レッドブル・エアレース、第5戦が8月15日・16日にイギリスのアスコット競馬場で行われ、地元イギリスのポール・ボノム選手が優勝、そして日本の室屋義秀選手が3位に入り、今シーズン初の表彰台となりました。
会場となったアスコット競馬場は、1711年にアン女王によって作られたイギリス王室所有の由緒ある競馬場。6月の「ロイヤル・アスコット」や、7月の「キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス」、10月の「チャンピオンズステークス」は、ヨーロッパ競馬の主要競走として世界的に知られています。
ここでレッドブル・エアレースが開催されるのは、昨年に続いて2回目。他の会場と違い、観衆の見守る競馬場のグランドスタンドに面した内馬場(芝コース)から飛行機が離陸し、レースを開始するという、レース飛行場とトラックが一体化しているのが特徴。車やバイクのサーキットのように、離陸前・着陸後の飛行機やパイロットの動きが生で見られます。通常レース飛行場で行われる表彰式もグランドスタンド前で行われ、大勢の観衆の喝采を受けられるという、パイロットにとっても非常に晴れがましい場所です。
会場で体験できる、3Dアトラクションの映像で見てみましょう。実際にはヘッドマウントディスプレイで体験しますが、この動画でも画面の左上にあるコントローラーで視界を移動することができます。エキサイティングなナレーションはポール・ボノム選手によるもの。ちなみに日本語版は室屋義秀選手がナレーターを務めています。
日本同様、今夏記録的な猛暑に見舞われたイギリス。しかしレースウィークに入ると一転して天候がグズつくようになり、金曜日に予定されていたトレーニングフライトは豪雨の為にキャンセルされてしまいました。結局、トレーニングフライトは土曜日の予選に先立って行われることに。この辺り、第2戦の千葉と同じ状況です。千葉のレースが終了した後、ボノム選手が記者会見で「千葉の気候は(変わりやすい)イギリスに似ているんだ」と言っていましたが、それを証明するような形です。
■波乱の予選
トレーニングフライトの後に実施と、少々慌ただしいスケジュールとなった土曜日の予選。ここで波乱が起きます。
ロヴィニ、ブダペストに続いて3連勝を狙うアルヒ選手が、1回目のタイムアタック中に危険(「木に接触しそうな気がした」とコメント)を感じてアタックを中止し、安全の為上昇してコースアウト(クライムアウト)。2回目のアタックにかけたのですが、今度はエンジントラブルが発生し、離陸できないという事態に。結局DNF(スタートできず)で記録なしとなり、予選最下位に沈んでしまいました。
6月に開催された王室主催の競馬「ロイヤル・アスコット」にも正装(モーニングとシルクハット)でやってきていた、地元イギリスのラム選手。ロヴィニから水平尾翼の昇降舵を小型化していましたが、このアスコットではシリーズチャンピオンを獲得した2014年モデル(つまり、純正のサイズ)の昇降舵に戻してレースに臨みました。しかし再び変化した操縦感覚に微妙な対応が追いつかなかった為か、タイムは8番手の1分8秒220にとどまりました。金曜日にトレーニングフライトができていれば、まだ慣れる時間的余裕があったかもしれないので、天候によるスケジュール変更に泣かされた面もあるでしょう。
前戦のブダペストから使用機をエッジ540V3に切り替えたベゼネイ選手は、このテクニカルなアスコットのトラックで本領を発揮し、1分7秒443と4番手タイムをマーク。この結果を見ると、いかに今までコーバス・レーサーのセッティングに苦労していたかが判ります。今回、開閉式のダクト(ラムエアスクープ)を中心とした新しいエンジン(オイルクーラー)冷却システムを機体に導入した室屋選手が、1分7秒864で5番手。
今シーズン、ずば抜けた速さを見せるホール選手は、ここでも速さを見せて2回目のタイムアタックでボノム選手の1回目のタイムを上回り、1分6秒284をマーク。ドルダラー選手も1分6秒台を出したのですが、インコレクトレベル(姿勢違反)で2秒のペナルティが加算され、1分8秒439に。ホール選手が予選トップか……と思われたのですが、最後に飛んだ前年アスコット大会の覇者、地元イギリスのボノム選手が1分6秒023というスーパーラップを叩き出し、予選1位となりました。
これにより、決勝の初戦であるラウンド・オブ14で、千葉に続いてボノム選手(現在シーズンランキング1位)対アルヒ選手(現在シーズンランキング2位)という、注目の対決が実現したのです。問題は、アルヒ選手のエンジントラブルが決勝までに直るか、という点。
■盛り上がるサイドアクト
レッドブル・エアレースは、レース以外でも様々な空でのサイドアクトがあります。千葉大会では千葉市消防航空隊がデモンストレーションを見せてくれましたが、アスコットではイギリス空軍名物、チヌークディスプレイのCH-47(パイロット:ブレット・ジョーンズ大尉)が、相変わらずのすさまじい展示飛行を見せてくれました。自衛隊もこれくらいやってくれないかなぁ……と思うほどです。
この他にも、イギリス陸軍のAH-64アパッチや、2015年5月に日本でもショウを行ったブライトリング・ウィングウォーカーズなどが、レッドブル・エアレースに華を添えました。
■決勝、ラウンド・オブ14
日曜日の決勝。心配されたアルヒ機のエンジントラブルは、修理が間に合い、ラウンド・オブ14で飛行できることになりました。
ヒート1でブダペストに続きドルダラー選手と対戦した室屋選手は、ドルダラー選手に1秒221の大差をつけて勝利し、ブダペストの雪辱を果たしました。ドルダラー選手は「コクピットでミクスチャー(燃料と空気の混合比)の設定をミスしたみたいで、昨日のようなエンジンパワーが出なかった」とレース後にコメントを残しています。
ヒート5では、ラム選手とチャンブリス選手が双方ともインコレクトレベル(制限高度より高くゲートを通過)を犯すという、らしからぬミス。仲良く2秒のペナルティを受けますが、0秒543の差でラム選手が勝利し、ラウンド・オブ8に進みました。
注目を集めたヒート7のボノム選手対アルヒ選手。アルヒ選手が1分6秒178で、ボノム選手(1分6秒961)に勝利。これはラウンド・オブ14で最速のタイムでした。ボノム選手のタイムも全体で3番目という優秀なタイムで、当然ファステストルーザーとしてラウンド・オブ8に進むことになりました。
■アルヒ対ボノム再戦に沸くラウンド・オブ8、しかし……
ラウンド・オブ8の組み合わせは、ラウンド・オブ14のタイムを基準に決定されます。ラウンド・オブ14最速の選手は、ファステストルーザーと対戦。……つまり、アルヒ選手とボノム選手がラウンド・オブ14に続いて再戦することになったのです。もちろんアスコットの観衆はヒートアップ。
……しかしスタート直前、観衆の期待はため息に変わります。アルヒ選手の機体にエンジントラブルが再発し、エンジン始動ができない状態に。これでは飛べるはずもなく、ラウンド・オブ8での再戦はボノム選手の不戦勝(タイムは1分6秒542)となりました。
アルヒ選手は「飛べずにレースできないとなるとフラストレーションが募るけど、しょうがない。昨日の予選とは別の原因でエンジンがおかしくなったみたいだ。何か僕がミスをして、このトラブルを招いたんじゃないかな。悔しいけど、技術的な問題だからね。これで次のレースに向けて、ハングリーさが増してきたよ(次戦はアルヒ選手の地元、オーストリアのシュピールベルク)」とのコメントを残しています。
ファイナル4に進んだのは、室屋選手、イワノフ選手、ホール選手、ボノム選手(ラウンド・オブ8のレース順)。イワノフ選手を除く3名が1分6秒台をマークする、ハイレベルなメンバーとなりました。
■ファイナル4、室屋選手3位!
ファイナル4、トップバッターの室屋選手はゲート通過時のマニューバごとに「ハアッ!」と声を上げる気合入りまくり(Gに耐えるためでもある)のフライトで、1分7秒426をマークしますが、折り返しのゲート6でインコレクトレベル(姿勢違反)となり、2秒加算されて1分9秒426。しかし、続くイワノフ選手はスタート直後からうまく加速できません。ゲート2通過後のターンとゲート7のターンで失速するなどタイムを伸ばせず、さらにゲート7ではインコレクトレベル(制限高度より高く通過)で2秒のペナルティを受けてしまい、1分10秒804と出遅れます。ここで室屋選手は2014年のロヴィニ大会(3位)以来となる、通算2回目の表彰台を確定。
室屋選手が登るのは表彰台のどの位置か……というところになりましたが、ホール選手がゲート10でインコレクトレベル(姿勢違反)で2秒のペナルティを加算されたものの、1分9秒024と0秒402室屋選手を上回り、暫定トップへ。室屋選手は暫定2番手で、最後のボノム選手のフライトを待ちます。
アスコットの観衆が見守る中、地元イギリスのボノム選手が離陸。前半は若干ホール選手のスプリットタイム(ペナルティ無しの時点)より遅れをとったものの、折り返して2回目のシケインでリードを奪い、全くミスのないスムーズなライン取りで、大歓声の迎えるゴールへ飛び込み、1分6秒416のタイムをマーク。予選からただひとり1分6秒台のタイムを揃えて、今季3勝目を挙げました。ゴールしたボノム選手は、インメルマンターン(上昇反転)から勝利をアピールするビクトリーロール。スタンド前に着陸し、機体から降りる際も大歓声に両手を挙げて応えました。
ボノム選手は「今日は本当にチームワークのおかげだよ(「チームワーク!」と3回繰り返す)。僕はパイロットに過ぎないんで、機体を正しいコースに導くだけなんだ」と、レース直後のインタビューでチーム全体の勝利を強調していました。
今シーズン3回目の2位となったホール選手は「今回の目標として、ファイナル4に進出し、表彰台に上ってポイントを稼ぐと言っていたけども、実際にファイナル4に進出して、1位を狙う状態になれて良かった。ファイナル4でリスクを冒して行ったんだけど、結果としてペナルティになってしまった。ただ、プラン通りにうまくいったんじゃないかな。まだ我々は若いチームだし、他のチームからのプレッシャーもキツいけど、ポール(・ボノム選手)の域を狙えるんじゃないかって思ってる」と、レース後の記者会見で述べています。
■室屋選手「前回とは違う表彰台」
室屋選手は今回3位となり、2014年の第2戦ロヴィニ大会でマークした3位以来の表彰台となりました。
前回の2014年ロヴィニ大会では、スーパー8(現在とは違い、対戦形式ではなくタイムアタック形式)でラム選手がスタートできなかったり、ホール選手がDNF(ゴールせず)と、他の選手がアクシデントやミスなどで脱落し、幸運に恵まれた部分もあって上位4人に入り、迎えたファイナル4でもマクロード選手の2秒ペナルティ加算もあって、タナボタ的に転がり込んだとも言える3位表彰台でした。もちろん表彰台を獲得したのは、室屋選手のシュアなフライトあってのものでしたが、2位とは1秒以上離される形で、機体の戦闘力という面では上位と差を感じさせる部分もありました。
しかし今回は違います。第2戦の千葉大会から導入したエッジ540V3の戦闘力は素晴らしく、ここまでずっと速さを見せつけてきました。当初は速すぎるがゆえに、室屋選手の感覚がアジャストしきれない部分もあり、予選で常に上位に食い込むものの、決勝でのパフォーマンスが安定しないこともありましたが、ここにきてセッティングを含めて全てがハマってきた感があります。残り3戦も表彰台、そして初勝利への期待を抱かせる3位と言えるでしょう。
レッドブル・エアレース、第6戦はオーストリアのシュピールベルグ、レッドブル・リンク(F1オーストリアグランプリが開催されるサーキット)を舞台に、9月5日・6日行われます。ここは地面の高低差もあり、さらにテクニカルなコースとなるので、面白いレースが期待されます。NHK・BS1では、9月21日の21時より放送予定ですので、忘れずチェックしましょう。
(文:咲村珠樹)