入力した数値によって、文字の幅や太さが自在に変わる機能「バリアブルフォント」。

 アニメーション的な変化が可能で、視認性にも優れていますが、これを応用した「文字の変遷」がTwitterで話題を呼んでいます。

 「バリアブルフォント凄い!!」というつぶやきとともに、動画を投稿したのはおざわさん。動画内では、PC端末上に「いろは歌」が漢字で表示されています。

タブレット端末に写っていたのは、いろは順に並ばれた漢字。

 が、次の瞬間、漢字で記された「いろは歌」がひらがなへと一斉変換。

次の瞬間、漢字からひらがなへ自動変換。

 おざわさんによると、この投稿は、書体設計士である鳥海修氏が塾長を務めるタイポグラフィの研究会「松本文字塾」にて、塾生が発表した作品とのこと。以前からスタッフとして関わっており、塾生たちの制作課題の発表を知って欲しいと、自身のTwitterを通じて紹介したそうです。

 「私は印刷物用のデータ制作(DTP)を生業としているので、『書体を作る』というのはスタッフながらいつも勉強になっています。作品を通じて、『熱意』にいつも感心していますね」

 大きな注目を集めることとなった作品ですが、制作した人物と、どのようにバリアブルフォントを活用しているのかも気になるところです。

 今回編集部では、作者である舟山貴士さん(以下、舟山さん)にも話を聞きました。

■ グラフィックデザイナー兼大学助教が制作者

 舟山さんは書籍や雑誌のグラフィックデザイナーと、東京工科大学助教として教鞭をとるという二足の草鞋を履いた生活を送っている人物。以前から興味を持っていたのが「文字」だったそうで、研究の一環として、2022年から「松本文字塾」に参加したそうです。

 ところで、ここまで話に出てくる「松本文字塾」ですが、これは筆やペンなどを用いて、文字の有する造形について学んでいく勉強会。どちらかといえば「アナログ」で、舟山さんのこれまでの活動とは対極に位置するものです。

 「書道の経験もなく、筆を持つのも小学校の習字以来だったので当初は苦戦しました。1年かけて、明朝体のかな書体を作成することに取り組んでいますね。そこで『筆書きの文字』と『活字の文字』が、どのような変遷で成り立つのかを検証しようと思い立ったんです」

 実は舟山さんは、以前からある試作を行っていました。それは「安→あ」のような文字の「変遷」を、バリアブルフォントを用いて表現すること。とはいえ、バリアブルフォントが従来持つ機能だけでは、表現に限界があります。そこで設定を、一工夫しました。

 「今回は、『楷書の漢字』『漢字の造形が比較的残っている崩し字』『かなの造形に近づいた崩し字』『楷書のひらがな』という4種類の基準になる『マスター』を作成しました。バリアブルフォントは、『細い書体』と『太い書体』を作ると、“中間”の太さのパラメータを変えることで、自由に設定が出来るような使われ方をされます。それぞれの中間になる形を保管して、本当に動かしているように見える文字にしました」

 改めておざわさんの投稿動画を見てみると、「い」から「以」、「以」から「い」に変化する過程において、その中間ともいえる文字が一瞬表示されています。どうやらこれが舟山さんのいう「崩し字」を指すようです。

変換の途上において、ワンクッション置いた「崩し字」。

 豊富なデジタルの知見を有していた舟山さんですが、文字の変遷を正確に理解するために「松本文字塾」を受講。文字通りの「いろは」を学びました。本作は、デジタルとアナログがあわさった「ハイブリッド」な作品であるともいえますね。

 「今回の制作は、『かなの造形の変遷を確認する』という目的で作りました。文字1つ1つの造形にこだわるよりは、まず一通り全ての仮名文字を作成することに注力しています」

 あくまで「研究段階」であることを強調する舟山さん。フォントの配布や販売予定も考えていないとのことです。

 一方で、「鳥海氏や、文字塾のメンバーの方に見ていただければそれでいいかなと思っていたんですが」という中で、SNSでの一連の反響には、率直に驚いているとのこと。それを踏まえて、今後の方向性についても色々思案しているそう。

 「実は本作には、『お』や『へ』など、自分でも分からない変化をしている文字もあります。崩される過程で、どの線がどの線に対応しているかなど、まだまだ検証の余地はあると思っています」

 「今後については、例えば書の展示会において、観覧者がタブレットなどで『読めない文字』から『見慣れた文字』に徐々に変わっていく様子など、より文字を身近に感じられるようになるならば、何かしら制作してみたいですね」

<記事化協力>
舟山貴士さん(@mt_funa)
おざわさん(@zawatch)

(向山純平)