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【建物萌の世界】第23回 万世橋の思い出

update:

こんにちは。様々な建物や街並に萌える「建物萌の世界」でございます。「おたくの聖地」として定着した秋葉原。その目と鼻の先である万世橋に、2006年5月14日まで存在したもうひとつの「聖地」がありました。今回は跡地に新しいビルも建ったことですし、そこにあった建物……交通博物館を思い出してみようと思います。


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    往時の交通博物館正面

    交通博物館の建物が完成したのは1936(昭和11)年。同地にあった、辰野金吾・葛西萬司設計で1912(明治45)年築で、東京駅の習作とも言われる初代万世橋駅の基礎をそのまま流用して建てられています。設計したのは鉄道省の技手だった土橋長俊。上司として技師の伊藤滋が監督につきますが、設計のほとんどは土橋の手によるものでした。土橋は鉄道省入省後、近代建築の巨匠のひとりである、ル・コルビュジェのフランスにあるアトリエに留学した経歴を持つ人物。いわゆるモダニズム建築を本場で学んだ設計士でした。鉄筋コンクリート造で完成した建物は、ル・コルビュジェというよりも、むしろドイツのバウハウスの影響を受けた国際様式(インターナショナルスタイル)の建物といえます。

    土橋は雑誌『国際建築』1936年5月号に「鉄道博物館設計後記」という文章を寄せていますが、既存の建物基礎を流用する為に建物の平面型が制限されるなど、設計に苦心する部分があったようです。最終時は白い外壁の建物、という印象でしたが、実際はタイル張り。建物正面に展示された新幹線電車(21-25)カットボディの裏側には、塗り込められたタイル部分がうっすら見えていました。

    外壁タイルは塗り込められている

    タイルの目地は、東京駅などと同じくふくらみを持たせた「覆輪目地」仕上げ。創建当時のタイルの色は灰緑色で、万世橋駅のホーム跡からはよく見ることができました。この部分は線路に近すぎる為に外壁塗装ができず、結果的に創建当初の様子を残すことになったのでしょう。

    ホーム跡から見た創建当初の外壁

    創建当初は3階建て。4階部分は来館者、特に学校の校外学習による団体見学の増加で、食事などをする休憩スペースが不足した為に、1958(昭和33)年に鉄骨モルタル造で増築されたものです。

    4階は1958年に増築された

    これに先立つ1952(昭和27)年には、1910(明治43)年に完成した日露戦争の「軍神」広瀬中佐と杉野兵曹長の銅像が1947(昭和22)年に撤去された跡地(都有地)を購入し、企画展示用の別館が作られました。

    広瀬中佐銅像跡に作られた別館

    さて、館内に入るとまず目に入るのがマレー式機関車と、国鉄最後のSL定期旅客列車(1975年12月14日・室蘭本線225列車)を牽引したC57 135号が展示された通称「機関車ホール」。3階までの吹き抜けが印象的な空間です。初代駅舎では、この部分は改札前の大広間として大きな空間が確保されており、その広さを利用したものでした。天井に舞うのは、日本で最初の飛行をした2機のうち現存する唯一の機体、徳川好敏大尉(当時。のち陸軍中将)が操縦したアンリ・ファルマン機と、日本で初めて民間登録されたヘリコプターのうち唯一現存する、日本ヘリコプター輸送(全日空の前身)のベル47D-1ヘリコプター(JA7008)。

    吹き抜けの機関車ホール

    アンリ・ファルマン機は陸軍航空士官学校があった入間基地で保存されていたのですが、戦後進駐軍が接収してアメリカに持ち帰ります。1961(昭和36)年に航空自衛隊に返還された際、当時の航空幕僚長だった源田実が交通博物館での展示を決め、寄託という形で展示されていたもの。閉館後は航空自衛隊に返還され、現在は戦前と同じように入間基地にて保存されています。ベル47D-1は全日空から1970年(昭和45)の引退後、1973(昭和48)年に寄贈されたもので、閉館後全日空に返還されて現在は東京都大田区にあるANAグループ安全教育センターで保存されています。

    機関車ホールを見上げる

    機関車ホールの上部は創建当初の雰囲気を良く残していました。屋根は何度か葺き替えられているものの、鉄骨の小屋組や明かり取り兼換気用の窓は、昭和初期そのまま。

    機関車ホールの小屋組 機関車ホールの換気窓

    1945(昭和20)年3月10日の東京大空襲を機に一時休館した鉄道博物館ですが、幸い、以前(第19回)にご紹介した連雀町はじめ万世橋周辺は、神田川対岸の秋葉原とは違い空襲被害を受けませんでした。唯一、5月24日の空襲において焼夷弾(E46収束焼夷弾)のケースがひとつ、機関車ホールの天井を突き破り、展示してあったマレー式機関車に当たりました。今も車体後部には当時の傷跡(へこみ)が残っているので、大宮の鉄道博物館で確認することができます。

    マレー式機関車に残る焼夷弾ケースの損傷痕

    建物デザイン上の大きな特徴は、円筒形の階段室。かつては鉄製のサッシ窓でしたが、後にアルミ製に交換されています。窓の面積が大きく、バウハウス的なデザインが最も良く表れた部分だと言えます。

    円筒形の階段室と別館への連絡通路 円筒形の踊り場が美しい階段室

    入口の反対側、昌平橋側の面から見ると、世界遺産に認定されているドイツ・デッサウのバウハウス校舎にも少し雰囲気が似ています。

    昌平橋側から見た様子

    階段室の照明もバウハウス的なモダンデザイン。円筒形のかごに丸い灯具が付くものでした。

    モダンデザインの階段室灯具

    また、この階段室は当時流行していた人造石の研ぎ出し仕上げ、略して「ジントギ」が多用されており、そのバラエティが面白いものでした。手すり部分はグレーの本体、クリーム色の手すり、そして上に付いた装飾と、徐々に中に混ぜ込んだ砕石(大理石)の粒が大きくなっている凝りよう。制作した左官屋さんの腕がしのばれます。

    階段は複数のジントギが組み合わされる 階段手すりは複数のジントギで構成

    階段の蹴上部分には、真鍮の切文字で階数表記が埋め込まれていました。

    階段蹴上にあった切文字の階数表示

    3階には映画ホールがありました。交通博物館は映像資料も収集しており、東京駅近くの高架下にあった鉄道博物館時代の1928(昭和3)年から常設の映写室を設けて上映会を行っていました。これが入館者に好評だった為、万世橋移転時にも引き継がれたのです。

    3階の映画ホール

    しかし高架下時代には300名収容でしたが、万世橋では展示スペースに多くを割いた為、機関車ホールに若干はみ出すなど階下より床面積を拡大したものの、収容人数は半分以下の144名となっていました。

    映画ホールの張り出し部

    増築された4階部分には1961(昭和36)年10月、手狭になった1階の喫茶室を移転させる形で「こだま食堂」がオープンしました。国鉄大井工場と車両メーカーである日本車輌が、本物の151系特急「こだま」食堂車のような造りにし、営業を担当するのは実際の食堂車を運営する日本食堂(現:日本レストランエンタプライズ)。実際の食堂車と同じメニューが、食堂車と同じコックとウェイトレスから提供されるという形態でした。在来線昼行特急列車での食堂車営業が終了した後は、ウェイトレスの制服は廃止されています。

    1961年にできた「こだま食堂」

    食堂の表には「6号車」の表記に「サシ151-3」の車両番号。これはオープン直前(1961年9月)時点のこだま12両編成に準拠したものでした。オープン直後の1961年10月に行われたダイヤ改正で、こだまは12両編成から4号車に入っていた1等車(グリーン車)サロ150形を抜いた11両編成に減車され、食堂車は6号車で変わらないものの、車両は付随車から電動車のモハシ150形(5号車がサシ151形)に変更されています。

    ところで、交通博物館は1943(昭和18)年まで、中央線の万世橋駅と併置された形になっていました。元々、甲武鉄道のターミナルとして高架線と共に1912(明治45)年に完成した万世橋駅。初代駅舎は先に述べたように、辰野金吾・葛西萬司設計による東京駅の習作説もある、レンガ造3階建ての壮麗な建物でしたが、東京大震災で全焼。レンガの躯体は無事だったので、コンクリートで補強して再利用した2代目駅舎が使用されていました。

    この間の1919(大正8)年には、万世橋〜神田〜東京の区間が完成して中央線が東京駅発着となり、震災後は復興事業で万世橋駅前にあった須田町交差点が移動して交通量が減少。さらに隣のお茶の水駅が1932(昭和7)年に万世橋寄りに移転して、総武線との乗換駅になってしまいます。徒歩圏には山手線と総武線の乗換駅である秋葉原駅と、山手線と中央線との乗換駅である神田駅ができ、こうした周囲の変化により、中央線専用である万世橋駅の利用者も減少していました。

    その為、東京駅そばの高架下で手狭になり、当初四谷駅に移転が検討されていた鉄道博物館(当時)の新たな移転先として白羽の矢が立ちます。もともとターミナル駅でしたから、それなりの建物面積があり、しかも当時利用客が減少してスペースを持て余している……とうってつけだったようですね。駅の機能は大幅に縮小し、建物スペースの大部分を博物館に充てていました。

    なので、駅舎の基礎を流用した建物だけでなく、展示室は高架下のスペースなど、駅の構造を流用して作られていました。御料車室は使わなくなった、ホームへの通路を転用しており、建物の建設途中に御料車を運び込んで作られました。

    ホームへの通路を転用した御料車室

    縮小された駅への入口は、博物館の建物と高架橋との間に作られました。1943(昭和18)年の万世橋駅営業休止(実質的な廃止)後、駅のスペースは事務室となり、入口には国鉄が作る全国の記念切符を販売する窓口となります。発売駅まで行かずに買える為に、記念切符ファンに人気だったこの窓口は、国鉄民営化直前の1987(昭和62)年2月まで営業していました。

    かつての駅入口は右奥

    ホームへの通路は、営業を休止した1943年(昭和18)年のまま時を止めたような空間でした。壁面タイルは1936(昭和11)年に張られたもの。そこには戦時中のポスターが残っていました。これは後に剥がされて保存処理がなされ、交通博物館末期には展示もされていました。

    電車ホームへの階段 萬世橋駅跡に残されたポスター

    ホームへの階段はもうひとつ。1912(明治45)年当時のままの階段を流用し、駅のホームから直接博物館に入れる階段が館内に残されていました。こちらも壁面は1936年、博物館建設時にタイル張りになりましたが、石の階段自体は昔のまま。明治時代のターミナルの記憶を残した唯一の遺構ともいえる部分でした。駅の営業休止後は、清掃用具などを入れる倉庫として活用していたようです。

    開業当初の階段が残る中央階段

    踊り場から館内へのスペースは休憩所となっていました。この部分の階段が半分の幅に切り取られていたのは、戦後この場所に72系電車(モハ72245)のカットモデルが設置され、ドア開閉の体験ができる展示があった為です。

    展示の為に切り欠かれた中央階段

    2006年5月14日の最終開館日から、展示物の搬出の為にまず別館が壊され、2009年8月20日に本館の取り壊し工事が始まりました。そして2013年、跡地にJR神田万世橋ビルが完成し、現在残るのは明治時代に作られた中央線の高架橋のみ。往時をしのぶことは難しくなりましたが、モダンな博物館の建物を時々思い出してくれると「交博おたく」として嬉しく思います。

    閉館後の様子 明治時代のレンガ造高架

    (文・写真:咲村珠樹)

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