「うちの本棚」、今回も横山光輝の作品から『闇の土鬼』を取り上げます。いっけん忍者物のように見えて、実は武芸物という本作。宮本武蔵や柳生十兵衛との対決シーンも見どころです。
江戸時代三代将軍家光のころ、とある農家で貧しさから赤ん坊が捨てられようとしていた。しかしその子は土に埋められても息絶えることの無い生命力をみせ、たまたまそれを見た男がその赤ん坊を引き取りいずこともなく連れて行った。
やがて町の道場で親子として暮らすふたりは、父は腕の立つ剣術道場主として、息子は練習している姿さえ見られないがただ者ではないと噂されていた。
そんなとき、その噂を耳にし道場を調べる虚無僧がいた。父である道場主がかつて所属していた血風党という暗殺組織のひとりで、ついに発見されてしまったというわけだった。
血風党の仲間たちに倒され、息絶える前にその素性と息子が実の子供ではないことを告白した父の亡骸に、主人公はこれまで仕込まれてきた血風党の裏の武芸を見極めたいと、血風党頭領である無明斉と対決することを誓うのだった。
主人公の名前である「土鬼」は、冒頭埋められてもなお生きようとする生命力から「鬼のようだ」として付けられた名。また「闇」とは裏の武芸を指すものだろう。
本作を読む前には、なんとなく忍者物というイメージを持っていたのだが、忍者的な体術を会得している主人公ではあるが忍者ではない。むしろ宮本武蔵や柳生十兵衛との戦いが描かれるなど武芸者という立ち位置である無明斉があみ出したとされる裏の武芸は中国武術を取り入れたもので、土鬼が得意とするのは「七節こん」と呼ばれるもの。また小石などを使った霞つぶてなどは血風党の共通したスキルとなっている。
物語は、土鬼が血風党をひとりひとり探し出し対決しやがて無明斉に迫るという形で進展していくように見えたが、そこに幕府の思惑がからみ、戦国時代には家康の配下として暗殺などで活躍した血風党も太平の世になり、依頼によって人を殺す集団に成り下がってしまったため、幕府としてもその存在を消そうと画策し始めていたのだ。伊豆守は土鬼の目的、そしてその実力を知って自分たちの目的のため利用しようと企む。もっとも土鬼自身はそういった思惑はさておき、自分の目的のため血風党・無明斉へと迫っていく。
ところで本作が連載されたのは「少年マガジン」であり本書もその「マガジン」掲載作品を主に収録していた「KCコミックス」での刊行である。本作以前にも「マガジン」には作品を発表していた横山だが、ストレートに連載後単行本化されたのは、実はこれが最初といっていいと思う。連載後時間が経ってから単行本化された作品が横山の場合意外と少なく、昭和40年代後半以降、連載中または終了後まもなく作品が単行本化されていったのを考えると(この時期から連載作品=単行本化という出版の流れもできていた)、過去作品の原稿を整理するのが億劫だったのじゃないかとも思えてしまう。
横山作品では、たとえば『伊賀の影丸』など相手の忍者がどんな技を使ってくるのかという楽しみとそれをどう攻略するのかというスリルがあったわけだが、本作ではそれぞれ得意とする武器はあるものの、血風党で使われる数種類の武器や武術の中から得意とするものを使うという趣向で、その人物独自の技というのは少ない。その点でも忍者物というより武芸物という印象が強くなっている。ちょっと地味な印象ではあるが、横山作品の中でも忘れることのできない作品のひとつと言っていいだろう。
書 名/闇の土鬼(全5巻) 著者名/横山光輝 出版元/講談社 判 型/新書判 定 価/各320円 シリーズ名/講談社KCコミックス 初版発行日/第1巻・昭和49年1月20日、第2巻・2月20日、第3巻・3月25日、第4巻・3月25日、第5巻・5月25日 収録作品/闇の土鬼 |
(文:猫目ユウ)