こんにちは、咲村珠樹です。ミリタリー初心者に向けて、軽いミリタリー知識をご提供する「ミリタリーへの招待」。さる10月14日、相模湾を舞台に行われた自衛隊観艦式。今回はそのリポートの第2回。いよいよ観艦式のリポートです。今回は「海上自衛隊創設60周年」ということもあり、外国からの艦艇も参加するものとなりました。
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観艦式が実施されるのは、相模湾の海上に設定された南北およそ5.5km、東西およそ14.7kmの海域。ここへ向け、参加艦艇は横浜、横須賀、木更津の各港から出発します。観艦式自体はお昼の12時開始ですが、その時刻に実施海域に着く為には、おおむね朝の9時に出港しないと間に合いません。抽選によって選ばれた一般の観客の受付は、それに先立つ6時半から始まります。観客は全国からやってくるので、周辺の宿泊施設は早い段階から予約が集まっていました。
さて、観艦式は本番の14日の他、8日(体育の日)と11日に、「事前公開」として本番同様の予行が行われます。残念ながら今回の観艦式は諸般の事情で観艦式当日の取材が叶わなかったので、今回は事前公開の画像を中心に観艦式の流れをお届けしましょう。
防衛大臣や各幕僚長、そして外国からのゲストや一般の観客を乗せた参加艦艇は、屈指の海上交通量で知られる浦賀水道を抜け、およそ13ノット(時速24km)の速度で相模湾を目指します。朝8時頃の乗艦から観艦式まで4時間ほどかかる船旅になるので、一般客が飽きないよう、艦上では主砲やCIWS(近接防御用高性能20mm機関砲)などといった装備品を動かして紹介する「操法展示」が行われます。
砲塔がグルリと後ろの方まで回転する様子や、CIWSがほぼ真上(正確には85度)まで向くことができる様子を見て、一般の観覧者は「ここまで動くのか」と感嘆してましたね。特にCIWSが迎角を一杯にとった状態は、上の白いレーダーシステム部分が大きいので、ひっくり返りそうに見えるだけに驚きが大きかったようです。
城ヶ島沖を通過すると、参加艦は針路を真西に向けて、徐々に艦隊の隊形を整えていきます。観艦式に使われるのは、部隊ごとにまっすぐ縦一列に艦を並べる「単縦陣(たんじゅうじん)」という隊形。観艦式開始となる正午の約20分前には、完全にこの形にし、それぞれの艦の間隔も規定通りに整えて開始を待ちます。
観艦式の形式には複数の方法があり、多くの場合、観閲される側は停泊していて、その前を観閲艦が航行しながら観閲していく……という方式です。日本でも1868(明治元)年3月に大阪の天保山沖で行われた「観兵式」(これは日本の保有する軍艦の数が6隻と少なかったので陸上から観閲)から、1912(大正元)年11月に横浜沖で行われた「大演習観艦式」までは、観閲される側は停泊し、観閲官の天皇陛下(1869年6月、品川沖の「凱旋整列式」のみ、海軍を管掌していた有栖川宮兵部卿)の方が移動するという「停泊観艦式」でした。
1913(大正2)年11月、横須賀沖で実施された「恒例観艦式」では、観閲する側だけでなく観閲される側も航行して行う「移動観艦式」という方式が行われ、現在の海上自衛隊もこの方式で行っています。互いに移動している上に海流や風、波の影響も受ける為、より艦隊全部の操艦が難しく、美しく見せる為には高い練度が必要となります。航空機も同様に飛行してくるので、航空管制も含めたきめ細かなスケジュール管理もあるので、世界の中でも難度の高いことを実施していると言っていいでしょう。海上自衛隊はこの観艦式に連続して、日頃の訓練の一端を見せる「訓練展示」も行うというのも特徴です。
さて、今回の観艦式に参加した艦艇を、部隊ごとに紹介しましょう。
まずは観閲する側。
観閲部隊
先導艦:護衛艦ゆうだち(DD-103)
観閲艦:護衛艦くらま(DDH-144)
随伴艦:護衛艦ひゅうが(DDH-181)、護衛艦ちょうかい(DDG-176)、護衛艦あたご(DDG-177)
観閲付属部隊
護衛艦いなづま(DD-105)、試験艦あすか(ASE-6102)、潜水艦救難艦ちはや(ASR-403)、護衛艦やまゆき(DD-129)、訓練支援艦てんりゅう(ATS-4203)
観閲艦のくらま(DDH-144)は、2006年、2009年に続いて観閲艦の任務に就きました。それ以前は同型艦であり、しらね型護衛艦の1番艦である
しらね(DDH-143)が1981年(オイルショック後8年ぶりに再開された回)から観閲艦を務めており、30年にわたって「観閲艦といえばしらね型」という存在です。
そして、観閲される側です。
受閲艦艇部隊
旗艦:護衛艦あきづき(DD-115)
第1群:護衛艦はたかぜ(DDG-171)、護衛艦しらね(DDH-143)
第2群:護衛艦たかなみ(DD-110)、護衛艦おおなみ(DD-111)、護衛艦はるさめ(DD-102)
第3群:護衛艦いせ(DDH-182)、護衛艦せとぎり(DD-156)、護衛艦はるゆき(DD-128)、護衛艦あさゆき(DD-132)
第4群:潜水艦けんりゅう(SS-504)、潜水艦いそしお(SS-594)、潜水艦わかしお(SS-587)
第5群:掃海母艦ぶんご(MST-464)、掃海艇あいしま(MSC-688)、掃海艇みやじま(MSC-690)、掃海艇ひらしま(MSC-601)、掃海艇たかしま(MSC-603)、掃海艇えのしま(MSC-604)
第6群:輸送艦くにさき(LST-4003)、LCAC(くにさき搭載2105・2106)、ミサイル艇しらたか(PG-829)、ミサイル艇くまたか(PG-827)
第7群:護衛艦うみぎり(DD-158)
第7群には本来、海上保安庁の第三管区海上保安本部(横浜海上保安部)から巡視船やしま(PLH-22)が参加予定でした。ですが、尖閣諸島周辺での中国船警戒で全国から巡視船が派遣されており、巡視船をギリギリで回している(同じ管区で大規模な船舶事故が同時に2件起きると、もう巡視船が足りなくなる恐れがあるそうです)関係で直前になって参加できなくなってしまいました。
受閲艦隊旗艦のあきづき(DD-115)は、3月に就役したばかりの新鋭護衛艦あきづき型の1番艦。海上自衛隊の次世代を担う護衛艦と目されていますから、旗艦となったのもよく判ります。今回の観艦式は習熟訓練中での参加でした。この他、同じく今年就役したばかりの潜水艦けんりゅう(SS-504)、掃海艇えのしま(MSC-604)が参加。けんりゅうはスターリング機関を備えた世界最大のAIP艦である、そうりゅう型潜水艦の4番艦。えのしまは今までの木造船体(掃海艇・掃海艦は磁気反応機雷に反応しないよう、鉄が使えません)からFRP(繊維強化プラスチック)船体を初めて採用したえのしま型掃海艇の1番艇。それぞれ新鋭の艦艇というだけでなく、海上自衛隊の次世代を担う象徴ともいえる艦艇です。
これに加え、今回は外国からの艦艇が「祝賀航行部隊」として参加しました。
祝賀航行部隊
オーストラリア海軍のフリゲート HMASシドニー(SYDNEY・FFG-03)、シンガポール海軍の揚陸艦 RSSパーシステンス(PERSISTENCE・209)、アメリカ海軍の巡洋艦 USSシャイロー(SHIROH・CG-67)
オーストラリアから参加したシドニーには、女性の乗組員が目立ちました。しかもモデルのような美人もいて、海上自衛隊でも一部の隊員の間で話題になっていました。本人に訊いてみると、オーストラリア海軍では多くの女性が艦艇勤務となっていて「男性と乗務するのはごく普通のこと。向こうも気にしない」そうです。海上自衛隊でも、ひゅうが(DDH-181)の航海長が女性だったりと水上艦への女性進出が進んでいますが、まだまだ珍しい存在で、男性の乗組員の中にはまだ「どう接していいか判らない」などといった不安を感じている人もいます。いずれオーストラリアのように「当たり前」の時代が来るのでしょうが……。
また、これら外国艦のマストには、自国の国旗とともに自衛艦旗が掲げられ、海上自衛隊に対する敬意を示していました。
これらの艦艇が部隊ごとに単縦陣を組み、800ヤード(約730m)の間隔を空けて12ノット(時速約22.2km)の速度で並走する観閲部隊と観閲付属部隊の間を、反対側から受閲艦艇部隊が10ノット(時速約18.5km)で通り抜ける……という形になります。
各艦艇の距離は、マストを基準に500ヤード(約460m)。掃海艇やLCAC、ミサイル艇の場合は小さいので300ヤード(約270m)の間隔を取り、各群とは700ヤード(約640m)離れて区切りとしています。
これら整然とした隊形ですが、まず針路についてはGPSのデータをCIC(戦闘指揮所)で解析し、設定されているルートから何度ズレているかを艦橋にある端末に伝え、それを元に修正しています。間隔は双眼鏡で、マストの見え方(高さ)を元に距離を割り出します。距離を測定しながら、前を航行する艦に掲げられている速度を示す旗を見て、きめ細かい速度調整がなされるので、この隊形維持だけでも練度の高さがうかがえますね。
隊形が整いつつある頃、観閲官である野田総理大臣が第21航空隊(千葉県・館山基地)の対潜ヘリコプターSH-60Kに搭乗して、観閲艦くらまに到着します。前回、2009年の観艦式には当時の鳩山総理大臣が参加せず、菅副総理が代行したので、観艦式で総理大臣が観閲官を務めるのは2006年以来となります。
ヘリコプターから降りた総理大臣は、そのまま後部のヘリコプター格納庫において儀仗隊の栄誉礼を受けます。
くらまのマストには、これまで海上幕僚長旗が掲げられていましたが、これに替わって「総理大臣の座乗」を示す内閣総理大臣旗が掲揚されます。この内閣総理大臣旗が護衛艦に掲揚されるのは、基本的に観艦式くらいしかないというレアなシチュエーションです。
一連の到着行事を終えた野田総理大臣は、くらま艦橋の上部に設けられた露天の観閲台に移動し、正午からいよいよ観艦式がスタートします。
正午に合わせて、旗艦あきづきを先頭に総延長約12kmにおよぶ受閲艦艇部隊が、観閲部隊と観閲付属部隊の間を通過していきます。観閲艦のくらまと受閲艦艇部隊第1群のしらねで構成されるしらね型護衛艦は、ディーゼルやガスタービン推進になった海上自衛隊の艦艇で、旧来のボイラーを使用した蒸気タービン機関を使用する唯一の型です。就役から30年を超え、代替艦の建造も進んでいるので、観艦式の花形として過ごしてきたこの2隻が、揃って観艦式に参加するのはこれが最後になるでしょう。すれ違う中、互いに今までの年月を思い、いたわりあっているようにも見えました。
受閲艦艇は、観閲艦が接近するのに合わせ、乗組員が舷側に並んで敬礼をする「登舷礼」というものを行います。これは本来、航行に従事していない乗組員を全員舷側に並べてみせることで、こちらから攻撃する意志がない(攻撃の準備すらしていない)をいうことを示して敬意を表す行為でした。
潜水艦の場合は、乗組員が海に転落する危険があって登舷礼を行うのが困難な為、セイル(海面上に露出する艦橋に相当する部分)に艦長が登って敬礼を行います。輸送艦くにさき(LST-4003)には陸上自衛隊と航空自衛隊の隊員が乗艦しており、彼らも甲板上に整列して敬礼を行います。
続いて上空から受閲航空部隊がやってきて、観閲部隊・観閲付属部隊の間を追い越すように編隊飛行を行っていきます。
この受閲航空部隊の構成は
指揮官機:UP-3C(神奈川県厚木基地・第51航空隊)
第1群:SH-60J(千葉県館山基地・第21航空隊)、UH-60J(千葉県館山基地・第73航空隊)
第2群:MCH-101(山口県岩国基地・第111航空隊)
第3群:MH-53E(山口県岩国基地・第111航空隊)
第4群:陸上自衛隊CH-47J(千葉県木更津駐屯地・第1ヘリコプター団)
第5群:TC-90(徳島県徳島基地・第202教育航空隊)
第6群:US-1A(山口県岩国基地・第71航空隊)
第7群:US-2(山口県岩国基地・第71航空隊)
第8群:P-3C(神奈川県厚木基地・第3航空隊)
第10群:航空自衛隊F-2(青森県三沢基地・第8飛行隊)、F-15(茨城県百里基地・第305飛行隊)
本来なら第9群として、青森県の航空自衛隊三沢基地から警戒航空隊のE-2Cも参加予定でしたが、残念ながら諸般の事情で参加が叶わなくなりました。
指揮官機のUP-3Cは1機しかないレアな機体で、めったに見ることのできないものです。岩国基地のMCH-101は観艦式初参加。そしてUS-2は受領したばかりの9905号機が参加しました。それと入れ代わるように年々退役が進んでいるUS-1Aは、現在残っている2機のうち1機が参加。8日の事前公開では9089号機、本番の14日には最終号機(製造20号機)である9090号機が参加しました。恐らく次回、2015年に予定される観艦式の頃には全機退役しているでしょうから、これが最後の観艦式となる可能性があります。
そんな意味では、今回の観艦式は「新旧交代」というムードを強く感じさせたものでした。
次回は、一般の観客の人気が高い「訓練展示」の様子と、帰投していく様子などをご紹介します。
■取材協力:海上自衛隊
■写真:海上自衛隊写真員 松本1曹・伊藤1曹・岩下3曹
(文・写真:咲村珠樹)