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古代エジプトのパピルスで同人誌? 苗から育てて紙を手作りした同人作家のど根性制作記

 古代エジプト文明ってロマンのかたまりだと思うんです。ピラミッドやスフィンクス像に代表される独特の形状をした建造物はいつ見ても実にミステリー。その古代エジプトの紙である「パピルス」を、一から作ってしまった人物がいます。

  •  今からちょうど2年前の2018年7月。常世(とこよ)書房という個人サークルにて同人活動を行っている同人作家の苗洲烟(なえじまえん)さんは、こんなつぶやきをTwitterに残しています。

     「パピルスにでも印刷しようかな……」

     毎年8月と12月に開催される世界最大の同人誌即売会である“コミケ”こと、コミックマーケットに出展する作品が完成した直後にふいにつぶやいたことが、パピルス制作のきっかけでした。

     このパピルス(papyrus)ですが、元はカミガヤツリというカヤツリグサ科という植物の茎部分を指します。古代エジプトでは、パピルスの皮をむいた内部組織(芯の髄)を利用して「パピルス(紙)」という紙状の筆記媒体(繊維をバラバラにして漉いていないので正確には「紙」ではない)を作っており、紀元前3000年ごろには実際に手紙として使用されていました。ちなみに英語で紙を意味する「paper」の語源にもなっています。

     実は植物栽培が趣味である苗洲烟さんは、以前からパピルスの存在は知っていたそう。とはいえパピルスの栽培経験はなく、さらにはパピルスを実際に作るとしても、原価を調べたところそれなりのコストがかかりそうなので、当初はただのネタツイートだったはずなのですが……。

     「どうせなら作ろ?」

     何気ないツイートに対するフォロワーからのリプライを見て気が変わった苗洲烟さんは、パピルスの育て方や紙の作り方を調べて、個人でも不可能ではなさそうということが分かったため、パピルス栽培に挑戦することを決めました。

     ただ、パピルスの原材料であるカミガヤツリというのは、原産地が南ヨーロッパや北アフリカなどの地中海周辺ということもあり、温暖な気候を好む植物。挑戦すると決めた当時は既に9月となっていたため、日を改めて挑戦することにしました。

     そして時は流れ、2019年5月。

     「私、常世書房で物書きをしている苗洲烟。こっちは、パピルス同人誌のために入手したパピルスの苗。」

     そう高らかに宣言した苗洲烟さんの投稿には、ご自宅にある傘よりはるかに高い段ボールで包装されたカミガヤツリの苗。さっそくベランダに移したそうなんですが、苗の時点で天井に当たってしまいそうな高さです。実はカミガヤツリ、最長で2メートルもの高さになる水草なんです。

     こうして始まった苗洲烟さんのパピルス栽培ですが、数多の困難がありました。まずカミガヤツリの中でもパピルスにあたる部分は茎であり、これをパピルスの材料として使うために適切な茎の太さや、どのくらい苗を生長させるかがポイントです。

     しかしカミガヤツリという植物は、元々の背丈が高い割には茎が細いため、強風に煽られると折れてしまう危険が。特に台風が襲来した際は大変な苦労をされたそうです。風の被害を防ぎつつ、茎をうまく太らせるよう、日々与える水や肥料の量を模索したとのこと。そんな試行錯誤の末、19年7月ついに苗洲烟さんは日本でのパピルス栽培に成功しました。

     ちなみにカミガヤツリの紹介ツイートは120ものいいねがあり、当初の2いいねから、にわかに反響がありました。どうやら植物同様、いいねもすくすく育っているようですね。

     さて、さらに時計の針を進めて19年7月。

     「私は古代エジプト人です。古代エジプト人なので同人誌に使う紙をパピルスを用いて製紙してます。paperの語源となったpapyrus(パピルス)で最強の蓮メリ本を作るぞ!」

     古代文明を復刻させるため、古代エジプト人が憑依した苗洲烟さん。どうやらパピルス紙にするには必須のようです。まずはネットにあった製紙方法で試したものの、どうにもうまくいかずスカスカの紙になってしまったそう。

     しかしそんなことでは挫けないのが苗洲烟さん。失敗した原因を徹底的に分析したところ、実はパピルスは4日から1週間ほど日陰で乾燥させる工程があるのですが、どうやらここで想定以上に収縮してしまったことと推測。あらかじめどれくらい収縮するのかというシミュレーションを立てて作成したところ、パピルスといえる形状になったとのこと。

     そこからはただひたすらに、育てたパピルスを刈り取っては紙にしての作業を繰り返したそうです。

     余談ですが、パピルスの作成技術は前述した通り、紀元前の古代エジプトから存在していたとはいうものの、実は長くその製法は不明とされていた、いわゆる“ロストテクノロジー”のひとつ。20世紀になりようやく復元されて、これが古代エジプト時代でも同様に作成されていたであろうと考えられている手法でございます。

     ちなみに古代エジプト人化した苗洲烟さんのツイートは、8500ものいいねがありました。やはり植物由来のためか、いいねも順調に育っているようですね。

     そして2020年7月。

     ついに活版印刷までにたどりついた苗洲烟さん。しかしここでも困難に見舞われます。

     当初はメッシュ状の版を通してインクを落としていく“シルクスクリーン印刷”を想定していたものの、実はこれだと刷版が複数必要で高コストになるとのこと。急遽他の方法を探したのですが、どれも上手くいかず最後の最後で途方に暮れてしまいました。そんな中、普段から組版や装丁をしている関係で手元にあった、活版印刷にふと目が行ったそう。

     「ダメ元でしたよ」これまで幾多の困難を乗り越えた苗洲烟さんもここは神頼みだったそう。すると……。

     「やったーーーーーーー!!!!!パピルスにも活版印刷出来たよ!!!!!パピルス名刺!!!!!」

     なんという奇跡。水溶性の絵の具を使用するという活版印刷の特徴が功を奏したのか、そこには上手くパピルス紙にインキが染み込んでできた苗洲烟さんの“パピルス名刺”の姿がありました。

     何気ないツイートから苦節2年。地中海で育つ原料を日本仕様に栽培させ、一時はロストテクノロジーとまで言われた古代エジプト人の技術を令和仕様に復刻させ、増産にも成功し、とうとう名刺という1つの制作物を作り上げた苗洲烟さん。まさに執念の賜物ではないでしょうか。

     この一連の流れを先日投稿したところ、「パピルスガチ勢だ」「これは数世紀残る本になる」「電子書籍より信頼できる素材」「現代にエジプト文明を復活させただと」「古の同人誌」と次々と労いのツイートが寄せられ、2いいねから始まった始まりのツイートが最終的に12000いいねにまでとなりました。

     苗洲烟さんによると、パピルスの予想以上の繁殖力に驚きつつも、今の日本の環境なら十分に育つそうで、今年の春にはすでに植え替えも行ったそう。梅雨が明ければ去年以上のパピルス紙が生成できる見込みとのことです。ここまで来るとは思わなかったと言いながらしみじみとこの2年を振り返ってくれました。

     しかしながら苗洲烟さんのストーリーはこれで完結ではありません。最大の目的であるパピルス同人誌作りに向けて既に始動しており、まずは製本方法も考えつつ、並行して同人誌の内容も考えていくとのことです。ちなみにジャンルは決めていて、来年には頒布する予定だそう。

     そして最後に、苗洲烟さんはこう話してくれました。

     「パピルス同人誌は常に失敗と成功の繰り返しで試行錯誤しながらですがなんとか前に進んでいます。自家栽培のため供給量も少ないかと思いますが、楽しみにしていただけると幸いです」

    <記事化協力>
    苗洲烟さん(@naejimaen)

    (向山純平)

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