ゴールせず)で決着がつきました。
ヒート9のチャンブリス選手は12.45G、ヒート10のマクロード選手は11.33Gを0.640秒記録してDNFとなってしまいました。
この2人の共通点は2つ。ラウンド・オブ14のトップタイムと2位タイムで、どちらも55秒2台をマークしていたこと。そしてラウンド・オブ8で後攻だったことです。
通常、レッドブル・エアレースの対戦では、相手の出方を見て飛べる後攻の方が有利とされます。しかし今回は、上空待機中にレースコントロールからの無線でタイムを聞き、そしてレースに入れることが裏目に出ました。僅差の争いなので、相手のタイムが「そこそこ(展開次第でどうにでもなる差)だったため、意識してしまったのかもしれません。
決勝当日の朝、ハンガーでインタビューした際に、2人とも
「何が起きてもおかしくないから、とにかく確実に。特にオーバーGには気をつけないと」
と言っていただけに、皮肉な結果となってしまいました。
ファイナル4に進出したのは
室屋選手
コプシュタイン選手
ドルダラー選手
ションカ選手
(ファイナル4スタート順)です。
▪️運命のファイナル4
当日の天気予報では、ラウンド・オブ8の始まる15時ごろから海風が強まる予測が出ていましたが、その予測通り、ラウンド・オブ8、ファイナル4と進行するにつれ、徐々に風速が上がってきました。
そんな中、ファイナル4がスタートします。まずは室屋選手。55秒288をマーク。室屋選手にとって、決勝での最速タイムです。
続いてラウンド・オブ14で室屋選手と対戦し、ファステストルーザーでラウンド・オブ8に進出したコプシュタイン選手。チャンブリス選手のオーバーGで、初のファイナル4です。55秒846。室屋選手には届きませんでした。
残る2人は、現時点での年間ランキングの1位と2位。まずはランキング2位のドルダラー選手がスタート。非常に速い途中計時をマークしていきます。これは55秒を切ってくる……と思った瞬間。2回目のバーティカルターンとなるゲート11でパイロンヒット! その前のシングルパイロンでのライン取りがギリギリとなり、このターンで無理がかかりました。更に海風に流されたようで、海岸側のパイロンに接触してしまったのです。3秒のペナルティが課され、現時点で最下位となって優勝の目が消えました。
最後はションカ選手。……覚えているでしょうか? 昨年、室屋選手が初優勝を果たした千葉大会のファイナル4でも、ションカ選手が最後に飛び、わずかの差で室屋選手に及びませんでした。今年も室屋選手が優勝するかは、ションカ選手次第ということになりました。
スタートから素晴らしいスピードでトラックを駆け抜けていきます。室屋選手を上回る54秒533をマークしてゴールしますが、審議のサインが。画像判定により、最初のバーティカルターン直後にあるゲート4で水平通過がなされなかったとされ、インコレクトレベルで2秒のペナルティ。
この結果、室屋選手がサンディエゴに続いての連勝、かつホームレースである千葉大会の2連覇を達成したのです……。
▪️記者会見
今回、取材に集まった報道陣は、昨年の室屋選手の優勝を受けてか300社に膨れ上がりました。その期待に応えて室屋選手が連覇を果たしたため、記者会見場は満員。
記者会見に出席したのは、優勝した室屋選手のほか、初の表彰台となった2位のコプシュタイン選手、そして3位のションカ選手。
3位:ションカ選手
「まずは千葉、そして日本中のファンに、これほど素晴らしいレースを開催してもらったことに対してお礼が言いたい。ここに来られて非常にありがたく思っている。このレースの週末を通じて、ほぼ考えていた通りのことができたんだけど、最後の最後、ファイナル4の終盤でミスを犯してしまったのは残念だ……もっとタイムを縮めようと意識してしまったんだけど、それが高くついた格好になった。バカなミスを(Stupid miss)して優勝を逃したものだから、ちょっと色々な感情がないまぜになっているんだけど、でも表彰台に乗れてハッピーだよ。ここの結果により、ヨシ(室屋選手)とポイントが並んで、勝利数の差で僕が年間ランキング2位、彼が1位となったけど、まだシーズン序盤だし、そのことはあまり考えないで、また1戦1戦に集中して戦っていこうと思ってる。結果として、最後までチャンピオン争いに絡めればいいね」
2位:コプシュタイン選手
「初の表彰台となる2位という結果は、チーム全体にとって非常に素晴らしいものになったよ。とにかく安定した飛行の中で、ベストを尽くそうとした結果が、この順位につながったんだと思う。この千葉は、初開催となった2015年にチャレンジャーカップで勝っているし、いい思い出のある場所なんだ。これからも勝つための努力を続けていこうと思っているけど、今日はいくつかの幸運が重なった結果だとも自覚しているんだ。しかし、こうしてヨシ(室屋選手)、そして素晴らしいパイロット(チェコの先輩であるションカ選手)と表彰台にのぼれて、素晴らしい思い出ができたと思う。この千葉のトラックは、事前にコンピュータでシミュレーションをして攻略ルートを探っていたんだけど、実際に来てみると風の要素が想定とは少々違っていて、別のラインどりを模索することになった。ファイナル4ではかなり風が強くなって、その影響でかなり機体を揺らす乱気流となったけども、なるべくミスをしないような単純なラインで飛ぶことを心がけたよ」
筆者がラウンド・オブ14で、室屋選手とレッドブル・エアレース史上に残る大接戦を演じたことについて、その時の心境を質問すると
「0.007秒差というのは、ほんのちょっと……だいたい70cmくらい、プロペラのスピナーくらいの差でしかないんだ。ヨシに対して番狂わせ(アップセット)を演じちゃまずいとは思ったけど、予選よりもプッシュして飛んだよ。このタイムなら(負けてもファステストルーザーとなり)ラウンド・オブ8に進めるんじゃないかとは思っていたよ。」
優勝:室屋選手
「(まるで自動車レースのF1のように多くの報道陣が詰めかけ、連日の取材攻勢で多大なプレッシャーがかかっていたのではないかという質問に)最初に我々のチーム、家族、スポンサー、このレースを日本に持って来てくれたオーガナイザー、みなさんにまず感謝を申し上げたいと思います。この9万人ものファンが来てくださるというのは、非常に大きなプレッシャーといえばプレッシャーなんですけども、その応援を追い風ととるかは自分次第ということで、自分にとっては声援で後押ししてくれると捉えていましたので、それがうまく作用したんだと思います」
これについては金曜日に、この共同記者会見や、国際放送の実況を務めるパーソナリティ、ニック・フォローさん(10年以上にわたってアルペンスキーのイギリス代表として活躍した、イギリスのスキー界における伝説的人物でもある)と話した際、筆者が
「これだけ地元のマスコミが殺到して、レースに集中しなければいけない場面になっても、室屋選手に取材対応をさせていることが非常に大きなプレッシャーになって、迷惑をかけているのではないかと思っている」
と言うと、ニックさんは
「でも、それをプレッシャーとするか、応援とするか、うまくコントロールしてこそだよ。ヨシはロックスターだから、きっとプレッシャーを克服していい結果を残すよ」
と笑顔で答えたことを思い出しました。
「(サンディエゴ大会に続き2連勝、年間ランキングでトップに立ったことについて)まだ第3戦が終わったところで、残り5戦ありますから。残りのレースの方がずっと多いので、ポイントはまだまだどうなるか判らない状況だと思います。この先全部勝てるとは思いませんけども、残りのレースでファイナル4に残っていくことで、自然とポイントは溜まっていきますので、ポイントのことはあまり考えずに、コンスタントにいいレースを続けていくことが大事だと思っています」
■室屋選手は年間王者争いの首位に
この勝利で室屋選手は15ポイントを追加。30ポイントとなり、年間王者争いでションか選手と同点となりましたが、勝利数の差(ションカ選手1勝・室屋選手2勝)で、室屋選手が年間王者争いの首位に立ちました。
このままポイントを積み重ねて、悲願の年間王者に輝くのか。注目の第4戦は7月1日(予選)・2日(決勝)、世界遺産であるハンガリーの首都ブダペストの旧市街地を流れるドナウ川特設トラックで争われます。
(取材・咲村珠樹)