「うちの本棚」、今回は横山光輝の代表作のひとつ『マーズ』を取り上げます。異色のSF作品として、そのラストシーンは衝撃的です。
本書は『マーズ』の最初の単行本で、その後「秋田コミックセレクト(B6版)」「愛蔵版(四六版ハードカバー)」「秋田漫画文庫」などで再刊されている。また本作を原作としたテレビアニメ(『六神合体ゴッドマーズ』)もあるが、はっきり言って別物である。
『バビル2世』のあと横山は「少年チャンピオン」で学園ものの『あばれ天童』を連載するが、その後またSF作品である本作の連載をスタートしている。単行本カバーの袖部分で作者がコメントしているように「もうSFは描くまいと思い」ながらもSF以外の作品を描いているとSFが描きたくなったのかもしれない。
本作のアイデアの元は昭和46年の『サンダー大王』にあるという。確かに自分がかなわないときは体内の水爆を爆発させて相手を倒すようにプログラミングされていたサンダー大王と、地球人類の進化の度合いを判断して地球を消してしまうガイアーは共通したものがあるだろう。
横山の作品はドライでシビアでたびたび救いの無いエピソードが描かれるが、本作はその代表的な一作といえるかもしれない。なんといっても人類の存在を否定しているのであるからどうやっても救われることはない。ストーリーの前半では、過去の歴史はどうあれ、進歩の過程で過ちを認め二度と繰り返さない知恵が人類にはあるのだとヒューマニズムをにじませる展開も見られるのだが、結局は人類は戦争や争いを避けることのできない生き物であるという結論に向かっていってしまう。戦場では人を殺しても家にもどればいい父親であり夫であるような二面性が人類にはあるのだ、というセリフも出てくるのだが、その結論は、宇宙に進出しても人類は侵略や戦争を繰り返すだろうということになってしまう。
これは横山の考え方もあるだろうが、連載当時の社会状況がネガティブな方向にあったといってもいいかもしれない。ちょうど「ノストラダムスの大予言」などが流行して終末イメージも広まっていた時期でもある。とはいえここまで突き放したドライな作品は横山作品でも珍しい。ことにラストの衝撃は異色ですらある。たぶん連載開始当初から(あるいはアイデア段階から)作者の頭の中にはこのラストシーンが出来上がっていただろうし、本作はこのラストでなければならない。
作品のイメージとしては、リモコンなどを用いず少年の命令によって巨大ロボットが動くという点で『バビル2世』に似た印象もある。本作では超能力というほどではないにしても通常の人間とはかけ離れた体力と運動神経が主人公にはある。またマーズを襲う6体の神像は操縦者が乗り込むタイプであるが、ガイアーはマーズが乗り込んで操縦することはない。このあたりも『バビル2世』の印象に近いように感じてしまう。結果的に本作以後「少年チャンピオン」で『バビル2世』の続編『その名は101』を描くことになるのは少年を主人公にしたSFものが『バビル2世』的になってしまうことからストレートに『バビル2世』を描いたということだったようにも思えてしまうのだ。
マーズをはじめ、マーズと敵対することになる六体の神像の操縦者たちも地球の人類ではない。まだ地球人の文明が発達する以前、地球を訪れた宇宙人が地球人の持つ残忍さや闘争心を畏れ、その文明が宇宙に進出するとき、地球を人類ごと消し去るためにセットした人工生命体という設定である。つまり最初から人類を滅亡させるためにセットされた時限爆弾といっていい。しかしマーズは海底火山の爆発により予定より100年早く目覚めてしまい、本来の使命も忘れてしまっている。通常であればここから人類は本当に滅亡させるべきなのか、人類にもまだ希望があるという展開となりラストになりがちだ。実際物語の当所はそのように進んでいく。この作品のラストを否定するつもりは毛頭無いのだが、マーズがもう少し宇宙の中での人類ということに葛藤してもよかったのではないかという気はする。そのような展開にならなかったのは、やはり横山作品に女性キャラの比重が低いことがからんでいるように思う。本作では春美という、マーズが身を寄せる医師の家の娘が登場し、マーズと交流も持つのだが、もうひとつその先まで踏み込むことは無い。ここで恋愛感情だのを持ち出しても陳腐かもしれないが、そのような展開こそがマーズが葛藤する要素にはなったはずだ。同じように人類が絶滅してしまう展開で名作となった、永井 豪の『デビルマン』と、ラストの衝撃でカルト的な人気の本作の違いがそのあたりにあるような気がしている。
書 名/マーズ(全5巻) 著者名/横山光輝 出版元/秋田書店 判 型/新書判 定 価/各350円 シリーズ名/チャンピオンコミックス 初版発行日/第1巻・昭和51年8月10日、第2巻・12月30日、第3巻・昭和52年2月25日、第4巻・3月25日、第5巻・4月30日 収録作品/マーズ |
(文:猫目ユウ)