「ねえねえ、『かすうどん』って知ってる?」
普段の何気ない会話が記事にもなるのが、おたくま経済新聞編集部における日常。本稿もある日の不意の一言がきっかけでした。
とはいえ、この記事を読んでいる方の多くは、当時の編集部メンバー同様に「天かすが入ったやつかな?」と答えるのではないでしょうか。残念ながら、それは不正解。では、一体何なのか。筆者がご紹介いたします。
■ かすの正体は「牛の小腸」
冒頭のかすうどんにおける“かす”ですが、その正体は「油かす」と呼ばれる肉の残滓(ざんし)のこと。中でも、牛肉の腸にあたる部分を油で揚げたものを指します。要は「もつ」の一種です。
筆者はかつて食肉関係の企業に所属。もつ(ホルモン)に関しては、会社がトップブランドに位置付けされる商品を扱っていたため、油かすについても存じております。
製法としては、先述の牛腸を油で揚げるというシンプルなもの。カリッとした食感に加え、噛めば噛むほど旨みが広がっていく深い味わいが特徴的。発祥の地は大阪府の南部地域とされており、大阪や神戸では、お好み焼きや焼きそばなどの「ソースもん」の味の補強材として使用している店舗もあります。
ただ、その存在はローカルグルメ(ご当地グルメ)の中でも、メジャーなたこ焼きやミックスジュースといった「ソウルフード」に比べ、知る人ぞ知るというマイナーな位置づけ。関西でも「かす」を「天かす」だと誤解している人が多いという現状だったりします。
そもそも「かすうどん」は、発祥地域の飲食店が販売展開したのがはじまり。以前は極々一部のお店でひっそりと出されている程度でしたが、現在では、梅田や難波といった大阪を代表する繁華街の飲食店で取り扱う店舗が徐々に増加しています。さらにコンビニや居酒屋チェーンやインスタント食品メーカーによって、商品化も行われるなど近年密かに注目されていたりします。
一方でかすうどんは「お店で食べる」or「スーパーやコンビニで買う」というイメージが浸透している一面も。
かすうどんという料理自体は、「かけうどんに油かすをトッピングすれば出来上がり」という非常に簡単なものなんですが、肝心の油かすの入手方法に難があるのが理由だったりします。
購入自体は通販サイトで可能なのですが、「油かす」自体が実は意外と高価だったりするのです。例えば今回、記事の後半で使用した油かすだと100g598円です。
また、お好み焼き・温かい麺類・鍋などでの味のアクセント付け以外に使用用途がないのもちょっとした難点。基本的に大容量で販売展開されている規格が大半のため、使い勝手は正直あまり良くありません。
「てことは、食レポは市販品の食べ比べかな?」となりそうですが、筆者は先述の通り、もつに関してはそれなりに知識のある人間。比較的容易に手に入る術を知っております。
と、少々前置きが長くなりましたが、ここからは購入経路ならびに、作り方をご紹介します。
■ 材料もとめて「スーパー玉出」にいざ出陣
そういうわけで、筆者がやってきたのが兵庫県尼崎市。ちなみにここ尼崎も、ホルモン食文化が発達している地域。尼崎中央商店街や杭瀬中市場などが有名ですね。
そんな「ホルモンガチ勢」な尼崎の中で、ひまわりのロゴに鮮やかに光り輝く虹色のネオンとともにさん然と輝く「玉出」の看板。そう、初見では遊技施設にしか見えないことでおなじみ、「スーパー玉出」でございます。
この日は夜の訪問だったので、とりわけネオンの輝きが眩しかった「玉出」。とはいえ、店内にあるのは、遊技台ではなく食料品や日用品です。
ところで玉出といえば、「うなぎのタレご飯」といった、他のスーパーとは一線を画す個性的な商品群が特徴的ですが、実は精肉の中でも、とりわけ「もつ関連」のラインナップが豊富。尼崎にある玉出には「油かす」が常備されており、しかも使い切りが容易な小容量パックで手に入るんです。
こちらの店舗では国産もののみの取り扱いだったこともありますが、100gあたりだと598円。元々ホルモンというと、捨てるという意味の「放るもん」が名前の由来とされていることもあり安価なイメージを持たれがちですが、意外とお高いものだったりするのです。この辺は魚のサバなどにも通じるかもしれませんね。
と、目的のブツを確保した筆者。他に必要な食材も合わせて買い込み、帰途に就くこととなりました。
■ 「だし」が重要な関西の「おうどん」
帰宅した筆者は早速調理開始へ。といっても、今回は作りやすさを重視して、先ほどの油かすとうどん以外に、ヒガシマルのうどんスープを用意しました。
ここで敢えて特定の商品にしているのは、関西におけるうどんの特性から。
「おうどん」とも呼ばれる関西のうどんは、カツオや昆布の合わせだしで作られる透明で薄味のスープが特徴です。対し、関東のうどんスープは、「めんつゆ」に似た甘さと濃さが際立つ味わい。
筆者は過去、仕事の都合で関東圏に住んでいた時期があります。この時困惑したのも、やはり「うどんスープ」の違いでした。
薄味のだしベースで作った「うどんスープ」に慣れた関西人にとっては、甘さと濃さが際立つ関東のうどんは慣れなかったのです。そんな違いもあってかカップうどんの「どん兵衛」では関西と関東でスープが異なるものを販売しています。
また、今回のかすうどんは「西側」大阪のローカルフード。味付けを関西風にするのは当然だと考えます。というわけで今回は「ヒガシマル うどんスープ」を使うことにしました。
ちなみになぜこれを使っているのかというと、それは首都圏のスーパーでも購入が可能だから。筆者は初めて首都圏に赴任したとき、食文化の違いに随分と苦労したのは先述の通り。
そんなとき、スーパーで「ヒガシマル うどんスープ」を目にして、感動のあまりむせび泣いたものです。いたよ、あったよヒガシマル……!それぐらい西と東ではうどん一つとっても味付けがずいぶんと違うものなのです。分かる人にはわかりますよね?この気持ち。
■ 椎茸!?いえいえホルモンです
またまた余計な御託を語ってしまいましたが、いい加減下ごしらえをはじめましょう。まずは本日の主人公の油かすさんを解凍したのち開封。ビリビリビリ……
ジャッジャーン!ついに全容を現した油かすさん。周りの茶色い皮に覆われながら、内部の白い脂はまるで椎茸。それでいて意外と分厚いのが油かす。
しかしながら、これはもちろんキノコではありません。そして全体の9割ほどを占める白部分は脂ですので、ひとりでは大量消費できるものではないのです。お分かりいただけたであろうか……?
というわけで、必要分だけカットしたいと思いますが、恐らく初見の方は切り方の想像ができないかもしれません。
これはあくまで筆者のやり方ですが、油かすというのはお尻のような独特の形状をしているので、割れ目部分に沿ってトマトのくし形切りの要領で薄く切るのがおススメです。数量は1人前なら5~6切れほどで十分かと思います。
さて、下準備は終わったので、お湯を沸騰させて先ほどのうどんスープを投入。しっかり溶かしましょう。それが終われば次はうどん。冷凍なら、レンジで軽くチンした方が火の通り具合がいいかなと思います。
そして本日の主役「油かす」を投入。ちなみにホルモン(腸)は、皮部分にしっかりと火を通すことが何よりも重要。ただ、油かすの場合、カリカリとした食感を残すことも大切です。
先ほどの切り方だと皮部分は微小なので、数分間火を通しながら、脂部分の色合いが真っ白からクリーム色に“変色”する(=脂部分にも火が通っている)のを一つの目安にして煮込みましょう。
と、そろそろいい感じに煮込んできました。これにて完成~。いやあそれにしても簡単な料理やわ……(笑)うどん鉢に移しましょう。
■ 実食タイム。そのお味やいかに!?
ぱっと見は「かけうどん」に、油かすをトッピングしたもの。いたってシンプルです。ただこれだけだと、見た目が寂しいので、薬味も兼ねて刻みネギと七味を好みで振りかけます。
ジャッジャーン!(本日2回目)ついに筆者の前に全容をあらわした「かすうどん」!こうして目にするのも久しぶりかも。これ、酒の締めにも合うんですよね。(註:仕事なので、筆者はもちろん飲酒していません)腹ペコなのでさっそくいただきましょう。ズルズルズル……。
うんめー!やっぱこれやでしかし!!だしベースのスープに、さらに油かすのだしが付与。それでいて、肉うどんとはまた違う肉の具材が、新たなマリアージュを生み出しているんです。
椎茸にしか見えなかった油かすも、今やプリップリの脂が乗っかったホルモンに変容。カリッとした食感も何とか残せました。スープと絡まって嚙めば嚙むほど、深みのある味を生み出せておりますなズルズル。あっという間に完食してしまいました。
■ 「もったいない」が関西の源
さて途中、筆者は関西のうどんだし文化についてクドクドと語りましたが、関西の食文化というのは、「始末の精神」とも形容される「物を使い切る」という文化に基づいている面もあります。
これは良くいえば「もったいない」、悪くいえば「ケチ」の文化が行き届いている関西でも特に大阪で浸透している考え方。どちらかというと、後者のネガティブな意味合いで使われる場合が多いような気もしますが……(笑)
しかしながら元は廃棄物だった「ホルモン」、売れ残りの果物から生まれた「ミックスジュース」など、大阪を代表するソウルフードは、物を大切にする文化が染み渡っていたからこそ誕生した側面もあります。
昨今は「フードロス」という言葉が声高に叫ばれています。ひょっとしたら関西という地域は、ずーっと昔からそれを先取りしていたのかもしれません。知らんけど。
(向山純平)