ふとしたきっかけで、それまで陽の目を浴びなかった商品が急に売れるのは往々にしてある話。

 商いの魅力かつ醍醐味ともいえますが、岩手県にある「南部鉄器工房及富(おいとみ)」の職人である菊地海人さん(以下、菊地さん)は、自身のTwitterの投稿がきっかけでそれを経験した方。

 そのときのエピソードについて語った投稿が反響を呼んでいます。

 「亡くなった先代も製作から半世紀近く経った現代において、この鍋敷きが審神者に支持されるとは想像しなかっただろう。」

 そんなつぶやきとともに、菊地さんが投稿したのは、「ことほぎ」と呼ばれる鍋敷き。

南部鉄器職人の菊地さんが紹介した鶴のことほぎ。

 漢字にすると「言祝ぎ(または寿ぎ)」、そして鶴の紋様ということもあり、縁起物の贈答品として及富でも人気の商品ですが、人気に至るきっかけとなったのがTwitterだそうです。ん?さにわ?

 実はこれ、名だたる刀剣が戦士へと姿を変えた人気ゲーム「刀剣乱舞」シリーズに登場する、「鶴丸国永」の紋とよく似ているのです。色の違いはあれど、それ以外で大きな差異はなく、初見の方ならコラボグッズと誤解してしまうかも。

 しかしながら、菊地さんが紹介した鶴のことほぎは、刀剣乱舞が世に送り出された2015年よりはるか昔に産声をあげたもの。菊地さんの祖父が作られたものなんです。

 「製作年数や作られた経緯は明らかになっていないんですが、1970年代の弊社カタログには掲載がなく、1980年代のものにはあることから、おそらくその間に作られたと思います」

 そんな菊地さんですが、実は「とうらぶ」との歴史的邂逅は、今回紹介したことほぎとは別にあります。

■ 及富の創業時の当主は伊達家の釡師

「先日、地元の水沢工業高校のインテリア科の女子生徒2人をインターンシップで受け入れ。ただの雑務体験にはしたくなかったので、鉄瓶の彩色デザインを体験してもらった。右のデザインは刀剣乱舞の今剣と岩融をイメージしたものだそうで、岩手県南、平泉に因んだ儚さをうまく表現していた。命名 花霞」

 2019年10月。菊地さんは、及富と同じ奥州市にある「水沢工業高校」の女子生徒を、インターンシップで工房に受け入れることに。そこで“就業体験”として、生徒たちに南部鉄器の鉄瓶彩色デザイン業務をしてもらい、それにより生み出された鉄瓶2品を紹介しています。

元々ファンだった菊地さんが刀剣乱舞と邂逅したのは2019年。工房にインターンシップを迎え入れたのがきっかけ。

 このとき投稿された鉄瓶のひとつが、刀剣乱舞に登場する今剣(いまのつるぎ)と岩融(いわとおし)をイメージしたカラーリングの「花霞」。

 1000年の歴史を持ち、日本が世界誇る伝統工芸「南部鉄器」において、2019年当時も人気だった“とうらぶ”を連想しつつ、現役女子高生が、「奥州平泉に因んだ儚さ」を表現した逸品は、投稿当時4万を超えるいいねが寄せられました。

 ところで、今回ご紹介している菊地さんは、「南部鉄器工房及富(おいとみ)」の次期当主。及富は、2021年で創業173年目を迎えるのですが、実は創業時の当主が当時仙台藩主であった伊達家に釡師(茶釜の鋳る職人)として仕えていたそうです。

 そして、今回そっくりであると話題になった鶴丸の「モデル」である名刀「鶴丸国永」ですが、これは平安時代に作られ、様々な人の手に渡ったのち、江戸時代は伊達家の元へ。1901年に、当時の藩主がときの明治天皇に献上するまで保有していたそうです。

 というわけで、実は鶴丸とは既に“面識”があった及富。今回の投稿の続きにて、子孫である菊地さんが「因果」というのも頷けます。「偶然は必然」なんて言葉もあるように、巡り合うことが宿命だったのかもしれませんね。

■ 「南部鉄器」を世界に伝えていくために

 そんな菊地さんですが、及富が、日本で初めて南部鉄器を国外で商品展開に成功したメーカーという歴史的経緯もあり、現在は世界中の南部鉄器ファンに向けて、その「歴史的価値」を発信するため、クラウドファンディングに挑戦中。

 クラウドファンディングサイト「CAMPFIRE」にて、プロジェクト名「創業1848年。南部鉄器工房 及富が誇る鉄器の魅力とその価値を世界中に届けたい!」として行われています。ちなみに目標額は300万円ですが、募集期間約1月以上を残してすでに達成済。今後も期間内は募集が行われます。

 実は弊社では、以前菊地さんがTwitterで紹介し、話題となった「令和急須」についても記事で紹介しています。

以前も編集部で取り上げたことのある菊地さん。そのときの「令和急須」も歴史をつかさどる逸品でした。

 その際にも語られていたのが、「南部鉄器古来の伝統を強く意識している」ということ。

 Twitter、刀剣乱舞、そしてクラウドファンディングと、現代ツールをフル活用して、南部鉄器の情報を発信していく菊地さんですが、他方、1000年の歴史を有する伝統工芸品の伝承者として、その歴史と誇りも強く抱いておられる方でした。

<取材協力>
菊地海人さん(@kaito_kiku327)
南部鉄器工房及富(https://oitomi.jp/

(向山純平)