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これが本当の異世界か? 経験者が語る不思議の国のアリス症候群の世界

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 福祉を学び、社会福祉士の資格を取得している筆者。精神保健分野の講義も多く受講していた大学在学中、突然「不思議の国のアリス症候群」という状態になり、奇妙な世界を体験しました。ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」で主人公のアリスが体験したように、様々な主観的感覚が変化してしまう、という症状が特徴の疾患です。

  •  イギリスのハイ・ロイズ病院に勤務する精神科医、ジョン・トッドが1955年の症例報告で命名した「不思議の国のアリス症候群(AIWS=Alice in Wonderland syndrome)」は、ルイス・キャロルの小説「不思議の国のアリス」で主人公のアリスが体験したような、空間や時間といった感覚のほかに、目や耳から入る情報が実際とは異なって感じられるもの、とされています。

     具体的には、めまいや吐き気、偏頭痛のほか、時間の流れが異常にはやく(もしくは遅く)感じる、実物より物が大きく(または小さく)見えるといった症状が報告されています。原因については症例数が少ないため不明な点が多いのですが、偏頭痛やてんかん、脳腫瘍、ヘルペスウイルスの一種であるEB(エプスタイン・バール)ウイルスのほか、向精神薬の副作用などが可能性として挙げられています。

     私がその奇妙な状態を経験したのは、大学3年生の後半、就職活動や卒業論文の執筆、そもそも大学を卒業できるのかという悩みが多い時期でした。その時くらいから、不思議な感覚に襲われはじめます。

     学生時代「精神医学」という講義であつかわれた時に、「今の自分が体験していることだ!」と驚いた記憶があります。その後すぐに精神科を受診すると、医師は「不思議の国のアリス症候群」と診断しました。

     ここでは、私が実際に体験をした奇妙な世界を、精神保健の分野を交えて書きます。注意してほしいことは、これは私の体験記であって万人に当てはまるとは限りません。「不思議の国のアリス症候群」は感覚の異常が症状として現れるため、感じ方も人それぞれで類型化が難しいのです。

    ■【症状1】時間の流れが壊れてしまう

     筆者の症状でまず自覚したのは、時間の感覚に対する異常でした。「不思議の国のアリス症候群」を発症する以前は、時計を見て20分経ったら「20分経ったな」と思うくらいだったのですが、発症後は時計を見て驚くことが多くなりました。

     時計では20分経っているのに、どう考えてもせいぜい3分位しか経っていない感覚に襲われたのです。時間の流れがまったく把握できない状態になり、さらに身体は異常にだるく動くことができません。横になっていることがせいぜいでした。何かを考えることも難しくなって、ただぼんやりと過ごすしかなかったのです。

     常に体感時間と実際の時間がずれていると認識できているわけではなく、ふと気づくと実際の時間と体感時間が異なっていることを認識する、という感じです。時計を見て“時間の流れがおかしい”と思った時に、はじめて症状が出ていることに気づき、同時に、ずれの幅は毎回一定というわけではありません。

     逆に時計の秒針がゆっくりと進んで見えることもあり、時給換算のバイトをしていたならば、あまりにも時間の進みが遅くて退屈し、仕事を辞めたくなる(自分の体感時間だけが実際より早回しで進んでいるので、仕事や体の動きが素早くなるわけではないのですが)だろうと、今振り返ると思ってしまいます。

     当時は「時間が壊れてしまった!」と感じたことを覚えています。時空が歪んでしまったというか、実際の時の流れから放り出されてしまったような不安を覚えました。

    ■【症状2】自分の人生を生きているのに、それが本当か疑ってしまう

     時間の感覚以外で自覚したのが、街を歩いていても、人と話していても、ご飯を食べていても、何をするにしろ自分の人生を生きているという実感がない、ということでした。ぼんやりとした感覚といったらわかりやすいでしょうか。人生そのものに霧がかかったような感じです。

     私の場合、この状態は特定の場面で現れるものではなく、病気を患っている時代にずっと体験することになります。人の話を聞いていても上の空なので、自分の意見を言えません。当たり障りのない言葉で話すしかありませんでした。

     状態がまだ良好な時は「自分探しの旅に出ようかな」と迷うくらい、自分を見失っていました。

     これは精神医学の世界で「離人症状」といわれるもので、自分が生きている現実世界を他人事のように感じてしまう症状です。これはつらいというよりも、今まで生きてきた自分の人生をどこかで落としてきた、喪失感に近いものでした。

    ■【症状3】幽体離脱ではなくて、肉体と精神が離れていく

     これも期間としては長期的なものでした。自分の肉体があることは分かるのですが、一方で地に足がついていないというか、自分の心が浮いている感覚になったのです。

     この体験は非常につらいものがありました。離人症状に近いものがありますが、「ここはどこなんだろう?」と絶えず自分が今いる場所に対して疑問を持って、ふわふわとした雲の上を歩くような感覚になっていました。

     これは「空中浮遊体験」と言われる症状です。私の場合、完全に肉体と心が離れていると確信はしませんでした。なんとかくっついているという感覚で、空中浮遊まではいきませんでしたが、その寸前の状況だったと思っています。

    ■【症状4】世界が歪んで見える、溶けているようにも見える

     ふとした瞬間に起こることですが、外を歩いていて絶対に固まっているもの。例えば無機質なトラックがトローっと、炎天下の下で食べるアイスクリームのように溶けて見えます。これは視覚に関しての異常といえます。

     また、目を川に向けて、そのあと違う場所を見ると、川と同じ速さで世界が流れているように見えることもありました。この体験の恐ろしいところは回避策として目を閉じても、暗闇のなかでうねうねとした世界の感覚が残って感じてしまうのです。外に出ることも、障害物を乗り越えていく状態で苦戦しました。

    ■【症状5】大きさの感覚が狂う

     電気を消す前に見ていたベッドはいつもの大きさに見えるのですが、電気を消してベッドに横になると、ベッドがすごい勢いで広がっていくような感覚になり、砂漠の真ん中で横になっている気分に。視覚で大きさを把握できなくなると、このような感覚に襲われました。

     広大な土地の中心で寝ていると思うと不安で眠れなくなります。いろいろ考え始めると時間の流れは遅くなって、自分が誰なのかわからなくなった挙句、肉体から精神が離れて行くような気分になる。

     こうなってしまっては「不思議の国のアリス症候群」のオールスターがそろい踏みした状態です。夜はどうしても孤独で、一日の疲れも溜まっているので特に症状が出やすかったのかもしれません。

     これは自分を基準とした相対的な空間認識に異常をきたしている状態で、本当の大きさとはまったく違う、ものが巨大化している感覚になる「大視症」といわれるもの。その反対に「小視症」というのもあり、これは相対的に小さく感じるものです。

    ■改善のきっかけ

     改善した理由は、私の生活が忙しくなったということがあげられます。就職活動が激しくなり、その後社会に出て忙しい時間を過ごしていくうちに自然に消滅しました。

     この病気の発症理由に関しては、さまざまな説があります。片頭痛からくるもの、ウイルスからくるもの。私の場合は、人生に迷いが出ていた頃の漠然としたストレスが原因だととらえています。

     症状は人それぞれで、私の体験と重なる部分もあればまったく違う症状の人もいます。ただ自分一人が苦悩している訳では無いということを知ってほしいと思います。体験者だからこそ強く感じることです。

     共感できる人もいるでしょうし、奇妙な話だと思う人もいるでしょう。ただ一過性の場合もあるので、様子を見ることも重要です。片頭痛があり、この症状が出た場合はかかりつけ医に相談して、手を打った方がより良い方向へ向かいやすいかもしれません。

     これらの症状は「秘められし特殊な能力が発現……!」といった厨二病的なものではなく、ある種の精神症状・感覚の異常にすぎないということ。誰にでも起こり得ると同時に、場合によっては脳腫瘍など重篤な病気のサインである可能性もあるので、いつもと違う感覚を覚え、それが続くようであれば、迷わず病院で受診しておいた方がいいでしょう。

     私の場合、もう一度「不思議の国のアリス」を読んでみたい気持ちもありますが、反面読んでしまうとまた、物語のようにウサギの穴に落ちてしまいそうなので今はやめておきます。

    (室崎陽光/社会福祉士)

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