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【建物萌の世界】第26回 騎兵の記憶と空の神兵

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1階階段ホールこんにちは。様々な建物や街並に萌える「建物萌の世界」。今年、2014年は午年なので、馬に関係ある建物に行ってみましょう。

陸上自衛隊の第一空挺団が拠点を置く、千葉県船橋市の習志野駐屯地。この場所での陸軍大演習を視察した明治天皇によって「習志野」と命名された、いわば習志野発祥の地です。ここにはかつて陸軍の騎兵学校がありました。1932(昭和7)年のロサンゼルスオリンピックで、日本馬術史上唯一の金メダリストとなった「バロン西」こと西竹一も学んだ学校です。筆者にとっても、祖母の弟がここで学んでおり、縁のある場所でもあります。

この一隅に、その騎兵学校時代を伝える建物が残されています。玄関の上にバルコニーがある、コロニアル様式風の姿が印象的な「空挺館」です。

【関連:第25回 『青い花』の学び舎】

空挺館全景


  • 建物は木造2階建て。窓が多く、特に2階部分のバルコニー周辺は非常に明るい印象です。

    窓の多い2階部分

    もともとこの建物は1911(明治44)年、明治天皇が学生の馬術教練や終業式の様子を展覧する為、東京・目黒にあった騎兵実施学校敷地内に建てられたもの。当時は「御馬見所(ごばけんじょ)」という名前でした。1916(大正5)年に騎兵実施学校が現在地の習志野原に移転したことに伴い、この建物も移築されて迎賓館として使用されました。同年、騎兵実施学校は騎兵学校と名称が変更されます。この御馬見所へは専用の門が設けられており、現在もレンガ造の姿が残っています。天皇の行幸や皇族来訪の際には、正門ではなくここから車を乗り入れ、最短距離で建物へアクセスできるようになっていました。

    専用門と空挺館

    目黒にあった頃の姿を見ると、1階部分は石の階段などがあり、正面玄関の柱も細く屋根にも千鳥破風があるなど、現在とは随分違います。これは建物を解体し、部材ごとに分けて移送する際、基壇部の石材が重過ぎて地盤の悪い江戸川を渡ることが困難で、やむなく各所の設計変更を行った……という話が伝わっています。使われなかった石材は、隣接する庭園の池などに使用されているとか。

    目黒時代の姿

    玄関ポーチの天井は格天井で、入口は付け柱にペディメント(三角破風)が載った格式の高いもの。天皇の為に作られたことがよく判ります。設計者は不詳ですが、宮内省の助言を受けて陸軍内で設計したようです。

    玄関の装飾

    中に入ると、正面に吹き抜けの階段ホール。この階段は糖尿病などで体力が低下していた晩年の明治天皇に配慮し、勾配の緩やかな「帝王階段」となっています。負担が少なくなるよう、最短距離で御座所まで向かう為の動線が作られています。

    1階階段ホール

    この階段、踊り場から先は天皇や皇族専用となっていました。それ以外の侍従や接待役などの人間は、踊り場にある扉の奥に設けられたサービス用階段で2階まで登るようになっています。現在、この階段は公開されていませんが、登った先は第一空挺団の殉職者を紹介する部屋に通じています。

    踊り場にあるサービス階段への扉

    建物の内部を見渡してみると、構造を担う通し柱が見当たりません。馬が走り回る為、柱のない広い空間を必要とする覆馬場(雨など天候に影響されず乗馬ができる屋根付きの屋内馬場)の構造を応用して建てられているのです。お陰で、広い空間と自由な間取りを実現しています。

    天皇を迎える建物ということで、室内各部屋の入口にもそれぞれペディメントが載っており、一見過剰なまでの重厚感。模様ガラスも入っています。

    内部装飾の数々 入口欄間には模様ガラス

    もちろん天井は格天井で、各所にレリーフもあしらわれています。このレリーフは、和紙を木彫りの型に押し付けて型取りをし、その型に漆喰を流し込むという手法で作られたもの。通常のコテ細工より細かい風合いを表現することができ、今では再現不能なものだそうです。

    天井の漆喰レリーフ

    装飾は全て西洋風という訳でもなく、欄間などには近代和風の透かしも見られます。

    和風意匠の欄間

    2階に上がると、正面に御座所。この天井も格天井ですが、さらに高貴な色である紫が使われています。ここに展示されている椅子は、最寄りの省線(現JR東日本)津田沼駅の貴賓室で使用されていたもの。

    2階御座所

    窓の下には菊花紋章が。ただし、いくつかは天皇の紋である十六菊ではありません。というのも、全て十六菊にしてしまうとその場所は「天皇専用」となってしまい、他の皇族が来訪しても中に立ち入れなくなってしまう為、わざと花弁の数をひとつ減じているのだとか。

    16菊の装飾 15菊の装飾

    御座所の両側は幅の広い廊下になっており、おそらく他の人間はここに並んで演習を視察したのでしょうね。

    御座所脇の廊下部分

    戦後、この騎兵学校には連合軍が進駐し、キャンプ・パーマーとなりました。御馬見所は司令官の執務室や士官のラウンジとして使用され、その際扉にペンキで表記などがなされ、現在でもその跡を見ることができます。同様のことは連合軍に接収された皇室用客車にも行われており、現在さいたま市の鉄道博物館で展示されている10号御料車(展望車)の車内には、進駐軍専用列車オクタゴニアン時代に白ペンキで記入されたドア表記が残っています。

    ドアに残る進駐軍時代の文字

    また、後年の修復の際に、士官ラウンジとなっていた部屋の天井裏から、アメリカ製のビールなどの空き缶が見つかっています。……マナーの悪い人が隠したんですね。

    ビールの空缶

    御馬見所は、陸上自衛隊習志野駐屯地となった後の1962(昭和37)年に「空挺館」と命名され、現在は1階部分に第一空挺団の歴史を紹介する資料展示、2階は旧日本陸海軍の空挺部隊の歴史資料と、陸軍騎兵学校の歴史資料を展示する資料館となっています。数年前までは、すぐ近くに騎兵学校時代の覆馬場が倉庫として活用されていたのですが、老朽化によって取り壊され、現在新しい建物が建設中です。

    騎兵学校時代からの建物は、この空挺館だけになりました。現在1月の降下訓練始め、4月の駐屯地創立記念日をはじめとした駐屯地一般開放日を中心に、年数回一般開放しており、見学することができます。詳しい日程については、第一空挺団の公式サイト「イベント情報」ページで告知されるので、機会があれば展示されている資料だけでなく、天皇を迎える為に作られた建物自体も鑑賞してみてくださいね。

    ■陸上自衛隊第一空挺団
    http://www.mod.go.jp/gsdf/1abnb/

    (文・写真:咲村珠樹)

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